1-4 消える新入生
『新入生が消える』
この言葉を聞いて、読者の方々は失踪とか引きこもりとか、その人が自分たちの認識の範囲に存在しなくなった"状況"を思い浮かべるだろう。 しかし、今回の場合は違う。 『消える』という言葉は"状態"を表す。
つまり、目の前にいた人間が消えること。 有り体に言えば透明人間になるということ。
そう。 つまり、超常現象というやつだ。
これには少々説明がいるだろう。
この世の中には、"超常の力"をもつ人間が存在している。
"超常の力"とはいっても、残念ながら少年漫画に登場するような派手な能力ではない。
「ものを5センチメートルだけ浮かせる能力」とか、「自分のイメージを紙に写し出す能力」とか、あるいは「指先からライターの火ほどの炎を出す能力」とか。 せいぜいがそれまで"超能力"もしくは"マジック"と呼ばれた現象の範囲内である。
従来で言うところの"性格"や"才能"と似通ったものだと考えてもらうといい。 イメージとしては、「あの子は人一倍明るいんだよ」とか「あの子はどんな風景も現実そっくりに描けるのよ」と言っていたのが、「あの子は人一倍発光するんだよ」とか「あの子はどんな風景もそっくりそのまま念写できるのよ」という具合に変わったという感じだ。
ただし、古来から長らくこの力をもつ人は少なかったらしく、「常人にはできない現象を引き起こす力」は、歴史の中で時に「神の贈り物」や「神通力」と呼ばれ崇敬や畏怖の対象となり、時に「異端の力」や「破滅の予兆」と呼ばれ迫害の対象となってきた。 近代に入ってようやく、世界人口の7割にまで広がり、平等主義の中でゆっくりと地位を固めてきたこの力は"個性"と呼ばれるようになり、過激な崇拝や迫害からはある程度自由になった。
超常の力は長い歳月と闘争の歴史の中でようやく「当たり前のもの」として認知されるようになったのだ。
しかし、いくら些細なものといっても、個性は依然として大きな問いを社会に突きつける。
社会は個性の使用を認めるべきか、一切禁止すべきか。 社会は個人の個性を把握すべきか、プライバシーを認めるべきか。 社会は優良な個性の開発を進めるべきか、抑制するべきか。 エトセトラ。
個性がいくら些細なものだとしても、どのようなメカニズムで発現するものなのか分からず、発現しない人も大勢いるという現状では、差別や不平等の温床になりないかねない"個性"の扱いに慎重になるのは当然だった。 実際に国政の場では、その起源を個性保有者が大幅に増えた江戸時代に遡る「個性に関する法律(通称"個性法")」の改正が毎年のように繰り返されている。 一方で、社会には従来の社会問題と同じく個性に対して保守的な集団と革新的な集団とが混在し、日夜デモやプロパガンダを行っている。 個性に端を発するいじめや犯罪も耐えない。
このように、未だに個性を取り巻く現状は多様で複雑なのだ。
まあ、諸々の込み入った話は後日していくとして、件の「消える新入生」の話に戻ろう。
「『消える新入生がいる』って噂がSNSとかで出回り始めたのはここ2、3日のことです」
公太郎が自分劣性の盤を睨みながらそう言った。
「"消える"か・・・」
みやびさんが、差し入れのバウムクーヘンのお供にするためにコーヒー豆を挽きながら首を捻る。 僕はいつのまにか、彼女の代わりに公太郎の対局相手に落ち着いてしまっていた。
まただ。 また今日も流されてしまった。 委員長とか班長とか、「他人を動かす」という役回りを小さい頃から徹底的に避けてきた僕には、そういう機能が一切備わってないのかもしれない。 いや、そうでも思わなければやってられない。
「・・・"消える"という言葉をわざわざ使うってことは、『実在希釈』とは違うのかな」
「そうなんですよ! 今まで未確認の個性だから、好奇心旺盛な連中が騒ぎまくっててうるさいったらありゃしない。 新歓も終盤ですし、飽きてるやつも多かったんでしょうね。 電灯に群がる虫の勢いですよ」
「・・・確かに、珍しいし興味をそそられるね」
