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登城


「問題は次だな」


 昼前に起き、昼の休息により街の喧騒(けんそう)がひと段落した頃、ジロは街道の終着点に建つ第一検問所を前に、通行証の木札を握りしめながら、二の足を踏んでいた。


 第一検問所はその先は貴族の住むエリアとなっているために、検問所を通る数は激減する。人員も平民の兵士の数よりも、貴族の騎士の数の方が多くなる。


 不快な思いを味わうだろうなと気合を入れて検問を受ける。ジロは拍子抜けを味わった。


 近衛騎士団管轄の第一検問所脇でリーベルトの従者がすべての手続きを終え、すでに待っていた。


 身体検査に多少の時間はかかったが、何のトラブルもなく通過できた。


 そして、従者の先導で親衛隊出張所まで行き、手紙を受け取った後、あっさりと剣を取り上げられる。

 

 (近衛を警戒する為に、帯剣して城内へ。なんて言ったくせに、味方の親衛隊が没収するとか……)


 ルイネを根城としなくなってから大分経つが、ルイネ王都における自分の立場はまだまだ危ういものだと、ジロは感じた。

 

ジロが一世騎士な上、亡命一族の残り者であった事を考えると当然の処置であり、リーベルトは没収された対抗策として従者をよこしたようだとジロは推測する。


 出張所からはジロについた寡黙(かもく)な従者と、親衛隊が出張所で雇い入れている顔見知りの年老いた馬丁(ばてい) (馬の口取りや世話をする人) の二人とともに馬に乗って、いよいよルイネ内壁(ないへき)前へとやってくる。



 ルイネ内壁よりもさらに高い、王城城門からは検問所とは呼ばずに、門の両側にそれぞれ親衛隊と近衛隊の番所が置かれる。


 親衛隊に関連のある人間は近衛隊、近衛隊に(ゆかり)ある人物ならば親衛隊が入城検査を行う。


 門の反対側に敵対する組織の番所の目があるため、ここから先以降はほぼ嫌がらせなど受けない。


 すれば次に自分側の派閥の人間が同じ目に合うためだ。


 ジロは近衛兵の手により、門の丁度中間地点の路上でジロの検査が行われる。


 両側には番所内のすべての親衛隊・近衛隊の隊員が淡々と目の前で行われる検査をジッと見ていた。


 近衛である個々の一騎士達は自分の失点にならぬよう無感情に、そしてテキパキと迅速にジロの登城手続きを進め、疫病神を追い立てるように、入城の許可を出した。


 古馴染みの馬丁がジロに頭を下げてから、乗ってきた馬を引いて出張所へと戻っていき、従者が残った。


 門の裏にある番所の裏口がバタンと勢いよく閉められる音がし、そのあと馬のひづめの音が遠ざかっていく。


 「近衛団か近衛隊の本部へ早馬でも飛ばすようだな。団なら俺はまだ奴等にとって大物、隊なら一段階、格が落ちたってところかな」


 ジロが喋りかけた寡黙な従者からの返事は無かった。


 親衛隊が用意した馬車に乗りで、内壁内の高級邸宅が立ち並ぶ城下を進む。


 ジロは赤いビロードで内装を整えられている馬車の窓に片肘を乗せながら流れていく風景を見ている。


 ジロにとって、ルイネ内壁に入るのは久々であった。一世騎士になる前は内壁内のガルニエ屋敷で生活していたので、ジロにとっては王都での生活の場の大半は常にルイネ内壁内にあった。


 ルイネ内壁の中には貴族の屋敷と、その膨大な数の使用人のための宿舎や戦時に使われる無人の兵舎、騎士達の練兵場など、大きな敷地をもつ施設が多数立ち並ぶ。


 それとは別に許可を得た富豪と呼ばれる平民の屋敷と、特別に許可を得た貴族だけを相手にする商人の店だけが存在する。


 寡黙な従者は、書類の不備なく滞りなく最後の番所を越え、城内へとジロを導いた。


 王城の跳ね橋上で、従者はようやく口を開き、取り上げられた武器は取り返して、この跳ね橋の側にあるの親衛隊番所から受け取れる手はずを整えておきますとジロに伝えた。


「親衛隊の期待の星のリーベルトの従者らしく、学院からは、出来のいいのが割り当てられたようだな」


 そう言うと、寡黙(かもく)な従者はようやく照れたようにうっすらと笑い、一礼してから去っていった。


 入れ替わりにジロが親衛隊に在籍していた頃には所属していなかった、ジロよりも年が若い新米親衛隊員二人の案内人兼お目付け役として、先導についた。



 約一年ぶりの城内に対し特別な感慨(かんがい)はわかなかった。


 ただ、なんとなくジロは王女達を一目見たいものだと思った。


 (でも、王宮まで立ち入ることは無理だな。それこそ、親衛隊に殺されかねない。親衛隊員だから抵抗して親衛隊の立場を悪くしたくないしなあ……、逃げ回ってたら案外リーブが俺を殺りに来るかもな)


