六年前の回想 馬上の騎士、歩く従者
リーベルトがジロの従者となり、一ヶ月が経過したが、その後の関係は改善していない。
それどころか、より険悪になっていた。
ジロはリーベルトに対して自分から話かける事は一切せず、空気のように扱った。
リーベルトもジロが聞こうが聞くまいが、ジロの欠点を四六時中並べ立てた。
さすがに抜き身での訓練を挑む事はなくなったが、リーベルトはジロも舌を巻くほどの執拗さで、少しでも暇ができると、木剣での立ち合いを望んだ。
相変わらずジロに手酷く打ちすえられ、本来ならば動くのも億劫なほどの新たな打撲傷を毎日つくっている。
◆
この日も、リーベルトは昨晩新たな打撲痕を抱え痕はずなのにも係わらず、表面上はいつもと変わらず涼しげな顔をして騎乗するジロの後ろを今も軽やかな足取りで付き従っている。
(気味の悪い奴……)
ジロはリーベルトをいつものように無視をする。
リーベルトはジロとの剣術訓練以来、自ら露骨に挑発して喧嘩を売るような真似は一切しなくなったが、変わりに悪意を感じる小言でジロの神経をささくれ立たせている。
『暮れの国への道行き』の準備にすべての神経を向けたいと思いつつも、従者としては極めて正しいリーベルトの小言に対し、時々は答えねばならない今の身が煩わしかった。
ジロの卒院と親衛隊正式入隊は、ジロがどのような不祥事を起こそうが、すでに既定事項なので、余計に、卒院前と卒院後のしばらくの期間は、従者を付けて騎士としての立ち居振る舞いを学ぶという、何事にも形式を尊ぶ王国の体質が、憎たらしかった。
「先ほども言いましたが、騎乗の手順が違います。誰の目もない所であれば、それでもいいのでしょうが、公の場でそれをされれば、親衛隊、ひいてはエリカさえもが軽んじられる事になるのではないでしょうか?」
ジロは無視を貫く。
「戦士としてならばまだしも、騎士としてエリカの護衛に参加するのであれば、王国だけではなく、隣国の街道を埋め尽くす見送りに対し、堂々たるペール騎士としての態度が必要です。それにはまず正式な身繕いをもう一度基本に立ち返り、自ら見直すべきでは?」
(煩わしい)
ただ、その全てが見当外れな事を言っているのではなく、ジロが気づかないような細やかな暮れの国への道行きに当てはめてくる所が、厄介であるとジロはほぞを噛む。
ジロは神殿騎士団から呼ばれ、王都の外れにある神殿騎士団本部への出頭を求められ、今はその帰り道だった。
できれば、いつものようにリーベルトには知らせず、単騎で本部へ行きたかったのだが、正式な要請だったので、従者を連れて歩く必要があった。
「……小ガルニエは、あの護衛達、あんたがまとめ上げて幽界内に自殺に行かせる、あの護衛隊の隊員についてどう思った?」
その帰りの路上。リーベルトが口を開いた。
「……予想通りだ」
答えるつもりはなかったが、自分で思っていた以上に、あてがわれた護衛隊員に不満があったことにジロは気づく。それこそ、嫌いな少年にでさえ、不服を口にするほどに。
「エリカのお父上の、エピデム団長は――」
「――神殿騎士団は団員同士の繋がりの厚い団だ。だからこそ、エピデム閣下はエリカに優秀な騎士団員を割く事はできないんだろう」
ジロは無感情になる事に努めて、リーベルトに平坦な返事をする。
「それでも、あのお方は、エリカの父親だ」
ジロは返事をしなかった。
事実、神殿騎士団の精鋭達の中でかなりの数の団員がジロに、同行許可を求めての、上層部へ対してのジロに口利きを頼む申し出があった。
「それでもあの人はエリカの父親で、あんたは護衛隊の隊長に任命される運びなんだろう!? それなら、なぜ、もっと意見しなかった!?」
「黙れ……ガキ。連合国軍の枠組みにない神殿騎士精鋭50名を、幽界との国境、ルイナス共和国に派遣・駐屯させるのに、団長閣下やそのシンパの皆々がどれだけ王国内の反神殿騎士団派に貸しを作ったんだと思ってるんだ?
「それもわからないから、お前はガキだって言うんだ。お前は本当にあの宰相閣下の長子なのか? わかったら少しは黙れ、ヘタレに仕える従者」
ジロは淡々と答える。
今のジロにはリーベルトの質問を無視するという選択肢は最早なかった。
喋りだしてしまった事で、ジロ自身が、何かを喋っていないと暴発してしまいそうだったからだ。
本部で対面した神殿騎士団の息のかからない団や隊から派遣された護衛隊の面々を言い表す言葉は、最悪の一言で足りた。




