余所事の話 魔王城 偵察隊
遊牧国家モーガルから派遣されたオブ・ヤハイ偵察隊員は毎朝目覚めると、この任務を辞退しなかった事を後悔ながら起床する。
ズーーーーーーン。ドスーーーーーン。
その音は、この城へ来てから身近となった断続的な重々しい骨の芯まで響くような、何かの打撃音や破壊音だった。
この城内では四六時中この手の音がこの部屋まで響いてくる。
硬い魔石で作った大理石風の床に敷いた毛布や寝袋の上から身を起こす。
部屋のどこかで誰かが、いつもの様に声を上げて泣いている。
偵察任務につく全偵察隊員に共通している事は、全員が、騎士や戦士として力量が普通以下だと言う事だ。年々この風潮は加速しているという。
捨て駒。そう言う事だとオブは思った。
この城までの道中、オブ達を守ってくれた護衛は皆、優秀な魔法や剣の使い手だった。
だが、彼らはこの場にはいない。全員『魔界』から、引き揚げた。
次に彼らに会えるのは、オブ達と交代で偵察任務につく隊員達を連れてくる時だ。その数百人からなる護衛隊の勇姿を早く見たいとオブは毎日、願っていた。
この部屋に窓はない。
大きな暖炉があるが、火は煮炊きの時間以外には使えない決まりだ。
薪がなくなれば何かと不自由がある。当然の決まりだとオブは思った。火を必要としない携帯食は、この部屋に溢れるほどあるが、それでも火が使えなくなるのは不便極まりない。
だが、その不便さなど、命を失うよりはましだと、そう思った。
城内の、この部屋の扉を細く開けてその隙間から見える、城外へに出られる大きな扉を抜け、五百段はあった長い階段を下りれば、そこの森で薪はいくらでも手に入る。
だが、そこでは本能のままに行動を起こす魔族が跋扈しているため、一本の薪と人間の命が等価であった。
それに引き替え、魔王城内の、人類のたったひとつの領土、魔族に対するこの偵察部屋は安全だ。
城内には知性ある上級の魔族である秘者以外は入城してこない。
そしてオブや隊員たちが心の拠り所とし、一番重要なのは、百年以上も続く偵察隊の歴史上、この偵察部屋で秘者や魔族に殺害された人間は一人としていない。
死人が出るのは常に偵察隊員同士の争いによってだった。
連合国選抜の連合国魔王城偵察隊が国を越えて組織されたのは百年以上も前だという。
一回の任務につき派遣隊は十人。期間は半年。
昔はその期間が一年だったというが、あるとき派遣隊全員がこの部屋で互いに殺し合いをし、狂いながらに最後まで生き残った一人は、その後任務引き継ぎに現れた次の隊員達の手によって斬り殺された。
魔族の王の城で、魔族とは関係のない、人類が同士討ちを始め、全滅して以来、魔王城偵察のための滞在期間は段々と減っていき、今の半年という期間になった。
この任務達成時に、隊員が受け取る報酬は平時なら十年分以上という莫大なものだ。
それでもオブは、すぐにでもこの魔王城から逃げ出したかった。