「宰相閣下からのお声がかかるまでは、ここでお待ちください」


 そう言われ、連れて行かれた先は、城内の親衛隊詰め所であり、昔と変わらず慌ただしく、緊張感に包まれていた。


 ジロがその部屋の片隅で肩身の狭い思いで、面会の時を待っている間にと、外で受け取った手紙の調査資料に目を通す。思っていたよりも資料は少ない。


 なめした羊の皮の鞄には、アリネリアの家系図、所属国、そして簡単な一族史を写し取った紙が入っていた。

 見覚えのある筆跡とインクがまだ新しいことから、リーベルトが自ら王宮図書館を使い、集めた情報だと推測した。

 

 (これだけか……。残りの手がかりは自分の足で探すしかなさそうだな)

 だが、そんな事が可能なのかとジロは内心頭を抱えた。



 大昔の大陸一の巨大王国ペールは今や分裂し、巨大王国だったその国土の多くはキヌサンや、ガルニエ一族の亡命先であり幽界と国東部の一部を接する、大陸の最西にあるカプール、幽界(ゆうかい)と国西部全てが隣接しているルイナス共和国、南のトーセン、キヌサンをはさんで東にある自由都市連合、大陸東の広大な湾内の島々からなる海洋国家ハリスなど、その多くが現在は他国の領土となっている。


 その上、古代ペールの学術都市が今の帝国の帝都マルクベルクとなっているので、さらに頭が痛くなった。


 ジロは王国内で全ての情報が揃うとは思っていなかったが、各国を巡ることを考えると、今は最善手が浮かばない。



 夕暮れのオレンジの光がなくなりかけた宵闇の頃、リスマー宰相からの使いがやって来る。親衛隊の詰め所から、執務室へと通された。


 ジロは何度も、魔法的物理的、双方の身体検査に対してできる限り協力的につとめた。


 ジロは宰相とようやく対面を果たし、無駄話もせずに本題に入る。

 ペール領土外の『魔界(インフェロス)』である北方で目にした事、気づいた事、また、地表部にむき出しになっていた魔石の塊の位置などを宰相に詳細に報告した。


 しかし、ジロの身に起きた一番の重大事と、本来の目的であったガルニエ商会二号店の開店については黙っていた。

 ただ、自分の身に起きた事は隠匿(いんとく)しながらも、当たり障りのない、魔人たちの観察した様子など、残りは、すべて正直に正確にリスマー宰相に報告した。



 宰相は無感情に聞いていたが北部の情勢を事細やかに質問をし、終始ペンを紙面に走らせていた。

 報告した内容は、重大な事柄ばかりだったので、もっと大仰に驚くかと思っていたが、さすがは宰相閣下だとジロは内心舌を巻いた。


 報告した事は、口外無用と釘を刺されたが、ジロにはその是非もなかった。


「息子やエリカ君にもだぞ?」

「……それはできかねます。問われれば、きっと話すと思います」

「……。まあよかろう。卿らは一心同体と言ってもよいし、三人が皆、口が堅いのは大陸全土の人間も知るところ。ただ、それ以外にはたとえ君の師匠である連中にも語る事はまかりならん」

「ハッ! 心得ております」



 ジロの返事を聞き、うなずくと公人として終始接していた宰相は退出前に私人の顔となり、息子のリーベルトが街の酒場での会食を用意している旨を伝えてきた。


「宰相閣下を伝言役に使うんですか? リーブの奴には(あき)れました」

「まったくだな」

 と、二人は笑う。


 その後、宰相の顔がにわかに(くも)ったのを、ジロは見逃さず、いつものごとく自分は男色(ゲイ)の気はないし、おたくの跡取り息子も違う。リスマー家の長男の嫁取りは安泰ですよ。という事を説明した。


 (まったく。リーブの野郎、わけのわからん愛情を固持しやがりやがって)


 この件に関して何度もリーベルトと話し合ったが、ジロには理解に至ってはいない。


 男色ではないようだが……っとジロはまた頭を抱えたくなった。


 ジロは最後に、宰相閣下のリーブの父親としての危惧は、まるで見当違いで、無用のものである事を、神に誓った上、誓紙(せいし)をしたためてから、退出した。


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