幼女の面影残る少女エリカ
予想に反して黒い影の一行の内の一人が、十分後にはジロの店に到着しそうな勢いだった。
まだまだ遠いが、一向は日差しよけのための、旅装用の黒いコートを羽織っているようだった。
(このクソ暑い中、コートなんて、ご苦労なこって)
神殿騎士団御用達の見回り装束だ。
おのおのが馬に鞭を当て、全速力で向かってきている。
全員小柄であるが、先頭の騎士が特に小さい。
だが、その小柄な騎士が騎乗している白馬は一番大きい。
先頭の馬はぐんぐんと加速して、後続を引き離す。
後ろの二騎が慌てている様子がわかる。
二人が小柄な騎士の後姿に向かって、待ってくださいと言っている様子がジロには幻視できた。
「まったく……ちょっとは落ち着け。……あれじゃ、護衛の意味がないな」
最後尾の馬の両脇に大きな荷駄が見えた。
それを見つけたジロの顔がニンマリと緩む。
(あぁ……あわてんぼうめ、あの護衛がお前を追って、荷の中身が割れたら、店の再開資金をどうしてくれるんだ)
来訪者はジロにとっては、金を落とす客ではないが、金を作り出すのを手伝ってくれる客ではあった。
「宅配だけでいいってのにのに。……ついでって思った訳かな。相変わらず貧乏性な奴」
(エリカだな)
先頭を疾走するエリカは、ジロの店のただならぬ様子に、彼女の愛馬アリサを最高速にて駆けつけた訳だが、どうやら思考もその速度のままに先走りしすぎているようだ。
蹄の音も高々に砂煙を上げて到着した黒衣の騎士は、急いで馬から飛び降りた。
エリカはワタワタと慌てながら、煙をふき出す店の様子に目を奪われていた。
『石清水』看板と同じく、ジロが店舗横に新たに立てた看板も目に入っていなかった。
(王都から来たのなら、途中の詰め所に立て札での掲示を頼んでおいたのにな……)
「特別待遇の騎士なのに、王都外まではるばる見回りとはご苦労だな」
ジロがエリカに向かって声をかける。
《耐火》魔法を唱え始め、けぶる店内に突入しようとするという、狼狽の極地という感じのエリカに声をかけた。
「数ヶ月ぶりとはいえ、お前が色々とガードが甘いところは相変わらずのようだな」
ジロに突然声をかけられたエリカは、ビクリと体を震わせた。
そしてエリカの唱えていた魔法は、珍しい事に集中力を欠いて破棄された。
声の出所を確認しようとあちこちを見渡したあとようやく、裏手の日陰にいる、ジロの存在に気付いので、ジロはこれ見よがしに手を上げておく。
「何度も足を運んで、よくここに長椅子を持ち出すのも知っているのに、普通、見逃すか?」
ジロは呆れながらそう言った。
エリカが黒衣のフードに手をかけ、上げると、編み上げ一本にまとめて、日の光にきらめく見事な金髪と、幼いが、美目麗しい端正な顔が現れる。
そしてエリカはキッと睨みつけるようにしてジロと視線を合わせた。
最近のエリカは普段は感情に乏しい表情をしているので、久々の怒り顔で見つめられるとジロはなんだかゾクゾクした。
(……。……旅行中に、不本意ながらも被虐心が高まっちまった?)
エリカはジロの方へと向かいかけ、逡巡した後、立ち止まる。
そして視線で責めるようにジロを一睨みしてから視線をまた店へと向けた。
エリカはあからさまにホッとした様子で、うっすらと滲んだ額の汗を煩わしげに甲で拭いながら、店の周囲をキョロキョロと見渡す。
そしてようやく立て札に気づき、近寄ってそこに書かれた文を読み始めた。
読み終えるとエリカはジロ睨みつける。
だが、立て札を見落とした不覚からか、頬が紅く染まっている。
「俺は少しも悪くないだろうが……お前が勝手に勘違いしただけだ」
相変わらず危うい奴。とジロは自然とため息が出た。
安堵顔であったエリカの表情には怒りが浮かびつつあった。それは刻一刻と圧力を増しているようだ。
ジロはそれをみて、からかいすぎた事を後悔した。
狼狽した姿を見られてことさら腹が立ったのか、エリカは一言も発する事無く、乗ってきたアリサを馬用の水場近くの繋ぎ石へ繋いぎ、ジロとは久々の再会だというのに、これ見よがしに馬の世話をし始めた。
草を食んでのんびりとしていたジロの愛馬アーグがエリカに気づき、エリカに近づいていく。
(よし! アーグ、よくやった! お前は賢いから、顔見知りに挨拶は欠かさなからなぁ。どうかエリカの怒りを鎮めてくれ!)
良くできた愛馬。っとジロは誇らしくなった。