余所事の話 小さな恋の前準備
強奪指令を受けてからのマールは多忙を極めた。
土部門のリビンスキーはマールも何度か任務で一緒になった事のある実直な男で、組織内では珍しくマールに一切の色目を使うこともなく、しかもマールや水部門力量を認めているため、男尊女卑の激しい組織内においてもマールに敬意をもって接していた。
リビンスキーはマールを副官に任命し、強奪部隊の人選をマールに一任した。
スミシーとゴドウは隊長となったリビンスキーの決定におもしろくない様子であったが、マールと自分達との技量の差を知っているので大人しく従った。
マールはとりあえず、リビンスキー・スミシー・ゴドウ、の土・火・木のそれぞれが所属する部門から二人ずつ手練れを選出してもらい、自らも、頭に浮かんだ水部門の力量ある部下二人を選抜する。
風部門からの派遣はしないとイングリッド・メリルはマールに伝えられていた。
それは、メリルが最高責任者となり風部門が色々と優遇されているために、今回はこの大手柄を他部門で分け合うという、組織の長らしい配慮からであった。
リビンスキーは日程調整に入るため、スミシーと一緒になりあちこち調整に走り回った。
マールはゴドウを伴い、部下達と旅の準備を進めていく。
ここでマールに計算違いが生じた。それは生来の素直さから来た油断であった。
人材を確保し終え、旅装も整ったその日に、リビンスキーは隊長権限により、マール・スミシー・ゴドウに本国待機を命じて、自分はさっさとマールが整えた八人の部下とともにペール王国へと向かった。
やり手と噂されるだけあって、リビンスキーは手柄を土部門だけで独り占めしようと考えていると三人は気づいていたが、今は打つ手が見つからなかった。
リビンスキーが出立したとはいえ、マールや他の二人の仕事は減る事がない。そうなるように、リビンスキーが根回しをすっかりと終えていた。
リビンスキーの手回しの良さに舌を巻きながらも、三人は共闘を選び、マールは三人の仕事を全て引き受け、スミシー・ゴドウにはペールにすぐに向かえるようにと理由をつけ、キヌサンとペールの国境沿いで待機させておいた。
スミシーとゴドウは感謝していたが、マールにはマールで狙いがあった。
まず目が回るほどの忙しさになったが、仕事をこなしているというアピールを本部に存分に見せ付ける事ができ、一方スミシーとゴドウは第三者達からは、功を焦り、職務を怠慢しているように見える事に成功した。
マールは降って湧いた立場を利用して、他部門との交流に丁度いいと人脈作りに奔走した。
しばらくしてペールからターゲットであるジロ・ガルニエが、リビンスキーが襲撃する前に魔界に入ったという情報が届いた。
本部はそれを受け、渋い顔をしていたが、待機の命令をマールに届けた。
マールはその伝言をスミシーゴドウに伝え、自分は着々と組織内での地盤作りに精を出した。
スミシーとゴドウは自ら伝言役としてペールに幾度も入国して、居座ろうとするが、リビンスキーがそれを許さず、子供の使いのように、ルイネとキヌサン国境を無為に往復していた。
一番手柄をリビンスキーに取られる事もなく、しかも他部門の人間達と、仕事で有益な関係を構築できた魔法剣強奪任務がもっと続けばいいのにと考え始めた頃、リビンスキーから驚愕の報告が上がってきた。
三ヶ月も経ってから、ターゲットが魔界からシロチに戻ってきたという内容だった。
調査によれば、ターゲットは魔界に入って最初の一週間、数回は高価で使い捨てとなる魔石を使い《門移動》で魔界での危機を脱した様子だった。
だが、それから二ヶ月半の間、ターゲットが魔界から戻った様子が無かったため、本部でもジロ・ガルニエは魔界で死んだと結論づけられ、魔界での『魔法剣』捜索の大規模部隊を編成しようとしていた矢先の事であった。
ターゲット人界帰還の情報を上に報告してから一時間後、マールはイングリッドに呼び出された。
「水の門番。強奪作戦は続行する。あなたと他の二人の准幹部も最高責任者権限で、三人はペールへ入国なさい。リビンスキーの拒否は最早許さない」
メリルは強奪部隊の権力闘争状況を完全に把握していた。
「そして様子を見て、魔法剣の強奪を決行。ただし、ジロ・ガルニエが魔界から三ヶ月もの間、命を守りきった『魔法剣』の強さは我々の想定を遥かに越えているわ」
メリルは想定外の魔法剣の強さに頬を緩ませながら語る。
「准幹部四人は強奪作戦の成否にかかわらず、成り行きを、すべて影から見守りなさい。実行部隊は場合によっては捨て石にする。さらに現場の後始末を放棄して、ペール王国に秘密結社の情報を与えても、その責を問わない事が最高幹部会で決定した。
「ジロ・ガルニエと魔法剣の情報を本部に持ち帰る事を優先順位の第一位とするわ」
証拠隠滅の放棄など聞いた事もない、とマールは驚いた。
普通であれば、シカリイクッター戦闘員の遺骸などは情報を与えるため、何においても証拠隠滅が優先される。
それほどの任務なのかと、マールは水の精霊、ヴェンティンに感謝の祈りを捧げた。
そして『魔法剣』の価値は、マールが欲し、そしてその足下にかしずくに値する『力』の存在を強く感じた。
ただ、残念な事に、強奪が失敗に終われば、四人は任を解かれ、さらに上位の実力者たちによる強奪部隊が再編成される事が明らかな事だけだった。
その強奪部隊に四人が加わる可能性は皆無といっても良かった。




