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六年前の回想6 番外


マニーは背もたれに身を預け、放心したように宙を見つめている。

 本を読んでいた男は読書を止め、本を閉じてマニーの言葉を待っていた。

 そのまま十分が経った。マニーが深く息を吐き、客用のソファへと移った。


「プーセルどうだ? あれが儂の自慢の孫の一人じゃ」

「老公の言ってた通り、負けん気が強そうなガキだな」

 同席していた男・プーセルが席を立ちマニーの対面に腰を下ろす。


「だが老公もお気づきだろうが、まだまだ青い。実力がありそうなのは解るが、その実力に自ら信じきれていない。例え幽界行きであろうと、自分の力量を信じ切れれば実力以上の力を出す事は容易い。ウチのチームなんて皆が皆自分が一番強いと信じきっている。だがあんたの孫は、その精神状態にはないようだな」

「言うわい。お前はジェリウスやカルラよりも強いと思っているとはな」

 マニーは弱弱しい笑い声を上げた。

 ジロが退室した今、めっきり老け込んだ印象だ。とプーセルは思った。そして「そりゃないぜ、老公」と笑って肩をすくめた。


「プーセルの言う通りじゃが……、こればかりは他人がとやかく言って、そうですかと開き直れるものではないからな……聖女選定が、数年後であればジロも経験を積み、その心境へと辿り着けたかもしれんと、毎日思うわい」


「依頼の件だが……一応はチームに伝えておくが、期待しないでおいてくれ。ジェリウスの奴は乗り気になるかもしれないが、老公も知っての通り、ウチでの依頼の受託方法は多数決のみだ。俺は絶対反対だし、カルラも反対するだろうし、ウーも反対だろうな。そうなるとマリアも反対するだろうな」


「……そうか、お前には無理を言ったな」

「老公。アンタの孫は、老公の教えを受けて今の地位にいる俺達にとっては弟弟子みたいなものだから守ってやりたいが……今回は勝算が皆無だ。いくらウチにジェリウスとカルラがいると言っても、生け贄護衛隊の護衛なんざは共倒れにしかならない。……だからせめてもの償いとして、あんたがさっき言った『適任者』として、生け贄行が全滅した後の……アーティファクト回収には協力しよう。金は取らない。チーム連中の依頼費は、俺の金から出しておく」

「恩に着るぞ。プーセル」

「……貧民窟上がりの俺に、大貴族様が恩に着るなんて、老いたな、老公」

 プーセルは乾いた笑い声を上げる。


「…………老けもする。孫のランスはすくすくとガルニエの次期当主として育っているが、その弟のジロは幽界の死霊にくびり殺される運命にあり、その孫以上に可愛いエリカは、ジロの働きにかかっており明日をも知れぬ運命だ。もう一人の孫のようなリーブも押さえが効かなくなり、エリカの死後に何をしでかすかもわからん。儂の自慢話を目を輝かせていた子供ら四人の内、二人の命が消えかけているのだ……老いもする。そろそろ引退を考えねばな」

「……そうか、俺達、この世の未知を求める者としては、あんたの引退はさみしい限りだが、あんたの薫陶を受けた身だ、老公の考えはどんなものであれ尊重する」

「馬鹿者めが、何もジロやエリカが天に召され、今日明日引退するわけではない。その時になったらお前らは全員アッと驚く引退劇を見せてやるわい。楽しみにしておれ」

「だが、俺達が次に会うのは、アーティファクトが回収し終えた時だ。そうなったら明日も同然だ」

「そういう見方もできるのう」

 そう言ってマニーは再び深くため息をついた。

 プーセルは、今がもし師匠と弟子としての訓練中であったなら、師匠であるマニーに対し、ジェリウスとカルラですら取った事が無い、人生初のマニー・ガルニエからの『参った』が取れるのではないかと思った。

 

