飲み会の終了
二人の機嫌は最悪だった。
エリカ定番の『私は怒っています作戦』が今回のジロにはまったく効かなかったので、今度は悲しそうな心配顔へとシフトしている。
(お前達は選択を間違えたんだよ)
ジロはチビチビとぶどう酒を飲みながら心で語りかける。
(昔のように人前でおおっぴらに、実際に泣き喚きながらの泣き落としをやられてたら……)
そこまで考えた後、
それをしないくらい自分達三人は大人になったのだと感じた。
「リーブ。こっちこそお前に聞きたい。魔界までとは思っていなかったようだったけど、お前は俺が北方に行ったのを知ってた風だったよな?」
その言葉にエリカが裏切り者を糾弾するような視線でリーベルトを見る。
「先輩、酷いですよ。エリカに勘違いさせるような言動は慎んでください。………エリカ、いいかい。僕が先輩が北方へ行ったと知ったのはついこの間だ。父に言われた事が関係していた。神に誓って魔界行きの事は知らなかった。知っていたら両手両足の腱を斬ってでも止めていたさ」
次回の旅立ちの時は、リーブを後ろには立たせないように注意しようとジロは誓った。
「先輩。本当に、大丈夫だったのですね?」
「なんなら今日明日中に二人で肉体的・魔的にでもなんでも検査でもなんでもしてくれ」
「近日中に必ずさせてもらいます。でも今後も行くのであれば、無意味でしょうね」
「ジロ、これだけ教えて。魔界で、結局、秘者とは争ったの? 正直に答えて」
エリカがぐったりした様子で、そう聞いてきた。
「数十回と対面して、一度だけ、たまたま向こうの目についたのか、サラ以外の秘者と戦った。噂以上の無敵っぷりだったが、向こうは殺し合いなんて思ってもいなかったろうな。俺の血が飛び散って、汚されるのは嫌だと言っていたからな」
ジロが淡々と喋る内容に二人は言葉も無いようだった。
「その時は……師匠の宝剣、『魔法剣』だな、あれを使って万全の態勢を整えてから戦ったが、魔法剣が木の枝でも持っているかのような頼りなさだった。秘者とは戦っちゃダメだ」
「……魔法剣だって……、充分凄いアーティファクトの宝剣じゃない……」
(そうだ。ブートガンクやカートボルクよりは格は落ちるが、アーティファクト級のアレが折られちまったんだよ)
実はジロはその事をこそ二人に相談したかったのだが、とても言い出せる状況ではなくなっていた。
(弁償か、それとも修復できる人を探すのか……二人の意見が聞きたかったな)
「そんなこんなで色々常識を壊しまくってくれたが、向こうは、ただジャレついてただけらしい。だからこうして生き残っているわけだ。しかも決して死線をさまようような戦闘ではなかった。向こうはゆるゆると遊んでただけだった分、こっちにも必死だったがある種の余裕があったんだ。信用してくれ」
それとは別の戦いが頭をよぎり、白々しい気分になった………が、嘘はついていない。
秘者と争ったのは二回だけだ。二度とも相手は同じだった。
「二号店も……何回も壊されたな。でかいミミズ型やら、牛型の魔族にも何回も……」
戦った時に秘者にも壊されて、手違いでさらにも壊された。
二号店の破壊、元々は二号店の事だけを考えて魔界入りしたが、結局は、ジロが向こうで遭遇した事件としては一番どうでもいい出来事となった。
「僕もひとついいですか? そもそもなぜガルニエ商会二号店を建てにいったんですか? その上、小屋を何度も破壊された事を考えれば、あえて目立つ場所に建てたのでは? ガルニエ商会として出張店を構えるのであれば当然客が必要です。先輩は――」
「――秘者達に、いったい何を売ろうとしているのです?」
「考えているものは――ある。それは今は言えない。言いたくないのではなく、迷ってるから言えない。そしてそれを置いてもいいものかも迷っている。逆にお前ら、なにか、秘者に受けそうな、いい商品はないか?」
「まだ言いますか。いえ、もう聞きたくありません。明日早くに公務があるので今日の所はこれで帰ります。でもやっぱり―――僕は理解ができません。エリカに先に帰るが、外で待たせてある護衛は君に残しておくよ。内壁近くの親衛隊番所で馬車を出してもらうといい」
リーベルトは店を出て行った。
エリカは黙って手酌でずっと葡萄酒を飲み続けている。
三人で飲むようにあつらえた三つの瓶の内、丸々一つを空にした後、ゆっくりと立ち上がり、外套を羽織り、フードを目深にかぶった。
「魔界になんて……」
そう言い残してエリカは出口へと向かった。
戸口に行く前に酔漢に囲まれ、エリカの小さな体はそれに埋もれて、見えなくなった。
ジロは食い残された料理に手を伸ばしかけた後、頭を掻きむしり、チップを机に放ってから、エリカの財布を持って、店を飛び出した。




