余所事の話 キヌサン魔法帝国民
未知の結界に包囲され、破壊をあきらめた四人の暗殺者達は、各自自分の力を高める為に《肉体強化》《精霊耐性》《知覚感知》やそれぞれの『守護精霊』特有の攻撃魔法の準備を整え終え、万全の戦闘態勢を整えてから、慎重に、ターゲットが待つ窪地の中央を目指した。
そして岩の上に、目を閉じて、部下の持ち物だった見覚えある黒剣を抱くように座る。ターゲットがいた。側には戦利品のように他の部下達の武器が置いてある。
ターゲットは八人を鎧袖一触に殺害した後、周囲を警戒する様子もなく、その場に留まり続けるだけで、移動しようとすらしなかった。
この襲撃部隊の指揮官であったリビンスキーは、ジッと座っているターゲットの様子に正規に組織の兵となってから一度も感じたことのない得体の知れない何かを感じた。そして現場の指揮にわざわざ出てきた事を後悔していた。
(部門の事や出世の事なんて考えるべきじゃなかったんだ!!)
リビンスキーは欲に目がくらんだ事を悔いていた。
実行役が仕掛ける直前に、魔法感知外の遠くから《夜目》と《望遠》を使い見た一時間前のターゲットの姿勢のままだった。
違いはターゲットの持つ剣が襲撃隊の最も手練れであった部下の持つ剣を持っている点だけだった。
岩の周りにはなぜか死体が六体並んで据えられていた。
離れた場所にターゲットが魔法を行使して部下を丸ごと消し去った痕が三つあった。
まずターゲットの魔法で殺されたのは後方支援を担当していた三人だった。
火の精霊を用いた様子がないのに、その部下二人がいた地面は今も、高熱に長時間さらされていたように濃い煙をモクモクと吐き出している。
(そして三人目は……どう殺されたのかも皆目検討もつかない。我が、土部門系の魔法に見えたが……あんなのは知らん)
自分の属する魔法のようであったために、その未知の魔法に対して大きな恐怖を感じた。
そして、ジロ・ガルニエが最初に三人を始末した時に用いた魔法についての情報交換もなく、ここへ進み出てしまった事をわずかに後悔した。
四人はそれぞれ秘密結社『シカリイクッター』での各派閥、火部門・水部門・木部門・土部門の№2かそれに近い位置の人間達だ。
国の守護精霊であり、シカリイクッターの中でもっとも武闘派である風部門からの参加はなかった。
当初、シカリイクッターの准幹部でもある四人は合同派遣隊には含まれていなかった。
土部門でようやく部門長の右腕と呼ばれるまでになったアルフレッド・リビンスキーはこの不可解な結界を目の当たりにして、なぜこうなったんだと心の奥底から湧き上がってくる恐怖心の種子を目一杯押さえつけながら、岩に座るジロ・ガルニエを再度、見た。
リビンスキーの目からは、隙だらけに見える。
その上、手に持つ武器は、手馴染みからほど遠いシカリイクッター製の武器だ。
この場には、勝算しかないはずだった。
だが、現実として自信をもって送り出した部下八人は瞬く間に死に、予定にはなかった高弟四人が戦場へと引きずり出されている。
この森を覆っているの知れない結界は確実にこの男が張ったに違いがないので、安直な攻撃開始をリビンスキーは控えた。
◆
半年前、シカリイクッターの四派閥からの合同の『魔法剣』強奪部隊が編成された。
何事にも慎重な結社にしては、珍しい緊急の指令が発令された事に、強奪部隊の八人とそれを指揮するよう命令を受けたリビンスキーを含めた准幹部四人は驚いた。
しかし、ターゲットの持つアーティファクトが、かの『勇者』ジェリウス・レイルの持つ『魔法剣』であると聞いて納得した。
ペール王国内にいるシカリイクッターの密偵からの情報に寄ればその魔法剣がジェリウスの手を離れたという。
魔法剣は凡人に譲渡され、その凡人は魔界に向かうようだという情報がもたらされた。
ターゲットは六年前に、聖女の護衛で死地から人類史上初めて帰還した内の一人という情報もあったが、『シカリイクッター』では死地から帰還する事が最低限の入社儀式であったので、ターゲットの経歴が任務遂行の支障にはならなかった。
国家によって呼び名の違いはあるが、『ペール騎士』と呼ばれる人種は、魔力選別ではなく、ただ貴族の生まれであれば国からの魔法教育を受けただけの存在であるというだけで、結社や、キヌサン魔法帝国軍人は皆、ペール騎士達を馬鹿にしていた。
秘密結社には騎士崩れはもちろん、まったく別のルートからより実践的な魔法教育を受けた人間の集まりだったので、騎士の本領が発揮される集団戦ならいざ知らず、一人だけの騎士など端から自分達の相手になるとさえ思ってもいなかった。
