余所事の話 小さな恋の成り立ち
太古から学術国家を標榜していたキヌサンの帝都マルクベルグには、子宝に恵まれない研究家に、自分の研究成果を継がせる為に、里子の制度があった。
帝国警察は、見目麗しい二人の遺児を、親切心からその制度を適用させた。
◆
マールはその制度により、裕福な生活をする、孤独で温厚な老いた男に拾われた。
老いた男は教養があり、穏やかでマールの記憶にある誰よりも優しかった。
老いた男にも血のつながった娘がいたのだが、マールが養女となった頃にはすでに流行り病に罹患して死んいた。
時々、娘の話をマールに聞かせ、生きていればお前に似て美しく育ったに違いないっと、マールの前で涙した。
老いた男の元での日々は、マールに安らぎを与えてくれた。
◆
だが、ただ一つだけマールが不満に思っていた事があった。
それは、新しく父親となった老いた男から名字を与えられなかった事にあった。
戸籍上では男の苗字を記載されていたが、マールがその苗字を名乗る事を決して許さなかった。
名乗っても罰を与えるなどの行動を起こす事はなかったが、その度に、マールは老いた男から、男の持つ、個人的信仰、あるいは思い込みというレベルの話を聞かされた。
老いた男が言うには、自分の名字は女性に対して呪われた力があり、その為に妻と実の娘を失ったと信じ切っていた。
しかし二人目の親となった女主人の名字を使うのも不便が生じるであろうからと、義父はマールに、失われた故郷のノルズを名乗らせた。
ノルズ村出身の将来は娼婦になるはずだった単なるマールは、『マール・ノルズ』となった。
◆
二人で暮らしていく内、しばらくして、老いた男は暗殺を生業としていたとの告白を受けた。
そして老いた男は力の信奉者であり、非力によって娘を失ったのが最大の後悔であると涙した。
それを聞いたマールには天啓を受けたように感じた。
そしてマールは老いた父に、私も力が欲しいと語った。
老いた男は喜んだ。
抱えきれない金貨をもち、さらに武芸を身につけ、強ければ生きやすくなると言い、マールに一人でも生き抜ける術だと言って、自分のもつ過剰な戦闘術や、魔法技術のすべてをマールに教えた。
蝶よ花よと育てられ、荒事からは遠く離れて育ったマールにはその修行の日々は辛かった。
だが、老いた男は修行中には厳しかったが、毎日の戦闘訓練の時間が終わると、とても優しかった。
老いた男から戦闘術を叩き込まれたマールは、数年もすると実地経験はまったくないが、技術は超一流の暗殺者となっていた。
その頃にはマールは三人の親による『暴力信奉』とも言うべき宗教がマールの体内にしっかりと根付いていた。
強く、美しく育ったマールはさらなる力の向上を目指した。
老いた男はマールの成長に満足して涙を浮かべ、自分にはもうマールに教えられる事はないが、もっと高見を目指すのであれば、その道しるべにはなれると老いた男は言った。
老いた男は秘密結社『シカリイクッター』という秘密結社の一員であり、その入社をマールに勧めた。
◆
マールは喜び勇み、秘密結社の入社審査である魔界での魔石掘りに挑戦した。
マールは非常に運がよかった。
『大きな魔石を持ち帰れば持ち帰るほどに組織での力になる』
と、秘密結社の試験官が、新人の報酬と代償のバランスや、報酬に目が眩まない冷静さを見抜くための罠である馬鹿げた話を聞かされた。
生来から人を疑う事を知らずに育ったマールは、運よく大きな魔石を掘り当てて人界へと戻ろうとし、その魔石の放つ魔力に惹かれた大型で強力な魔獣に出くわした。
マールの技術の全てが、魔獣にはまったく歯が立たずに殺されかけたその瞬間、魔獣が泥を飛ばしたという理由から、近くを通りかかった人狼型の秘者がその大型魔獣をあっという間に殺し、ブツブツと文句をいいながら、そのまま歩み去っていった。
