六年前の回想 鎹(かすがい)
話す内容は日常の事に終始した。
エリカはジロとリーベルトの寮生活を知りたがり、ジロは楽しい話だけを選んで聞かせた。
リーベルトはリーベルトで従者の生活と言うよりは、同窓生との楽しげで気楽な話をした。
「やっぱり変だよ~。ホラ! ジロは一番お兄さんなんだから、一番最初にリーブの事をリーブって呼んで!」
ジロがリーベルトの事を『この従者』と、再び呼んだ事をきっかけにエリカがそう要求してきた。
そう言って怒るエリカは現在縮尺を小さくした神殿騎士装束姿だったが、ジロの知る日常だった過去のエリカの姿が重なる。
ジロはこれみよがしにエリカにため息をついてみせる。
「エリカ、いいか? こいつは従者で充分だ。だって仲良くないんだからな。お前だって俺の事最初はジロ様、ジロ様って言ってたろ?」
「だって、お母様から、初対面だし、ジロはあの頃はエリカよりも年上だったから『様』って言うのよっておっしゃってたんだから、仕方なくよ!」
パイ生地をポロポロとテーブルにこぼしていき、リーベルトが律儀にそれを手で掃除する。
「……。今も俺はエリカより年上だろう。今もジロ様って呼んでいいぞ、っていうか、そう呼べ」
「いやだも~~ん。ジロは初対面じゃないし、せーしん年齢はエリカより下だも~ん。まったく~、ジロは口がタッシャなんだか、リーブは違うよね~~、ジロはジロって呼ぶと喜ぶんだよ?」
「喜んだ覚えはないけどな」
っと言うと、行儀悪くエリカは小さなクッキー片を投げてきた。
「エリカ……いいかい? 僕は敬意を込めて『小ガルニエ殿』って言っているんだよ」
「さっきはショーガルニエって言ってたよ」
「それは僕がこいt…彼に親しみを込めて、他人行儀な『殿』を省いたんだ、そうだろう?小ガルニエ殿」
「ああ、そうだとも従者。エリカ、今回は従者の言うとおりで、俺たちは仲がいい」
嘘をつけ、このクソガキ。とジロはニコニコ笑みを浮かべながら、返事をして心中で毒づいた。
「あ~~~~~!! ジロとリーブが嘘つく時の顔だ!! 私は何回も何回もなんか~いも! それにだまされたからもう引っ掛からないも~ん!」
そう言って、机に身を乗り上げるどころか、ホステスを務める淑女にあるまじき行為で、机の上をテクテクと横断して、ジロに飛びつくように体当たりをして非難した。
危うく机の上をビショビショにしかけた花瓶を今度はリーベルトが支えた。
エリカは体当たりの後、そのままジロの膝の上を自分の居場所と決めたようだった。
「ホラ! ジロの悪いとこ! もっとお友達とは仲良くするの! ジュウシャじゃなくてリーブ!」
エリカはジロの顎の下からぐりぐりと頭頂部を使い、ジロに催促する。
「わかった、わかった。『リーベルト』これでいいだろう? リーブはお前がリーベルトを呼ぶ呼び方だ。俺がその呼び方を奪っちゃ、悪い」
「んもう! ほんとうにジロはんもう!! ……でもまぁいいか、イイ? その内絶対にリーブって呼ぶんだよ?」
「ハイハイ。……ところで――」
ジロはそう言って、リーベルトを見る。
エリカはジロを見上げていた為に気づかなかったが、リーベルトは話の流れを察したのか、心底嫌そうにジロを睨みつけた。
「――こいつにも呼び方を改めさせないとな」
「アラタメ?」
「立場が上の俺が従者の事を『親しみを込めて』名前で呼んだんだ。だから『リーベルト』も俺の事を小ガルニエってじゃなくて、天才隊士様とか、騎士・ガルニエ様とか呼ばせるんだよ」
「え~~~~~、ジロは天才なんかじゃないも~~~ん。どっちかって言うとリーブの方が天才って言われてるんだも~~~ん」
エリカはジロの思惑と違い、味方につかなかった。
「……おい、エリカ。こいつは……え~~~っとそうだな、剣を使って二人で遊んだ時、俺にこてんぱんに負けたんだぞ? 天才に勝ったんだから俺を天才と呼ばせるのは普通の事だろ?」