ジロ・ガルニエの詳細な情報の内、もっとも気になったのはジロが『魔法剣』を持って魔界へと行くかも知れないというただ一つの点だけであった。
ただ、一つ懸念したのは、今回は時間の余裕がない事だった。
キヌサン魔法帝国と蜜月の関係をもつ秘密結社であったが、今回の『魔法剣』奪取については帝国は一切からんでいない。
秘密結社だけに寄せられた匿名の情報だった為、北方の隣国ペールへ行く為の転移石を使用しての『門移動』が使えかったない。広大な国内に点在する『門』はもちろん、ペール国内魔界近くの街シロチにもある『門』など、休戦中とはいえ戦争状態にあるキヌサン帝国民が使用できるわけもなく、高価な魔石を使用して飛んだとしても、そこの守備隊に四方八方から嬲り殺されるだけであった。
リビンスキーは、人材選抜しを終えると、他部門の准幹部三人には本国本部待機を命じ、自分と、秘密結社の下位構成員八人だけを連れ、ペール王国への即時出立を許可した。
天下に名高い魔法剣奪取という、これだけ報酬の大きな任務を、上層から命じられたとはいえ、他の部門の幹部候補に分け与えないための措置だった。
だが強行軍を重ねたものの、リビンスキーがペール王都ルイネに到着したのは、ジロが魔界入り後の十日も経った後だった。
ジロを追って、魔界に行くのは秘密結社の精鋭構成員であっても二の足を踏んだ。
それにはシカリイクッターの入社儀式が関係する。
入社を希望する者は、入社儀式として魔界へと放り出され、魔界から魔石を掘り出し、そして生きて帰る事ができれば秘密結社の一員となれる。
魔界の魔族は生まれながらに魔石や魔法の反応に敏感で、入社希望者が魔石を掘り出し懐をへ入れて持ち出そうとすると、動く魔石の反応に魔族が興味を持ちやすい。
大抵は魔石を持っての帰還中に動く魔石の反応に興味を持った低級魔族に襲われ、命を落とす。
その試練をくぐり抜けた者は、大いなる自信と強大な力を持つ事となる。
それぞれが持ち帰った魔石は、結社を通じて加工され、本人の望む武具やアクセサリーとなり、その後の暗殺業や破壊活動の助けとなった。
一同はジロ・ガルニエが魔石を常識外の規模で使ってある『魔法剣』をたずさえ生きて戻る事一縷の望みをかけ、隊を二つの班に分けた。
半分はリビンスキー率いるシロチ班、もう半分はルイネ班としてそれぞれ情報収集を続けた。
帰還が絶望視された三ヶ月を経て、本国からの帰還命令がリビンスキーの元に届いてすぐ、ジロ・ガルニエがシロチの帰って来た。
合同派遣隊の誰もが各精霊神に祈りを捧げた。
そしてリビンスキー達は皆、ターゲットを警戒した。
魔法剣の力があったとはいえ、三ヶ月もの長期に渡り魔界に住み続けた事を脅威に思った。
秘密結社の上層部はターゲットの力量を過小評価しすぎていたようだった。
リビンスキーは、長期の魔界帰りでありながら、憔悴の影も見られない元気な様子のジロ・ガルニエはかなりの手練れであると結論づけた。
生きる原動力となったであろう魔法剣の価値はターゲットの帰還によって途方もないまでに高まった。
シロチでは視認できなかったが《魔法感知》には膨大な魔力の反応があったので、帯剣していないだけで、魔法剣が荷物にある事は確かだった。
最終的な判断を委ねるために本国へ使いを走らせ、残りはターゲットの監視を続けた。
ターゲットはルイネが馬を使わず、乗合馬車を使ってののんびりとした帰国だと知り、急いでルイネ班に伝え、リビンスキーもシロチを引き払いルイネへと急いだ。
ガルニエよりも速く一同は合流し、監視をしたのだが、ターゲットが住み処であるみすぼらしい掘っ立て小屋に、帰って来た時には、魔法剣の反応が消え失せていた。
そして、あれだけのアーティファクトをどこに隠したのかをリビンスキーが調べていた内に、秘密結社上層部は、本国に置いてきた三人の准幹部を派遣してきた。
『合流せよ。だが戦闘は一切先発部隊八人に任せ、お前達四人はターゲットとの一切の接触を禁ずる。ジロ・ガルニエの実力と魔法剣をどこに隠したのかを見極め、その情報を持ち帰り帰還しろ。ジロ・ガルニエの実力が未知数であるので、先発部隊が全滅しても魔法剣強奪は今回は諦める』
と言うことだった。
リビンスキーは願ってもない好機の到来と捉えた。
本部からの命令であるので、例え部下の一人や二人が死のうとも、リビンスキーの失点には繋がらないとほくそ笑んだ。
魔法剣の手柄は欲しいが、確実に強奪できないのであれば見送るべきだとおもった。
そして今、リビンスキーはこの得体の知れない状況におかれている。