 プーセルにはマニーが孫との会話だけで、致命的なまでに老け込んでしまったように思えた。


「……俺も奇跡でも起きて、聖女一行が人界に帰ってくる事を望むぜ……それならタダどころか、俺の資産を削りながらの命がけの働きしなくてもよくなるからな」

「……お前は貧民窟上がりの下民のわりに……そんな人情を見せるからあなどれんなぁ。よく生きてこれたものだの」

「老公も知る通り、幼なじみとして育ったジェリウスがいたからなぁ」

「そうじゃな……だが、儂の弟子の中で規格外のジェリウスでさえ、幽界の……聖女を伴っての帰り道は……」

「あぁ、魔界行の『無題の日記』を盗み見た限りだと、あいつでさえ、この条件での生還には無理があるな。人間の言う事を聞いてくれる魔界の秘者を十人ばかり護衛に連れてこれるのであれば、聖女は無事に帰れそうではあるがな……」

 

 沈黙が部屋を支配した。

 プーセルは長年の付き合いによって、マニーが一人になりたがっている事に気づいた。


「では老公、俺はこの依頼を一応はチームの皆に聞かせてみる。本意じゃないが、前向きに話を進めてみる。……採決は俺が最後で、俺の話がうまくいって、皆が乗り気なら俺も賛成に鞍替えする」

「すまんな……感謝する」

「……やっぱり、引退時かもな、老公」

 そう言い残し、プーセルは執務室を去っていった。




        ◆


数日後、マニーは屋敷地下の、ジェリウスやカルラ、そして神殿の高僧達の手によって強化された結界を張り巡らせた部屋を訪れた。

 ここにはアーティファクトが多数眠っていたが、ここ意外に安置してあるそれらとは毛色が違った。


 人に不幸を与えるという宝石や、精神を病むかわりに絶大な力を得るといわれる剣など、いわくのある呪われたアーティファクト達がそこにあった。

 マニーはそれらの物に目を向けることもなく、部屋の奥へとやって来た。


 隠し扉を操作してさらに部屋を抜けると、そこには対幽界用の数々の呪物があった。


 強力な死霊を召喚するために死後使用者の魂は死霊となる香炉。

 無数のゾンビを作り出せるが、制御が効かなくなる書物。

 秘者をも呪い殺せるほどの力をもつが、使用すればその土地に疑似的な幽界を作り出すと言われている聖杯。

 生きながらにして死霊化できるが、そのペナルティの対処法が見いだせない凄惨な短剣。


 そういった呪物の中に、ジロが求めているであろう品があった。

 小さなオルゴール。

 幽界がペール王国に攻め込んできた時に大いに役立つであろうその品は、ジェリウス・カルラ・マニー・神殿長の多重詠唱によって、特別強力な封印がなされていた。


 これをジロが使用した時、ジロの死は避けられないだろう。

 だが、もしかすると、そのジロの死によって、エリカは聖女としては初めて生きて人界に戻ることができるかもしれない。


 ジロが死霊達によってたかって魂を喰われた後、この呪物の回収は容易いだろう。

 カルラが《魔法感知》で探せるように、呪物に巨大な魔石を取り付ける細工を施すつもりだ。


 マニーにはその光景が目に浮かぶ。

 《魔法感知》によって探し出したオルゴールを、大陸中で『勇者』と呼ばれるジェリウスと『大魔法使い』ハーゼンの再来と言われるカルラが群がる死霊を一時的に排除して、身のこなしの素早いプーセルがオルゴールのフタを閉じるだけでいいのだ。

 そして、一時的に封印を施し、マニーの元へと持ってくる。


 それだけだ。


 その日マニーは、生まれて初めて神を呪った。




       ◆

 

 ジロの面会から数週間後、領地に戻っていたマニー・ガルニエの元にプーセルから手紙が届いた。


『マニー・ガルニエ大公閣下から受けた、今回の聖女護衛依頼はチーム全員の一致により却下された。なお、アーティファクトの回収についてはチーム全員の一致により承認されたので、後日詳細な話を詰めに行くので、面会日時と場所を指定していただきたい』

 

 王国一どころか大陸一の凄腕集団、魔王城に入りこんで隅々まで調査した後に全員が生きて人界を踏む事すら容易なプーセル率いる少数精鋭の傭兵隊『ティコ・ティコ』


 マニー・ガルニエとその仲間達が、戦いの全てを教え込んだ弟子達から、正式にエリカとジロの護衛を断る旨が、そこには書かれていた。



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