マールが全力でも傷一つつけられず、敗走してもすぐに追いつかれた大型魔獣が、人狼の秘者によってあっさりと細切れになる光景を、マールは感動と畏敬の念をもって見届けた。
そしてその瞬間、この世で最も優れた力が、他の力を蹂躙する瞬間を見た事で、マール・ノルズの信念は生きる目的そのものになった。
◆
マールはシカリイクッターへ入社した。
自分にもっとも向いていると言う事で秘密結社が信奉する五大精霊神の内、水部門に配属となった。
大きな石を持ち帰った事もあり、魔法の才もあったマールは見る見るうちに開花し、出世した。
もっとも強い力に憧れるマールは秘密結社の最高位『シカリイクッター』を目指した。
だが、水部門のマールよりも上位の構成員達は皆、化け物揃いで、マールはついに自分の才能・能力の天井を知った。
水部門長にはもちろん力が及ばず、水の門番という水部門の兵隊の中では最高位のマールの上に、さらに五人の副部門長がいた。
副部門長でさえ、幹部とは言われず、准幹部とされていた。
四人には運が向けば、なんとか昇格試験において打ち負かす事ができそうであったが、筆頭副部門長は歴代の水部門長の誰よりも優秀と噂され、現部門長よりもさらに高見にいて、秘密結社結成以来、初の風部門以外からの最高責任者になるのではとさえ噂されていた。
その実力者はマールに近い年齢の女だった。
これから先どうあってもその筆頭副部門長の女よりも地位が高くなる事はないのだとマールは悟った。
◆
初の絶望を知ったマールは、いっその事、二番目の親であった高級娼家の女主人が言っていた方法で、マールに露骨に色目を使う、見た目の醜い、現部門長の男に取り入ろうかと真剣に考え始めた時期、本部に招集された。
諜報対策の施された司令室に呼ばれた。
部屋の前にいた警備に水の『門番』マール・ノルズ参上しました。と声をかけると、身体検査の後、入室が許された。
警備は無用なまでにマールの体をまさぐったが、不快感を持ちながらも、この手の性差別には慣れきっていた。
マールが冷たい目で、その警備を見ていると、案の定その警備も、実力が数段以上も上のマールに対し、露骨な性的いたずらはできず、せいぜいが胸や尻を弄るのが関の山であった。
入室すると円卓があり、そこには名字しか知らない三人の男と一人の女が居た。
土副部門長リビンスキー、火副部門長スミシー、木副部門長ゴドウ、そして女性初の風部門長であり、『最高責任者』の称号を持つ、司令室の主であるイングリッド・メリル。
マールがこの部屋では一番の下っ端であったが、イングリッドを計算に入れなければ、その力はリビンスキーの次にあるとマールは見ていた。
そして力の差もリビンスキーと最強と名高い水部門所属で日々競わされているマールが二強で、スミシーとゴドウが数段劣る。
イングリッドの力量は見た事がない為未知数だったが、リビンスキーや自分よりも上であろうという事は容易に想像できた。
イングリッドに促され、水の精霊が彫り込まれた机に座る。
門番位であったが、マールは他の水部門の上位者たちの代理として、こういった会議にはよく借りだされる。
周りも水部門は実力者揃いで、マールよりも上位者が詰まっている事を知っているので、本来ならば司令室にはおいて着席する権利のない門番のマールがその椅子に座るのを、内心は分からないが、表面上は黙認している。
「全員揃ったわね。ではいきなりだけれど本題に入る」
イングリッドの宣言で声はなかったが、四人は息を飲んだ。普段ならば秘密結社の信奉する五大精霊神に祈りを捧げる時間が設けられているのだが、そこまでの火急の用事であるのかと身構えた。
イングリッドはその後、アルフレッドをリーダーとして、部隊を編成した。
ペール王国のジェリウス・レイル所蔵の『魔法剣』強奪の指令がマールに下った。