「んもう! ジロはリーブよりもずっと年上なのに、いー気にならないの! 乱暴なんかしたらメッ! いつまでたっても子供なんだから!! そんなんだから、マニーお爺さまが心配するのよ! ジロはいつまでも子供っぽいって! んもう! め!!」
かけ声と共に、ジロの顎に、加減無く頭突きをくわえ、ジロも避けなかった。
「ホラ! リーブは良い子だもんね? ホラ、ジ・ロ! さんハイ!」
「…………」
「んもう! リーブも子供なんだね! やっぱりエリカが一番お姉さんなんだもん! さんハイ!」
エリカはジロの膝の上からジッとリーベルトを見ている。
ジロからはエリカの表情は見えない。
(が、リーベルトの表情からすると、エリカがキラキラと目を輝かせ、期待をする行動をリーベルトならばとってくれるであろうと、まっすぐに見つめてんだろうなぁ)
リーベルトがソワソワと身じろぎをしている。
(俺ですら罪悪感に耐えられなくなるのに、ましてやガキ丸出しの精神力の従者に耐えられるものか)
っとジロはリーベルトの苦境を楽しみながら二人のやりとりを見る。
「んもう! リーブ!!」
「……小ガルニエ先輩」
「……センパイ?」
「そうだよ。小ガルニエ先輩。先輩というのは学院で尊敬する人につける最上位の敬称なんだ」
「サイジョーイ?」
エリカが、それはなんだと、尋ねる感じで、頭上のジロの顔を見上げる。
「……一番偉いって事だ」
「そうなの……? う~~~~~ん、リーブ間違えてるよ? ジロは全然偉くない」
「なんだと、エリカ。俺は今でも結構偉いし、これから先はもっともっと偉くなるんだから、お前なんて気軽にジロなんて言えなくなる日が来るからな。今の内にジロ様って呼び方を思い出せ」
「ふ~~~んだ。私はもっともっと偉いんだも~~~ん。ゴロ聖女エリカだも~~~ん!!」
そう言ってエリカはジロの皿からクッキーを一枚取って口に含んだ。
そしてしばらくモグモグと食べた後――
「――これから先ってどのくらい先?」
エリカは見上げてきた。
三回目の見上げ方は、それまでとは違っていた。
ジロはエリカが震えているのに気づいていた。
ジロはエリカを後ろから思いっきり抱きしめて、勢いよく立ち上がる。
「ずっと、ず~~~~~っと先にきまってるだろうが!!」
エリカは突然の事でワーとかキャーとか悲鳴を上げた。
「お前がマニー爺さんくらいの年になる頃には、俺はもしかしたら偉くなりすぎてお前のお父様どころか、国王陛下よりも、もっと! もっと! もっと! もっと! 偉くなっている! 俺は今、王国どころか大陸中で一番強い男なんだ、そんなの俺が偉くなるのは、太陽が東から昇るのと同じくらい当たり前の事だろう!!」
ジロはそう大声で笑いながらエリカをグルグルと部屋中に振り回す。
エリカはキャーキャーいいながら喜んでいる。
「俺は、お前が大好きなマニー爺さまのお孫様だぞ!? 数々の信じられない冒険をしてきたマニー・ガルニエの孫だ!! 不思議な話は、マニー爺さまに聞きまくってるから、誰よりも知っている! 頭もいいし、剣の腕もある! 魔法なんてチョロすぎだ!!」
「どうだ、エリカ? 俺は偉くて、ズル賢くて、強いと思わないか?」
ジロはエリカに問いかけた。
両手を持たれ、グルグルと回っているエリカは、キャッキャ、キャッキャと笑い、目を輝かせてジロを見た。
ジロは立ち上がってテーブルをどけていたリーベルトに向かってエリカを放る。
エリカはキャーと叫びながら、喜んだ。そして今度はリーベルトが笑いながら、エリカをグルグル回し始めた。
エリカは満面の笑みを浮かべていた。そこにはもう、怯えの影は見えなかった。
「私の方がもっともっともっとも~~~っと! 強くて偉いんだもん!!」
それから、皆で笑った。




