洗脳実験
しばらく経つと、脳の活動を止めていた《停滞》の効果が薄れ、男が意識を取り戻した。
「おかえり」
死んだ人間がどのくらいで自然に意識を取り戻すのか実験していたジロは、そう声をかけた。
「なぜ、俺は生きている!!」
「お前を俺が死から呼び戻したんだよ。苦しんで死んでいった記憶はあるな? それは正しい記憶だ。致命傷の舌の傷も治してやったんだ」
「なぜ、邪教の《治癒》が俺に効く!?まさかお前は《大治癒》の使い手なのか!? お前の信仰する神はペールの神ではないのか!? それに《蘇生》だと!? 大神官や神官達が《多重詠唱》してようやく叶う神の奇跡をお前が!? 舌がかみ切れない!? 何をした!!」
男は混乱の極地にいた。
「いっぺんに聞いてくるなよ。全部、答えてやるからさ。……まず、《蘇生》なんてそんな聞いた事もない魔法、使った覚えはない。複合的に魔法を使って、お前を技術的に呼び戻したんだよ。
「しかし、お前の国には、そんな秘術があるのか? ……後で《蘇生》魔法について詳しく教えてもらおうか……。使用しているのを見さえすれば、もしかしたら俺にも使えると思うからな。
「それと舌を噛むのは止めろ。もう無駄だ。お客さんが自決しないように舌に結界を張ってある」
「そ、そんな馬鹿な話があるか!!! 舌だけに魔法を張る!?」
「じゃぁ好きなだけ噛むといい。そして、それが正しいと納得しろ」
ジロに言われたとおりに歯を剥いて自分の舌をかみ切ろうと男はしている。
しまいにはあまりに強く噛もうとしたのか、歯から血が滴り始めた。そしてリーダー格の男は泣き出した。
「なんなんだ、お前の魔法は!! お、お前は伝説のハーゼンなのか!? そうなんだな!? ジロ・ガルニエになりすまし、魔界から人界に舞い戻って帰ってきたんだな!?」
「面倒くせぇなぁ……ああ! そうだよ。もう俺がハーゼンでいいよ。その方がお前は納得しそうだしな、俺が伝説の大魔法使いであり、魔界に行ってその消息を絶った色んな物語に出てくるハーゼン様さ」
「う、嘘をつくな!!!」
「……一体、俺にどうしろってんだ」
ジロは嘆息しながら、支離滅裂な事を叫びだした男を無視して、倒れた三人の黒頭巾を剥いでいく。
これから先、利用していくつもりの四人の顔を覚えるためだったが、三人目の頭巾を剥ぐと、その下から場違いなほど美しい女の顔が現れ、ジロは口笛を吹いた。
そしてジロはニンマリと笑った。
リーダーの男を黙らせるいい手が思いついたからだ。
「おい、お前がわめき続けるのであれば、俺と会話する相手をこの美人に切り替えようと思うんだが、それでいいか? その場合お前には、俺の魔法知識を駆使して死ぬよりも辛い目にあわせる。生涯お前が舌を噛んだ時の激痛がお前を襲うとかはどうだ?」
そう言うとリーダーの男はジロの数々の魔法に心を砕かれたためか、情報を渡すまいと自決しようとしていたのも忘れ、従順になると急いで誓った。
ジロは気絶というより、《精神拡散》という集中を極めて欠いた状態にして、精神状態を無の状態にしてある三人を並んで寝かせ、リーダーの男の前へと進み出る。
「この魔法の利点はな? こうした後に心と時と水の精霊を使ってな、人界でも知れ渡ってる《誘導》》っていうのを慎重にかけ、でまかせを教えると、あら不思議、それを真実だって思い込む人形ができあがるらしいんだ。実地で使ったことがないから、お前達で試させてもらう」
「ひ、酷いことをしないでくれ!! 頼む!! 黙っていたじゃないか!! あの死をずっと味わうなんて俺には耐えられない!!」
(よっぽど脅しが効いたんだなぁ)
