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余所事の話 魔王城 住人達


 バタンとたった一つしかない扉が音を立てて開かれる。


 部屋中からヒィ! っという悲鳴が起こり、オブ自身も悲鳴を上げた事に気づかない。


 総魔石で作られたこの城の基本的な機能の内の一つとして、秘者と分類される言語を介する魔人、または魔獣が部屋へと入ると、自動的に魔法の光りによって照らし出されるというものがある。


 慌てて立ち上がり部屋の(すみ)へと駆け出すもの、布団を被る音など騒々しい音が室内を満たす。

 

 部屋への侵入者は、人界では見た事もない程、美しい顔をしたメイド服姿の二人の女性だった。


 オブがこの任務に就いてからは、もっとも目撃する二人のメイド。


 二人は、隊員達の汗や糞尿(ふんにょう)その他もろもろの匂いの()もる、元々は食堂であるこの部屋の今の惨状(さんじょう)を見ても(まゆ)一つ動かさない。


 長いヒールが、コツコツと床を叩き、足音高く歩きだす。その動線上に布団を広げていた隊員達が悲鳴を上げながら、寝床ごと壁際へと退く。


 二人はオブのすぐ側を通り過ぎる。その瞬間は恐怖心を忘れ、その横顔に見とれてしまう。通り過ぎた際にいつものようにいい香りがフワッとオブの鼻腔をくすぐった。


 隊員たちはの反応は様々で、ある者は震えながら二人の一挙手(いっきょしゅ)一投足(いっとうそく)を見逃すまいと凝視し、ある者は壁へと顔を向け、神に祈りを捧げ続けている。またある者は、血の出る指をかみ続けながら、虚空(こくう)を見つめたまま進路を二人の塞いでいる。


 秘者である二人のメイドは動線を邪魔しない者には目もくれず、コツコツと歩き、進路を(ふさ)ぐ隊員の前まで来ると――


 ――何事もなく、狂いかけている隊員を(よど)みなく避けて、奥へと進んでいった。


 メイド二人は一番奥に備え付けられている場所から、ホウキやバケツを持ってまたドアの方へと歩き始めた。


 そして二人は、狂いかけている隊員の隣を抜け、オブの方へと向かってくる。

 

その時突然、狂いかけていた男が奇声を上げながらメイド二人の方へと走ってきた。

 オブは目を見開きその光景を見続ける事しかできない。


 他の隊員達も顔をすべて目のようにして、狂った隊員を見ていた。


 泣いている隊員は、やめろやめろと泣きながら、神に祈っていた隊員は涙を流して祈り続けながら。オブも泣いていた。


 狂った隊員はわけのわからない事を叫びながらメイド二人へと迫り、隊員はメイドに勢いよくぶつかり――


――メイドを包む魔法壁に当たって、激しく弾き飛ばされた。



 室内の時が止まったように感じた。ついに終わりがやって来た。オブはそう思った。



 しかし、隊員に後ろからぶつかられたメイドも、もう一人のメイドも、狂った隊員に見向きもせず、何事もなかったのかのように部屋を後にした。


 そして部屋の明かりが消える。


 狂った隊員は、倒れた際に打ち、ひん曲がった鼻から大量の鼻血を()き散らしながら、部屋を飛び出した。


 部屋の扉は大きく開かれている。


 開け放たれた扉の向こうには二階へと続く大階段があり、先程のメイド二人が談笑しながらその階段を上っていく後ろ姿が見えた。


 狂った隊員は、食堂に籠もる全隊員が脱出を夢見る、魔王城城外への大扉へと、糞尿と血を撒き散らしながら駆けていく。


 だが、大扉はピッタリと閉まり、狂った隊員一人の力では到底開きそうにない。


 どこからか魔石の輝きを放つゴーレムが現れた。


 ゴーレムは隊員が撒き散らす糞尿や血を魔石でできたゴーレムが素早く掃除していく。



 その時、奇跡が起きた。



 大扉が城外から開かれ、オブも目撃した事のある狼の頭をした巨大な秘者の一団が入城してきた。


 巨躯(きょく)の一団であるために、大扉の外の風景は目にする事ができなかった。



昔、オブが 人狼族の秘者の一団を初めて目にした時の事、オブはその時、今見ている、大階段の下へと出ていた。クジに負け、異を決して偵察に出向いた時であった。


 その時もああして、あの狼頭(ろうとう)が今と同じようにやって来た。


 あまりの恐怖に身がすくみ、大階段の下の階段の真ん中付近で、あの時オブは動けなくなった。


 向かってくる巨大な人狼族の一団に死を覚悟したが、一団はオブを無視して川の水が岩を避けるように、オブを避けていった。


 その時の鮮烈な恐怖は今もオブの脳裏に焼き付いている。

 


 隊員がその一団、目がけて走っていく。

 狼頭の一団の先頭はその時後ろの狼頭に向かって話しかけていた。


 前を全く見ていない。


 そして歩を進め、狂った隊員を踏んだ。

 運悪く踏まれた。


 これが蹴られていれば、メイドと同じようにはね飛ばされるだけで済んだのだが、狂った隊員に運はなく、さらに後続に踏まれ、蹴られ、さらに踏まれ続けていく。


 骨がへし折られていく音と、隊員の絶叫だけが続いている。


一団が通り抜けた後、血だらけの肉塊(にっかい)となった隊員は絶叫しながらなおも城外へと()いずる。


 一団の後ろにあった大扉はもう閉まりかけている。だが、完全には閉まっていない。


 「頑張れ、頑張ってくれ!」


 オブはそう声を上げた。オブの正気を疑ったのか、幾人かがオブを見てきたがオブにはどうでもいい事だった。


 這いずる肉塊に、掃除をしていたゴーレムが追いついた。


 ゴーレムはそれまでの血や糞尿と同じように、手にもつモップを隊員にこすりつける。



 バキッ……ズル……ボキッ、グジュ……グシャ、ズズ……パキパキポキ、グジュジュ。



 絶叫はなくなり、肉がつぶれ、骨が折れる音だけがオブ達のいる部屋へと聞こえてくる。


 動かなくなった元隊員だった肉塊を先程の糞尿と同じようにちり取りに乗せて、ゴーレムは食堂の扉からは見えない位置へと去っていった。


 

 部屋の扉を閉めようとする隊員は誰一人としていない。



 オブは泣いた。



 城外の風景が見たかったと、そう思って泣いた。



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