最年長者の威厳
しばらくの間、全員が無言になった。
ジロの話を聞いた二人はほとんど放心していた。
「……そんなに話が通じる秘者が、本当に存在するであるのなら、先輩個人で対応すべきでは無いと思いますが?」
リーベルトが落ち着き払った、感情を感じさせない声音と、警戒心を抱かせないような微笑を浮かべてそう提案してきた。ジロはそれがリーベルトが怒り狂っている時の癖だと言う事を知っていた。
「そうよ! 人類にとって有益な事なんだから、もっと上の人達が関わればいいのよ!! ジロはこのままだと人類に対しての利敵行為って事になるかもしれないじゃない!?」
「黙って、聞け。そいつは、絶対に他の人間には、興味を示さない。俺に興味をもったのもたまたまだ」
まるで仇を見るかのようにリーベルトはジロを見ている。
「でも!!!! ジロが死んじゃったら――」
「――二人とも最年長者として命じる。いいから落ち着け。これ以上騒ぐのなら、今日はここまでだ。これ以降ももう話はしない。
「そんで、お前達の目の前にいるのは誰だ? あの、絶望的な『暮れの国の道行き』の中で、 たった三人。 毎日毎日飽きもせず四六時中戦った……いつぞやのあの、幽界の死霊共に見えるか? よく見ろ! なんなら触れ。俺は今ここにいて、生きて、今お前らと喋っている!」
ジロは二人に借りだらけではあるが、二人の保護者を自認する身として、二人の意見に譲るわけにはいかなかった。
群れで必要なのは強い力を誇示することであるが、ジロは決して二人には暴力は振るうことができない。
(なら、俺だって……、……奥の手の、六年前の事を言い出すしかないだろうが……)
そしていつものように二人は折れた。
二人はジロを『隊長』であると、昔も今も認めている。
表面上は落ち着きを取り戻したリーベルトは涼しげに、エリカは不満を隠そうともせず、仲直りとして杯を合わせようと持ち上げたが冷たく無視された。
二人は涼やかに、だが冷ややかに。怒りを内に押さえ込んでいる。
「今、この場で、その話を持ち出しますか……先輩は、ズルイですね」
「怒るなとは言わない。今だけは辛抱してくれ。これ以上はまずい会話だとお前達も分かっているだろう? 小言は本店か、どこか見通しのいい場所でまた今度聞いてやる」
文字通りの酒精が逃げ出したかのような様子のエリカはわずらわしげに髪を払い、視線と表情でジロに向かい強く不快感を表明した。
エリカは昔から甘えるのが上手だ。怒る態度を示すと必ず俺とリーベルトは進んで折れた。
いつものようにジロから折れて甘やかすところだが、今回は事が事なので完全に無視した。
ジロに裏切られたように感じたのか、いつも通りにならないジロの態度を見て、エリカはますます憮然とし、どこか焦っているような表情を浮かべた。
「それでも、徹底的な身体検査はさせてもらいますよ」
「おまえの男色趣味の延長としての身体検査じゃないだろうな?」
「先輩といえど、この事に関して同じ軽口を叩くようなら、今すぐその首を叩き落としますよ」
リーベルトのジロ達の前でしか見せない生来の人なつっこさがナリを潜め、リーベルトを取り巻く姫君達に言わせると、たまらないという無表情になって思案している。
「協力してやる、好きにしろ。……二号店に関しては大丈夫だ。店番は秘者がしている。今、言えるのはこれだけだ」
二人からの相づちはない。
(まぁいいさ。黙り込むなら、それでもいい)
「それは本当に、店として形があるんですか? あるとしたら、いったい滞在中に何回壊されたんですか?」
「店番は秘者だぞ? そりゃ壊れるさ。そいつ自身が一回、手違いで破壊したが、今は逆に守ってる。あいつも忙しい身だが、今も、多分、巡回をしているはずだ」
「誰なのよ、その変な秘者は……」
エリカが憮然として呟きを耳にして、リーベルトがハッと何かに気づいた。
「そうだよ。サラだ」
「サラ? 誰?」
「俺は魔界から持ってきた手紙を持って戻ったんだよ。秘者が、『自分は多分これだろう』って言いながらな渡されてな。その手紙の名前がサラ・アリアドネっていうんだ」
「……何者なんですか、その秘者は」
「分からないから、調べようとしてるんだよ」
(サラの自称だが、人類は誰も見た事がない、魔王だと言っている。俺が相手できる位に弱いのにな……)
「私も調べる」
「かまわないぞ。だけど――」
「――誰にも言えるわけないじゃない。……バカ」
そう言ってエリカはしばらくうつむいている。深く顔をうつむかせているためにジロからはその表情が見えなかった。
サラの情報を貪欲にようとする人間がこれで三倍になった。怪我の功名という奴だろうっとジロは思った。
(誰もサラの事を知らない……いや、最低一人は知っているはずだ。サラの言葉を信じるのであればだが……)
知っているであろうその人、師匠宅を訪れなければならない事を考えると、ジロは胃が痛くなるのを感じた。
(あそこにはカルラさんも……いるからなぁ。まずは手紙でも送って、いつものようにカルラさんがいない時を師匠に教えてもらわないとな)
(やらねばならない事だけが、澱のように積もっていく。はやく、こいつら二人と、商会の事だけを考えてのんびりと生きていきたいのに……な)
「まあ安心しろ。サラには俺への敵対心は皆無だ」
(あったら俺をわざわざ生き返らせない。しかし……蘇生なんて魔法は存在するのか?)
「そしてサラにはサラの目的がある」
(生き返らせて伝言役を押し付けるほどに……)
「サラを除けば、あとは俺に無関心な秘者連中と低位の魔族のみだ。俺は昔は王国内でも上位の戦闘能力があったと思っているし、秘者から魔法を習った今となっては、多分最強だという自負がある。秘者では無い限り、低位魔族が束にかかってこない限り大丈夫だ。そしてそんな事態に陥ったら、サラが俺を守ってやると言っている。……あんまり強いとは思わないけど、一応秘者だしな」
ジロは強い言葉をあえて使い、二人を安心させようと試みた。
(これでも二人に効果がないようなら日を改めて説得するしかない)
「わかったか?」
リーベルトはすでに普段のすまし顔に戻っており、普通に頷いた。
(問題は――)
「――わかったか?エリカ。はっきりと言葉にして言うんだ」
完全に拗ねた態度を隠そうともしない、エリカにも確認を取る。
「エリカ」
「ワカリマシタ……。これでイイデショウカ?」
「じゃぁ、今度は俺の無事を祝って乾杯しよう」
ジョッキを上げると、今度は二人も打ち合わせてくれた。
ジロは人除けの陣を払い、もう興奮するなよと二人に釘を刺し、抑止力とするために、リーベルトの魔法壁も破壊した。
周囲のざわめきがなだれ込み、それによってジロは二人との間に距離を感じた。




