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六年前の回想7


 ジロは来る日も来る日も、重く調整した剣を振り続けた。


「よく飽きませんね」

 毎度となった訓練でジロによって地に倒れ伏し、気を失っていたリーベルトがジロに声をかけた。


 ジロは虚空に向かって、黙々と剣を振り続ける。


「辛いでしょう? 相手は死霊。物理的に存在しない相手だ。死霊の鎧と言われているゾンビならば力一杯剣を振れば、その体に当たって剣は勝手に止まる。止まらなくてもスピードは落ちる」


 ジロは声を受けながらも滝のような汗を流し、息を乱しながら全力で剣を振っている。

 上下左右、縦横無尽に剣を走らせるが、どれだけ振っていたのか、剣にはスピードも力もない。

 リーベルトが気絶する前に見たジロの姿が幻であったかのように、ジロの剣筋は鈍かった。


「でも死霊相手にはそうはいかない。全力で振った剣は、自分の筋肉で止めないといけない。地面に当てて止めるのもいいが、そんな隙は死霊が見逃さない。かといって、振りっぱなしにしたらしたで、隙ができる。大抵の人間はそこで死霊につけ込まれ命を落とす。奴等はまさに人間の天敵と言えるべき存在ですよ。幽界の住人なんていうが、その数すらも定かじゃない。いったいどのくらいいるんですかね?」

 リーベルトは、ジロに木剣で手ひどく打たれた痛みに顔を歪めながら、ジロの背中に声をかけ続ける。


「隊員達は小ガルニエのように、無意味に近いその訓練をしているんですかね? 僕にはやっているようには思えません。今も前払いでもらった巨額の金を、王都の酒場でばら撒く事に精一杯なんじゃないんですかね?」


 ジロはついに剣を取り落とした。

 リーベルトから見ても痛々しいほど、背中の筋肉や腕、それどころか体全体が激しく痙攣している。


 ジロはここに至って初めて、魔法の詠唱を始めた。

 詠唱は滑らかで、滞るところを知らない。

 今のジロの姿を見ずに、その詠唱する声だけを聞いていたのならば、ガクガクと揺れる様に痙攣している今のジロの姿を想像する事などできないだろう。


 《筋肉増強》といわれる神聖魔法をジロは発動させた。

 ジロは魔法の力を得て、再び剣を振る。

 全身の痙攣は剣を振る事によって、徐々に影を潜めていった。


 剣は鋭さを取り戻してしてはいるが、息づかいは荒いままだ。

 こんな乱れた精神状態で《筋肉増強》を維持し続けているジロにリーベルトは内心拍手を送ったが、リーベルトの心の別の部分が、まだ足りない、っとそう言った。




 一時間後、魔法の効力も切れ、魔力もつき、ついにジロは倒れた。

 

