六年前の回想 互いの思い
当事者二人も、周りの見物人には知る事のできない事であったが、ジロとリーベルトの二人の心境はこの半年、千々に乱れ、そのどす黒い感情は、その発露の場を求めていた。
そして互いがエリカの幼なじみであるという事で、二人はようやくこの、世間という形のない巨大で強大な圧力への憎しみの感情という、濁った憎悪を表に出す事ができる相手に出会ったとも言える。
合図などもなく、二人が剣を抜く。
「小ガルニエ殿、魔法は無しでいきましょう。 魔法を制限しなかったら、僕に有利すぎる」
「好きにしろ。『ヘタレ』に仕える従者」
見物人の誰かが「二人の剣……、刃引きしてないんじゃ……?」と呟き、その声はさざなみのように静かに、だが確実に周囲に広まった。
その訓練は、とても学院卒業生と従者との訓練であるようには思えなかった。
呵責のない鋭い攻撃が当たり前のように、急所目掛けて振るわれる。
ジロの足が砂を巻き上げ、目つぶしを仕掛け、機があればリーベルトも同じ事を仕掛け返す。
剣術の見本とまで、剣術指南役に言わせしめたリーベルトの剣技は乱れに乱れていた。
剣戟は互いの剣ごと相手を両断しようとしている。
それは、この訓練所で日々行われているような剣の訓練には見えなかった。
しかし、段々と勝負の行方が誰の目にも明らかになりつつあった。
ジロの事を知る外部の人々には当然の出来事であり、現学院生にとっては、誰もが想像さえしたこともなかった光景だった。
日頃天才リーベルトは常に涼しげで、同じ学院生はおろか剣術指南役にさえ、時には圧倒していた。
だが、今はリーベルトが明らかに押されている。体中に無数の切り傷が生まれ、対するジロは傷一つなく、息さえも乱していない。
ジロの剣が、リーベルトの利き腕の肉を切り裂いた。
ボトボトと血が落ちる。
ジロはなおも剣を弛める事をせず、ついにリーベルトの剣を手から弾き飛ばし、リーベルトの胸元を蹴りつけた。抵抗もできずに、リーベルトは倒れこむ。
ジロの勝利が確定したその瞬間に、見物人達は息を飲んだ。
ジロがリーベルトの胸に剣先を当てている――
――そして、ジロは血を振り払い、剣を鞘に収めた。
ジロは腕を押さえてうずくまるリーベルトを冷たい目で見下ろしている。
見物人達はその時、遅まきながら、この苛烈な剣舞が訓練であった事を思い出し、深く息を吐き出した。
見物人の全員がジロがリーベルトの剣を弾き飛ばし、そのままリーベルトを両断する光景を幻視していた。
「これがお前の言う『ヘタレ』の剣術だ……、 従え。『ヘタレ』の従者リーベルト」
「訓練は終わった!! 各自部屋へ戻って王国の騎士として恥じぬようにそれぞれ励め!! 解散!!」
一人の人間からこれ程の大声量が出るのかと思えるほどの怒声で、ジロは見物人を一喝する。
それを潮目として、そうだよな、あれって訓練だったんだよな。っと、その場を離れだした学院生達は興奮を覚えながら、今見た訓練の事をあれこれと話しながら去り、外部からの者は、学院生を叩いたくらいで、小ガルニエが生意気なといいながら訓練場から、皆出て行った。
ジロが包帯を出しリーベルトに向かって放り投げる。
リーベルトは腕の傷を押さえながら、へたり込み、ずっとうつむいている。
「くそ…、くそ! くそっ!!」
リーベルトが両手で地面を何度も殴りつける。
その左拳が血でにじみ、右腕からの出血はなおも続き、地面を血に染めている。
「僕はどうしたらいいんだ! 小ガルニエ!! あんたはいいさ!! 年齢が学院卒業にも適しているし、それに何よりガルニエ家には、あんた以外に、立派な跡取りがいる!! だからあんたはエリカの護衛に堂々と名乗り出られ、世間もそれを美談として許している!! でも、僕は!! でも僕は名家の長男だ!! 血の、一族の繁栄が僕の責務そのものだ! あんたは、いいさ! そんな理由で――」
「――泣き言を言うな、それに、お前の愚痴を聞いてやる気もない。さっさと傷の手当をしろ、こんな事で宰相閣下の長男である従者を失血死させたとなったら、『暮れの国への道行き』の護衛の任から外されかねない」
リーベルトはジロの言葉を聞き、座りながらジロを睨みつける。
「僕は認めない!」
そう言って、地面に転がる包帯を掴み、乱暴に自分の腕に巻いていく。その後自ら神聖魔法である《軽治癒》をかけ続けている。
「……僕は認めないぞ!!」
ジロはその言葉が自分に向けられていないと知っている。
「俺だって……。絶対に。何を敵に回そうと……」
ジロは後片付けの為に、血痕に土をかぶせながら、
「今回の『聖女』選定は絶対に認めない……」
ジロが、ついそう言うと、リーベルトは魔法の治療も忘れ、ハッとした顔でジロを見上げ、ボロボロと大粒の涙を流し始めた。
「――俺は若造だが、お前は、世間では子供なんだ」
ジロが無感情でそういうと、リーベルトは地面に伏せて、泣き出した。
ジロはそのリーベルトの背中を冷たい目で見下ろし、踵を返して訓練場を後にした。




