ジロの旅行の中身
エリカは完全に酔いの覚めたような、怒りの眼差しでジロを正面から見つめる。
リーベルトも眉間に皺を作っている。
「二代目ガルニエに必要な拠点だったから作ったんだ……魔界の南部、とペール国境付近だ。ゆくゆくは観光客や斥候に提供する宿としても機能させるつもりだ」
ジロは二人の眼差しに押されるように、自分で思ってもいない未来予想図を付け足した。
「………先輩、さすがに僕もそれはあきれますよ。僕はてっきり魔界とペールの境のペール側、『強欲の谷』の大橋辺りに店を構えたと思っていました。魔界内? 観光客? 斥候? 魔界に行ってみたのではなく、この四ヶ月、そこに住みつき、あまつさえ魔界を独自調査というわけですか? 発案は父ですか? それなら……」
リーベルトの目が据わる。
(必ずしも仲の良い親子ではないと思っていたが、リーブのこの目は……。しかし閣下はリーブに一言も言っていなかったのか……全部推論だったとは恐れ入るな)
勘違いしていて面倒くさい事態になったなとジロは思った。
「……四ヶ月全部というわけじゃない。ちょっと居て、出て、またちょっと入りこんで、逃げる。だいたいはそんな感じだ。大部分の時間は人界内の国境にある小屋で過ごしてた」
「それにしても迂闊すぎます。一人でなんて有り得ない。人数があだとなる幽界行でもあるまいし、魔界に単独行でなんて!!」
「二号店の立地だって、あれだペールからだと大橋以外は絶壁の高台だろ? あの間際に建ててあるから、何度かは斜面に身を投げてそのままズザ~って滑り降りてな」
(本当はゴロゴロゴロで、全力で魔法使ってなけりゃ、転落死しかけたけどな)
「あの絶壁を!? どの辺りですか!?」
「馬鹿! 強欲の谷の大橋以外は、どこも絶壁じゃない! バカバカバカバカバカバカバカバカ!!!!」
二人は小声ながらも、声を荒げている。
ジロはこっそりとため息を漏らした。
(クソ……。てっきり閣下から伝言を預かってきたから、密命全部を知っているものと勘違いしてた。お前と俺とでエリカをなだめようとしてたのに……)
そしてジロは最も秘匿すべき事は、話すまいと決心し、ある意味二号店の立地が本当に隠したい事から上手く目を逸らしてくれたのは幸運だったと考えた。
(まあ、いくらリーブでもあの手紙こそが一番ヤバイ代物だって見方はできないだろうがな)
「聞け。魔界って言っても、ほとんど国境付近に居たんだし、連合国の基地だって魔界内にあるんだ」
「それだって、大橋の向こう側に着いたその場所だけじゃない!」
「んじゃ、あれだ。魔王城にいる偵察隊。あの連中は秘者の巣窟で、瞬く間に全滅されてるのか?」
「そんなのは詭弁よ。魔界で私達にとって恐ろしいのは、秘者よりも本能で動く魔族じゃない! 魔族の最上位種が無視するのを引き合いに出すのはおかしい!」
「まさに、それだ。本当にヤバイ魔族どもは、おれがいた場所よりもずっと北の、総魔石製の魔王城の付近が一番活動的だ。。国境付近なんかだと、動きも鈍いし、冬眠してるようなもんだし、ましてや魔力を体内に宿さない人間だぞ? 進んで寄ってきたりなんかはしない」
「……でも、毎年偵察隊には被害が出るのも事実だわ」
「そりゃあな、護衛の質が良ければもっと少数で安全に行けるが、偵察隊の護衛に選ばれるのは、連合国でせいぜいが中の上くらいの腕前だ。万が一魔族がちょっかいかけてきた時に、数で敵に当たるしかない。だから余計な物音が出て、被害も多少出る。時々、リンドス・チポーティスみたいな凄腕の傭兵団が偵察隊の護衛する時ただの一人の死者も出ていない。」
自分の事ながらよく舌が動くものだと感心する。
「う~~~~っ!」
言い負かされた事に腹が立ったのか、エリカはそれ以上反論してこなかった。
ジロはその姿を見て昔の姿とダブらせる。昔は言い負かされると涙をためていたものだったが、今は涙は少しも浮いていない事に感心した。
「常に気張っていれば、実質一、二週間の魔界暮らしなんて割と楽なもんさ。怪我と、気まぐれな魔族にさえ、気をつければいいだけの事だしな」
「そうはおっしゃいますが、僕は忘れていませんよ。先輩が師匠から借りたあの宝剣は、魔石の塊です。小石程度の魔石の移動に敏感に反応する下級魔族があの剣の魔石反応を見逃すとは思いませんが?」
言い終えて、獲物を追い詰めたかのような座りながらジロを見下ろすようにリーベルトはジロの反論を待つ。
(甘いなぁ、リーブ)
「だから、捨てたんだよ。ひっきりなしに下級魔族が寄ってきたからな」
(剣を持っていない正当な理由を切り出してくれて、ありがとうよ)
ジロとリーベルトは静かに視線を交わらせる。
「……それならそれで、やはり正気とは思えません。心強い武器が無くしたまま、数ヶ月を送ったんでしょうからね」
「いいや? それで追い詰めたつもりか? 懐かしいな、こんなやり取りお前が俺従者に付いてた時は四六時中やりあってたよなぁ?」
「ちゃかそうとしたって僕は乗りませんよ」
「……剣は捨てたとは言ったが、正確には置き場所を決めたっていうのが正しい。からまれたらそこへ走ってから戦闘って思っていたが、結局はそんな機会は訪れなかったからな。だからその心配は無かったな」
「先輩は本当にこういう時だけは弁が立ちますね」
リーベルトは杯を傾け、一気に飲み干し、力任せに杯を机に置いた。
「では、これはどうでしょう? 南部とはいえ、最上位魔族、秘者の確認事例ざらにあります。大橋の前線基地からの報告がペールに毎日のように届くと聞きます。そして、城内に置かれた偵察隊からの半年に一度の命がけの報告からは、古今変わらず、やつらは人間をゴミのように扱うと聞く。そんな地で一人、しかも剣を遠くに置くとは、いくら先輩でも無謀です!」
「それは違う。秘者は人間をゴミのように扱うんじゃない。最初から眼中にないんだ。ゴミのように扱ってくるのは、もっと低位の魔族、人間が対処可能な、本能のままにしか活動できない奴等だけだ。そこをごっちゃにして語るな」
リーベルトの険の強い視線を受け止めながらジロも語気を荒げる。
「秘者対する、この感覚は連合軍前線基地に籠もってこわごわ観察していても解らない。人間を見れば、無条件に襲ってくるという事はないんだ。まず無視する。その上こちらからも気をつけて、連中の目に留まらない様にすれば、何事も起こらないんだ。それに――」
調子が出てきたので、このまま言ってしまえとジロは半ばやけくそな気持ちになった。
「――魔族とは出会って話をする間柄のやつも……実はできた。本当だ」
それを聞き、エリカとリーベルトが慌てて、防音用の魔法壁を張ろうとし、より魔力の強いエリカの魔法防壁がリーベルトの魔法を無効化しながら完成する。
本店でリーベルトが行使したあの時とは違い、テーブルを完全に囲んで包むように、展開させた。周りの喧騒が一気に遠くなる。