 地面に倒れながらビクンビクンと激しい痙攣がジロの身に起きている。

 他の者ならば、その様子やジロの呼吸の乱れから、そのまま死に至ると判断しかねなかった。

 だが、リーベルトには毎度の光景であったので、黙ったままその姿を見ているだけだった。


 三十分ほどもすると、ジロの呼吸が整った。


 フラフラと揺れる体を魔法の力を借りて起こすと、再び剣を握った。

 しかし握力が戻っていない様子で、剣を取れない。


 リーベルトは用意してあった布を取りだし、ジロへと渡す。

 ジロはリーベルトを睨みつけたが、リーベルトは剣を拾うとその手に握らせ、剣を布でグルグル巻きにした。



「この結び方なら剣を振るのに支障は出にくい。あんたにも結び方を教えるから覚えろ。極限状態で必要になるかもしれない技能だ」

 ジロは黙ってそれを見ていた。

 結び終えるとリーベルトは離れ、ジロはまた剣を振り始めた。


 それから十分ほどが経った時、リーベルトがジロに声をかけた。


「あんたは魔法の使い方がなっちゃいない。そんなやり方は、僕から言わせるとエリカの助けにはならない」

 ジロは剣を振り続ける。剣先は持ち上がらず、ずっと地面を削っているだけの状態だった。


「魔力が回復したら、僕が魔法を教えてやる。あんたの魔力は、そんな乱暴な使い方ではなく、剣を止めるだけに使うべきだ」


 ジロは剣を振る動作にすらなっていない動きを止め、初めてリーベルトを振り返った。


「………続けろ」

 か細い声でジロはリーベルトに話の先をうながす。


「小ガルニエ、貴公は――」

「――貴公と、来たか、これだけ……、叩きのめされ、て……まだ、目下扱いとは……頑固さだけは、褒めてやる、従者」

「別に格下に見ているわけじゃない。まぁ同等と見なしてやるさ」

 そう言ってリーベルトは「まずは呼吸を整えろ」と言って、ジロを待った。


「……腰を折って悪かったな、続けろ、従者」

「貴公は僕ほどまでとは言わないが、魔力が高いようだ。知っての通り、神聖魔法は精霊の働きを必要としない、信仰魔法だ。その分自分の魔力を練って魔法を発動させるが、これまで見てきた限りではあんたは中々のもの」

「……」

「だが、出力の仕方が大雑把すぎる。五大精霊魔法ならばいざ知らず《筋肉強化》のような神聖魔法に対してまで目一杯魔力を消費しすぎている。だから、そんな頭の悪い、筋力が落ちたら魔法に頼り、魔法が切れたらまた筋肉を酷使するなんていう、魔界向きで幽界向きではない戦闘法に頼らないといけないんだ」

「俺にはこれしかできん」


「そうか、なら僕が教えてやる。魔法の発動は短時間、剣を止める時の筋肉だけに使う。毎日飽きもせず、粘土で重さを調整した小汚い武器で鍛錬し続けている見た限り、貴公はマニー様から何らかの対死霊用のアーティファクトの手配が完了したと僕は見ている。魔力を使って死霊を切り裂かなくていい分、魔法の使用は幽界内において、すべて《筋肉強化》に使うべきだ」

「……そうか、そうだな。そのコツを教えてくれ。頼む」

 ジロは即座に頭を下げる。


「頼む、この通りだ」

 それでも足りないと見たジロは、ひざまづいて地面に額を擦りつけながらリーベルトに教えを乞うた。


「……エリカ護衛隊の隊長が、額を地面につけながら頼むなんて言うな。惨めな奴だ。……僕はエリカが運命に抗う為には、小ガルニエにはきっちりと働いてもらわないと困るんだ。だから教えなくてもいいと、あんたが言っても、僕はずっと口を出す」

