大貴族の孫の商才
「今、店の経営は聖女の妙薬を求める多数の客で成り立っているだが!?」
「そんな事、知りません」
エリカの無表情っぽく見える横顔に変化があった。ジロが慌てだした事がおもしろいらしい。
「聞け、エリカ。稀に(開店以来たったの一回)、本業の方の客がまとまった金を落としていくが、いかんせんいつ来るのかもわからない。元々はマニー爺様の顧客。それを目当ての客にしたら、今のガルニエ商会の安定した生活は成り立たない!来客頻度が不安定すぎるんだ」
「ふんふん」
エリカは、それで? といわんばかりに顎をわずかに動かしてジロに話の続きを促す。
だが、ジロには混乱の極地にいたため、今はそれ以上語る言葉を持たなかった。
◆
祖父の代のガルニエ商会の業種は鑑定業のみだったのだが、ジロが引き継いでからは、貴族のボンボンの無知さから、現物売買を主として幅広い商品を扱ってしまっていた為に、各ギルドへの納付金が開店して一年も経っていないのに、すでにきつくなっていた。
祖父の金持ちの道楽を受け継いだ挙げ句、開店当時は自分が店を持った事に対してなんとなく有頂天になっていた世間知らずの大貴族の孫であったジロは、採算度外視の趣味的な仕事、鍛冶、木工、革製品、魔法関連商品、薬学系、日用品、あまつさえ日持ちの良い携帯食などの食料品にまで手を広げたのがまずかった。
没落したとはいえ、元々は大貴族の孫。かなりの額の個人的資産を保有していたジロだったが、それがあっさりと吹き飛びつつある。
現在のジロは、各ギルドへの手付金を払い、そして各業界の海千山千の商人達にいいようにされて、在庫処分品を高値で掴まされ、挙句には大事な開店からの数ヶ月を店をほっぽりだして、旅行する羽目になり、二号店への滞在期間が予定よりも大幅に伸び、ようやく帰国して、本店へ戻ってきたのがつい一週間前。といった状況だった。
せめて今後は各ギルドの次回の契約更新時までには、売れ筋を見極めて、店にとって不要なギルドを取捨選択をしようと、この一週間、ジロは麻縄を編みながら、ずっと考えていた。
このままでは本店が破産してしまうっと。
今もそう考えてしまった瞬間に、ジロは少し冷静になった。
「爺さんの時はせいぜいが魔法ギルドくらいにしか納付しなくても良かったのに、俺の開店時のミスで、締め付けがアホほど増えた。それでも実家の爺さんによる補填だけで充分だったんだがなぁ」
そう言ってジロはエリカの同情を引く作戦に出た。
ジロを取り巻く環境は、一年前の喜劇的な側面を多々もつ悲劇的一族的騒動のお陰で、状況は一変した。
それによって金策に困り果て、一度入ってしまった、抜けようと思っているギルドですら十年は所属を余儀なくされ、余程の理由がない限り退会は不可能であり、退会したとて、そのギルドの販売許可を失うだけで、返金されるわけではない。
そして流通の分野において、各ギルドの持つ販路や集まってくる情報は、素人経営者であるジロにとっても、今は情報の扱いには困ってはいるが、将来的には情報は粗末にできないと感ずるために、各ギルドと一度仲を違えるととんでもない目に遭うのは分かり切ったことであった。
(……となるとやはり卸元のご機嫌を回復させて、当面の金を得るのが一番だ)
……ジロは結局そういう結論を得た。