出頭の要請
「それにしても、泊まっていく気か? 舌の肥えたエリート親衛隊員が食べられそうな物はないぞ?」
ジロはもうこの場で一週間野宿を続けていた。余分な食事はない。
「明日辺り、トロンか王都に買出しに向かわないといけなかったから、登城の誘いは丁度いい。それで、泊まっていくのか? その場合は飯はそっちで勝手に都合してくれよな」
「せっかくの誘いですが、好き好んでまずい食事を摂る必要はないので。夜になるとはいえ、本来巡回目的でもありますし、夜盗の一人や二人を斬るか、捕らえるかして王都へと戻ります。……ところで今回の買い付けとやらは、どこに行っていたんですか?」
「買い付けじゃない。ガルニエ商会の本来の仕事の方だ」
「鑑定ですか? できもしないのに?」
「できもしないは、余計だ。大まかに言うと鑑定に近かったかな。どっちかっていうと宝探しっぽいけどな」
リーベルトは従者の方を見た。つられてジロも見ると、前に見た姿勢から少しも動いていないように見える。
リーベルトは見られていない事を確認すると、不可視の魔法壁を作り出す。
従者への距離もあり聞かれる心配もなさそうだが、たいした念の入りようだった。
旅行前にはジロは気づきもしなかったがリーベルトの魔法の扱いは、エリカと同じくかなり高度な魔法技術の域に達していた。
この魔法壁にしても、とにかく薄い。薄いので、魔法壁としては最悪の部類のものだったが、リーベルトはわざとこの薄い魔法壁を結界として作り出した。なぜならば物理的な壁とする必要がないからだ。
そんな調整が瞬時にできる事事態、旅行前のジロではわかってはいなかった。
こんな不可視の壁はそうそう無い。
魔法に長ける騎士であるならば壁などは容易く作り出せようが、こんな厚さは『視た』事がない。。
熟練者であるならば、分厚めの普通の壁が出来る。
ジロが旅行先で肉体的変化にともない、魔法は? と疑問に思い、自分の使える魔法の総復習をした際にはデフォルトとして、厚く、堅かった。
こんな微調整は昔の俺では思いも着かなかったし、やろうと思ってもこれほどの薄さのものを作り出すのは到底不可能だっただろう。とジロは舌を巻いた。
「先輩、もしや北方へと行かれたのでは?」
リーベルトは声を潜めた。
「なんだ、知ってたのか。意地が悪いな」
「ええ、多少は知ってました。ルイネから見て北と北東、どちらへ?」
「北だ」
リーブは北東ならまだしも…とうめいた後、深いため息をつき、こめかみを揉む芝居までしてみせた。
「先輩のその答えによって、僕に新たな職務執行が発生したわけですが……」
「捕まえる気か? 届け出は出さなかったが、一応理由と……お前には言える支援者がいる」
「いいえ、捕らえようと思っていても捕縛する自信がありません。ですから自主的に出頭してください。僕が尋問を行います。それと北部への立ち入りを父であるリスマー宰相閣下へ報告するつもりなら、僕の名前は出さないで下さい。色々と鬱陶しい事になりますので」
「ふむ? よくわからないな。なぜ宰相閣下に会わないといけないんだ?」
ジロはしらじらしくも惚けてみせた。
(今回の旅行後にいくつも嘘の中の、どの嘘がバレたんだ?)
「とぼけないでください。一世騎士に北方へと赴かせ、さらに『魔界』へと足を踏み入れられる手形の発行。そんな許可を出せるのは、私の父くらいでしょう。手紙の件に関して閣下から先輩への命令があるそうですので」
色々と面倒な事になりそうだ。と、ジロは多少の焦りを隠しながらも、魔界で覚えた魔法を習得済みであったので、さしたる心配もせずに「わかった」っと返答をした。
「どうすればいい? まさか今から来いというわけじゃないだろう?」
「宰相閣下との面会予定日はいつですか?」
明後日とジロは答えた。
「では明後日の朝、登城時間になったらまずは街中にある親衛隊の出張所にご足労ください。宰相閣下との面会は、普段の父からのスケジュール考えても、早くても午後からでしょうし、その間に、依頼された手紙とその資料が預けてあります。そこで受け取ってください」
出張所とはいえ、自宅や城内の詰め所ではなく城外に手紙を預けた事から、リーベルトは手紙の内容に興味を示していない事がジロには解った。
「そうそう先輩、きっちりと帯剣して来てくださいね。先輩が城内バランスをかき乱したお陰で何が起きるかわかりませんから」
「城内でか? そんなこと有り得ないだろう」
「さぁ、どうでしょうかね?」
「それに、かき乱し続けてる野郎がどの口で忠告するんだ」
「まあ、先輩に比べたら漣みたいなものですよ」
リーベルトはそう言った後、何かに気づいたようにキョロキョロと辺りを見渡し、何かを探し始めた。
「剣……、先輩? 剣はどうしました?」
ジロはここにあるだろうと無言で腰の剣の柄を叩く。
「その、先輩の愛剣ではありません。……師匠であるジェリウス様から旅行前に借り受けたという、師匠の持つ聖剣ほどではありませんが、強力なアーティファクトクラスの、魔石が芯の、あの宝剣です」
「……なんでその事を知ってるんだ? 師匠にはきつく口止めを頼んでおいたのに」
「ジェリウス様からではなく、…………カルラ様から聞かされました」
「カルラさんから…………。そうか、それはお前に悪い事をしたな」
「いえ、カルラ様に僕たち三人が憎悪されているのは、今に始まった事ではないので」
(違うだろうが。三人が、じゃない。カルラさんは俺を……だろうが。お前もエリカもそれを解ってるくせに、二人して事情も知らず、そんなもんにまで首を突っ込んできて、一緒に抱え込もうとしやがって……)
その事情ばかりは死んでもエリカとリーベルトの二人だけには伝えられないとジロは思っている。
「剣は……師匠にかえ――」
「――まだ返却されていないと、師匠から聞いています」
「あ~っと、……実は無くした」
「……正気ですか、それでよくもまぁ、ガルニエ商会を切り盛りしようとしていますね。借りたアーティファクトを無くすなんて……。商会の基本が客から訳ありのアーティファクトの解呪もするそれが本来のガルニエ商会の姿ですよね? それなのに訳ありですらない、師匠のアーティファクトを借り受け、しかも無くしたんですか? 今日こそ言わせてもらいます、先輩、いいですか――」
「――あぁ! うるさい。まぁ、いいや。うっさいな。とにかく無くしたんだ」
「……分かりました。とにかく明後日は、僕の尋問も忘れずに、場所は誰かに伝言しておきます」
「親衛隊の出張所とかでしろよ、わざわざ面倒くさい……」
「おや? 尋問を公務としても、いいんですか?」
「……わかった。俺の負けだ。私用で頼む」
「了解です。では、これで」
そう言い残して、リーベルトは、防音用とした魔法の壁を剣の鞘で叩いて破壊してから、直立不動の従者の方へと向かっていった。