「で、どうやれば、いいんだ? 魔法の出力を押さえようなどと思った事が俺にはない。出力を絞る方法が、丸っきり解らん」


 ジロは剣を地面に立てて立ち上がろうとしているが、うまくいかない。


「無茶な魔力の使い方で、あんたはもう何もかもが空っぽだ。明日にしよう」

「…………解った。……では、明日から頼む」


「出発までの期日は近い。小ガルニエ、なんとしてでも覚えてもらうからな。隊長としての責務よりもこの訓練を優先してもらう」

「解りきった事をいうな、従者。お前の訓練が最優先だ」




        ◆


「及第点だけど……とりあえずはそれでいい。小ガルニエ、よく頑張った」

 それから期日があと三日になった日の晩、リーベルトによる日夜の指導によって、ジロはなんとか魔力を絞る方法を身につける事ができた。

「お褒めに預かり光栄だ、従者、本当に感謝する」



 リーベルトの対死霊の戦闘案はジロの対死霊への戦闘術を大幅に変えた。


 魔力を絞る事によって、ジロは一晩中、停滞する事なく、剣を振り続ける事ができた。


 ジロは今後の為に王宮へこの訓練法を報告しろとリーベルトに言ったが、「あくまで、強力なアーティファクトあっての方法」と取り合わなかった。

 リーベルトの出世にも繋がる話なので、ジロはしつこく言い聞かせると、

「じゃぁ、エリカが生きて戻ったら報告させてもらうよ。これでいいだろ? 小ガルニエ」

 と、ジロに対してハッパをかけるように言った。



 そして、それから一週間が経った。

 ジロがありとあらゆる手を尽くして暮れの国への道行きを遅らせた。


 人々は皆、ジロが怖じ気づいたと影でジロの行動を非難した。


 『暮れの国への道行き』は、どの時代、国、風土においても常に遅延した。

 必ず怖じ気づく者が出たからだ。

 ジロの遅延も、聖女エリカの幽界行にたずさわる関係者は誰もが皆、ジロの土壇場での臆病さを苦々しく思った。


 ジロはなんと言われようと、マニーの準備完了という早馬の到着を待っていた。

 依頼の品が届かない限り、どんなにみっともなくとも、出発を遅らせるつもりだった。



 そしてまず対死霊用のアーティファクトが届けられた。


 ジロはマニーが用意した、マニーの冒険譚にあった四つのアーティファクト、ジロ用のアーティファクト、

 『ブートガング』という細身の剣。

 『ポーキス』と呼ばれる水の神の力を宿すというチェインメイル。

 エリカ用に、

 『カルンウェヌン』という白く光る短剣。

 『精霊王の鎧』と呼ばれる軽量の皮鎧が届いた。


 詩人の歌にも出てくるそれらのアーティファクトに見た目で気づくものもいるかもしれないと、二人で徹夜して偽装を施した。

 その偽装も幽界についた途端にその偽装をすぐに剥がせるよう苦心した。


 頼んでおいた他にも、マニーは少し格が落ちるが四種アーティファクトが用意していた。

 『スリヤの剣』意匠が煌びやかに輝く淡い水色の刀身をしたレイピア。

 『アグヌの杖』と呼ばれる大陸北部の亜人地帯から伝来した杖。

 『火の槍』と呼ばれる木製の粗末な槍。

 『カートボルク』という木製の巨大な剣。


 その品々にマニー・ガルニエの本気を見て、ジロは祖父への感謝を新たにした。

 マニーの昔話に精通するジロから見ても、対死霊用として申し分のない武器群であった。


 それらは全てが重量を重視されており、リーベルトと相談し、この三点の内二つを、魔法訓練を経ている下級騎士の三人に渡す事にした。

 リーベルトはその案に頑強に反対したが、最後はジロが押し切った。


 残り一点の『カートボルク』だけは振り回すのに難がある点から、『ブートガンク』の予備としてジロが背負い持つ事にした。



 対霊用の、時間経過によって弱まるが、魔法付与による十三人の兵士用皮鎧とレイピアも用意されている。

 幽界への国境までの運搬用に馬車の手配は、ツテがあると言ってリーベルトが行った。


 アーティファクト級の武器が二点多く届いたので、兵士用武器が三本余ったが、それはリーベルトが持ち、責任を持ってガルニエの屋敷へと送り届けると、約束した。

 アーティファクトよりはだいぶ劣るとはいえ、魔法付与のレイピア一本で王都で家を買えるほどの値打ちだ。

 



 それからさらに三日経って、反ガルニエ家派からの催促だけでなく、神殿勢力からも出立せよと軽蔑のこもった半ば脅すような命令が下った日。


 ジロの元にようやくマニーからの早馬があり、ジロはリーベルトを連れず馬を駆り、屋敷に行って最後のアーティファクトであるオルゴールを手に入れた。


 その足で学院の寮へ戻り、リーベルトに出立する旨を告げた。

 リーベルトは学院の外門までジロを見送った。


 ジロは、国王から下賜された見事な白馬に乗った。

 リーベルトの手により、白馬には幽界行の全ての装備が整えられていた。


 驚いた事に、話でしか知らなかった八点のアーティファクトは、魔石や魔力探索に効く《魔法感知》が一切効かなかった。


 ジロは聞いた事がなかったが、リーベルトは『アーティファクトと言われる遺物は、現代の魔法とは別の(ことわり)によって、存在しているのだ』と、リーベルトはマニー聞いた事があると言っていた。


 それらを持てば力がわくとマニーは言っていたが、ジロにしろリーベルトにしろそのような変化はなかった。

 疑問や猜疑心がわいたものの、今はこの疑問に答えてくれる人はいないし、時間もない。



 偽装によって、それら全て普通の武具に見えた。

 『カートボルグ』だけはその巨大さゆえに違和感があったが、幽界では愚策とされている盾のように見えるよう細工を施し、実際布を巻いた木製にしかみえないカートボルグは『布を巻いてある巨大なタワーシールド』に見えた。

 

 他装備は幽界の内で荷馬車が待っているよう手配した、とリーベルトはジロに伝えた。



 二人は正対し、お互いを見た。

  本来なら槍を持ちジロの後ろにいなければならない従者のリーベルトは、従者として最後の役目になるであろう、エリカの待つ神殿についてくる様子もない。



「小ガルニエ。僕にできる事は、もう何もない。約束を忘れるなよ」


「ああ、ヘタレの生意気な従者。今日まで従者働き、ご苦労だった。……必ずエリカは連れ帰る。お前の方こそ、約束を決して忘れるな」



 そう言い残し白馬を反転させ、後ろを振り返る事もなくエリカの待つ神殿へと駆けていった。




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