ジロはほくそ笑んだ。ジロが秘者に殺された時は、即死だったから幸か不幸か死の記憶はない。
「しないから安心しろ。なんて言えばいいのか、俺達は友達になるんだ」
「か、間者にするつもりなのか!? そ、それは無理だ!! おれの組織が見逃すわけがない!!」
「あ~~、じゃぁまずはお前の組織の話を聞かせてくれ」
「む、無理なんだ!! 絶対に言えない!! 恐ろしい組織なんだ!! 頼む!!!」
ジロはリーダーの男にも《精神拡散》をかけ、次に《誘導》、人界では『信仰魔法』という分類に位置づけられた魔法を行使する。
「これはな~? 今の身になって初めて解ったが、人界において精霊の働き無しの自分の魔力だけで行使する魔法には、すべて裏の五大精霊達が働いているんだ。
「だが、人間や亜人達はその五つの精霊、聖・邪・光・陰・心という精霊が見えないために、それら『精霊の働き無しで発動する魔法』を『信仰魔法』『暗黒魔法』『呪術』等といったカテゴリーに当てはめた」
ジロは誰にもいえなかった知識をこれ幸いと、もう聞いてもいないリーダー格の男に話し出す。
「神官は宗教が違っても、信仰魔法が得意だろう? あれはな、聖の精霊の扱いを修行によって上達するからなんだ。だから、生贄を捧げるような宗教だと、聖ではなく邪の方が上手く扱える」
今のジロからすると馬鹿馬鹿しい程の、魔法学会の致命的なまでの間違いであったが、少なくとも目の前の男に説明する気にはならなかった。
観測できなければ無いも同じなのだから、その間違いは、秘者のいない人界においては、かならずしも絶対的な間違いではない。
この《誘導》と呼ばれる信仰魔法の一つとして数えられ、神を信仰する者が使うと、その効力、威力を上げられる信仰魔法は、元々は暗示魔法であるが、極めて限定的で、廃人のような精神的防壁が薄い者に、何十日もかけ続けるとようやく効果が現れる。
だが、ジロはこの《誘導》が『心の精霊』と呼ぶ精霊の力を借りている時が最も効果を発揮するという事を突き止めていたので、実験もかねてリーダーの男に行使した。
全ての細工を終え、《精神拡散》を破棄して、リーダーの正気を戻す。
「俺に一切の嘘を禁ずる。組織名とその国を話せ」
「そ、そんな事を言われたって!?
「……『シカリイクッター』と言う秘密結社で、本部はキヌサンの帝都マルクベルグの南部にある。湖にもっとも近い港の近くだ。大きい市場の倉庫街にある錬金術ギルドの隣の宿屋として機能している建物だ。
「……!? なんだ!? 何をした!! なぜ俺はこんな機密を答えた!?」
「俺がお前に『お友達魔法』をかけたからだよ。キヌサン国民の暗殺者」
(思った通りだ。精霊の力をきっちりと機能させれば、暗示性だとされている《誘導》にも即効性があるな。こいつらを操ったら、こいつらの知っている非精霊系魔法を片っ端から詠唱させよう。そうすればどの精霊が司っているのかも解るしな)
ジロはそう思った。生きた人間を実験台として、色々とするために、金は惜しいがこいつらは全員生きて帰そうと決めた。
「さて、ではお前の名前を聞かせてくれ。あと秘密結社とやらでのお前の立場についてだな」
ジロは猫なで声で優しく聞いた。
「アルフレッド・リビンスキー! シカリイクッターの土部門の五人いる副部門長の一人で、俺は土部門でのNo.2だと思っている!! 土部門長である偉大なるケルサ・パサンの右腕とも呼ばれ、それを誇りに思っている!!」
悲痛な悲鳴に似た自己紹介の叫びが、森の中へ響き渡り、アルフレッドはもう、なぜ? と疑問を口にする事はなかった。




