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年頃の娘


「まぁ、エリカのお陰で商会の風評被害の状況がわかった。感謝する。アデルの事は俺がなんとかするさ」


 前々から、良家の男を紹介しろとうるさかったから、あいつの怒りの根源はその辺りだろう。とジロは解釈した。


「ちょっと質問……です。アデルがいい女なら、なんで一緒にならなかったの?」


「ん? あぁ……男を知らないエリカにはその辺の駆け引きはわからないだろうな。もし、俺の実家に何もなかった、あるいは、何かがあれば今頃、婚約くらいはしてたかもな。そう感じていたのは、向こうも同じだろう。お互いにそれがなかったから、だから円満に別れたんだ」


 (エリカをからかうのは楽しいが、俺やリーブの話で正しくない性教育をこいつに与えるのは大変よろしくない。

 (早急にアデルの求める男を探し出して、手遅れにだろうが噂の一人歩きが楽しいからって話を盛りすぎるなと釘を刺すとしよう。

 (俺とのことを屁とも思わない温和でそこそこ遊んでいて、それでいて金持ちで、女ズレしていない人畜無害な男を用意せねばなるまい。放っておけば実害が増えていってしまう)


 (アデルは顔も体も良いし、家柄もそこそこだ。何かがまかり間違えれば、本当に上級貴族の長男と結婚してもおかしくない。性格も……怒らせなかったら可愛いものだから引く手あまただろうに……)

 エリカやアデルと言い、最大の悩みの種のサラといい、どうして怒るとこうも………)


「わかった。要するに、お前は俺が親友を傷つけたから怒ってるんだろう? それなら任せろ。あいつの機嫌は直してみせる。絶対だ。もうこれでこの話は終わりだ」


「アデルがどうして怒ってたのか原因がわかったんですか? 今ので?」


「元から知ってたんだけど、忙しくて後回しにしてただけだ。必ず好みのゴージャスでスペシャルな将来の旦那を紹介してやるって言っておいてくれ」


「一体、何の話ですか? 将来の旦那? アデルはジロとヨリを戻したいのかと……」


「付き合ってた頃から家柄のある男の紹介を頼まれていたからな」


 エリカはそう言って、キョトンとした顔をした。


 ジロはエリカに対して、罪悪感が生まれそうになったので、靴に付いた土塊(つちくれ)を落としながら気を紛らわせる事にした。


「ちょっと待って。付き合ってたんでしょ? その……ジロも今、寝てたって言ってたし?」

 口調、口調。と、ジロは心の中で突っ込む。


「理解不能かもしれないが、そういった事だ。二人楽しく、よろしくやっていた頃からアデルは、俺ではない上流貴族との結婚を夢見ていたんだ。究極的に言えば紹介してもらう代金として、俺と付き合っていたと言ってもイイ」


(実際はそこまで計算高く、露骨ではなかったし、アデルからの愛情やらモロモロはあったけど……うぶなエリカに理解できるとは思えないからなぁ)


「……なんて話なの。私はこんな馬鹿話をするためにはるばる、ここまで来たっていうの?」


 下世話な話が続いて力が抜けたのか、巻き込まれた騒動の馬鹿馬鹿しさに今さらながら気付いたのか、エリカは深いため息をついた。


(まぁ、エリカはまだ幼女時代に片足を突っ込んでいる最中だし、しょうがないだろうな)


「アデルだけが特別ってわけじゃない。お前や女友達といる時と男といる時とじゃ人格が違う女なんてごまんといる。というか、お前も多少見習った方が良いかもな、裏表がないっていうのは立派な事だが、時と場合による。ただし、アデルのただれた関係は見習わないようにな」


 エリカを見守る会のもう一人の会員である、リーベルトが同意の声をあげた。


「ただれてた本人がいう事なのですか? まさか、リーブもジロみたく………」

「今はアデルやエリカの話だ。もっとずる賢くなれって事だ。ありふれた話だ」


「だって、アデルが泣きながら、口車に乗って、ジロにいいようにもてあそばれて、捨てられたって言ってたから……」

「あいつは話術やら、場の雰囲気作りがうまいからな。それとアデルは自分の事を商売女のように話すが、口だけだ。実際は皆が思っているよりも身持ちは固い。いい機会だし、アデルを観察して、男を煙に巻く手段を覚えろ。そこはアデルを見習え。

「……しかしお前な。いい加減に少しは人の話を疑えってんだ。なのに、俺とリーブの話だけは常に疑ってかかるんだ。それを他の連中の方にこそ、適用しろ」


 再び、エリカの後方にいるリーベルトが同意の声を上げる。


「アデルが欲しかったのは俺じゃない。人脈だ、俺を介して起こりうるであろう上級社会への仲間入りってやつだ。程度や状況は違うが、お前も成人したら、この先、しょっちゅうこんな奴に出会うだろう?」


 エリカはうんうんと、聞き分けの良い生徒のように、頷いていた。

 ジロはその素直な反応を見て、ジロはまた心配になってしまう。


 実際は落ちぶれたジロよりも、輝かしいままのエリカやリーベルトを踏み台にとするような人間達が多い。


(想像すると見知らぬそいつらに腹が立ってくる。リーブは別に心配しないが……)


 エリカとアデルが友人になったのはいい事だろう。お互いに、良い方向に影響を与え合いそうだ。ジロはそう思った。


「つまりはアデルと俺は、大人の関係だった。相性もよかった。だが別れる時期が来た。それだけだ。それに対してはアデルも、思う事はないだろう。……エリカには想像もつかないかもしれないけどな」


 エリカは二人の淫蕩(いんとう)な関係が自分の信念と違ったのか、フンっと鼻を鳴らした。


(それにしてもこの手の噂は頭が痛い。何屋か分からない店とはいえ、経営者の身としては致命的な悪評ではないが、それでも信用がなくなる話題ではある)


「なぁ、リーブ。アデルのやつが俺の事であること無いこと吹聴(ふいちょう)しているってのは知ってたか?」


 水を飲んでからは、話に割ってはいるでもなく、立ったままニコニコとジロ達を見ていたリーベルトは、チラリとエリカに視線を走らせた。


「ええ、先輩の元恋人は先輩が留守なのをいい事に、派手に散々にこき下ろしていますよ。今は、あの女を牢に繋ぐための軽めの罪状探しをしているところです。一日くらい牢に繋いでみせます。

「エリカの数少ない親友とはいえ、これ以上の先輩への悪態は、もう我慢なりません。

「ご安心ください先輩。首尾良く捕まえた暁には、体を傷つけないで、心を折る、親衛隊式拷問術をあいつに私が直々に施してやります」


「さらっと爽やかに、怖いよ。お前の俺への執着の方がが怖いよ。到着後、一言目がそれかよ、相変わらずだよお前は。大体、一日、牢に繋ぐような罪状で拷問はするな」


「そんな事させないんだから。アデルにそんな事をしたらジロに神殿騎士団に伝わる、いにしえの審問会を開催してやるんだもん」


(……完全に三人でいるときの口調に戻ったな)


「俺を無理矢理、巻き込むな。それとも数ヶ月見ないうちに、前はマゾっぽかったがサドに目覚めたか? エリカ」


 エリカは年頃の娘らしく、ジロを生ゴミでも見る目で見下した後、牧草地端にある木陰にいたアーグの方へと、外套(がいとう)を小脇に抱えて、歩いていった。



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