みやびさんが、挽き終わった豆をペーパーフィルターに入れてハンドドリップを始めながら静かに言った。
僕も彼女と同意見だった。
実は、「他人から見えなくなる」という現象を起こす個性は、数こそ少ないもののそこまで珍しくはない。 ただ、一口にチョコレートといってもいろんな種類があるように、「他人から見えなくなる」という個性にもいくつか種類がある。 中でも最もポピュラー、というか9割方は彼女の言っていた『実在希釈』というタイプの個性だと言われている。
これは俗に言う、人の「影が薄い」という特徴の強化版だ。 存在感が薄くなり、たとえば集団の作業中に一人だけさぼったり、誰かの後ろをこっそりつけたりしても気づかれにくいという程度の個性。 地味だが、うまく使えば探偵調査などに存分に役立つだろうし、逆に使いこなせなければ友人から無視される虚しさを味わい続けなければならない。
余談だが、社会では『実在希釈』の個性保有者が逮捕されることが年間行事のようになっている。 想像に難くないと思うが、盗撮や女風呂への侵入で、だ。 人間、透明になったらやりたいことは変わらないらしい。 しかし、先述のとおり透明人間になるわけではないので、カメラを不自然に構えていれば気づかれるし、もちろん異性の風呂に侵入すればもれなく目立つ。 こうして毎年数人のおろかな人間がお縄にかかり、世間のお笑い草にされている。
さて、この『実在希釈』という個性には、一つだけ、効果を得るのために必要な共通の条件が一ある。
それは、「他人からはっきりと認知されていないこと」だ。
たとえば僕たちは、自分の目の前にいて、自分がはっきりと認識している人の影がいくら薄くなったところでその人を見失いはしないだろう。 つまり、「そこにいる」と意識されていれば、「消える」ことはできない。 『実在希釈』とはそういうものだ。
しかし、公太郎によると件の新入生はそうではなかったらしい。
「現場に居合わせたっていうフットサルサークルの友だちの話によると、なんていうか、その女の子を含めて5、6人でグループ作って自己紹介をしてたんだけど、その子の番が回ってきたら、何も言わずにすーっと消えちまったらしいです」
公太郎は握った右手を宙に泳がせて、顔のすぐ側でぱっと開く。
「空気にとけるみたいに」
「・・・空気にとける、か」
その様子を思い描こうとする。 一人の女性、まだ高校生の面影残る女性が、その肢体を揺らめかせて消えていく。 蜃気楼のように。 あるいはコーヒーの湯気のように。
しかし、いまいちうまくそのシーンを描くことはできなかった。 異能が当たり前になった今日にあっても、やはり生身の人間の体がぼんやりと消えていくなんて現象は異常だ。
「その子の特徴とかは分かってるの?」
みやびさんがドリップに意識を集中させたまま問う。 彼女が入れるコーヒーは本格的で、豆は高級なものを挽くし、ドリップするときも蒸らしたりいちいち時間を測ったり余念がない。 彼女いわく、蒸らすのに1分、ドリップに2分などのややこしい手順をこなして初めておいしいコーヒーが飲めるのだそうだ。
正直田舎育ちで、カフェとかイタリアンとかいうおしゃれな空間とは無縁に生きてきたバカ舌の僕にはコーヒーの違いなんて分かるはずもないので、インスタントでまったく構わないのだが。 しかし、公太郎にとってはみやびさんが淹れてくれたコーヒーというだけでプレミア級の価値があるのだろう。 彼はいつも彼女の淹れたコーヒーを幸せそうに飲んでは「ああ、北斗七星が流した涙のように清らかな香りだ」とかなんとか言って想い人を笑わせている。
椅子の上ですでにうきうきとしながらみやびさんの手元を注視していた公太郎は、彼女の問に顔を少し曇らせた。
「いや、これがまた驚くことに誰も彼女の容姿を詳しく覚えてないらしいんです。 唯一、でっかいヘッドフォンを耳につけたまま話を聞いてたってのは奇妙だったから皆印象に残ってたらしいですけど。 その曖昧さと不自然さのおかげで、もう『幽霊が出た』って大騒ぎ」
「ふぅん・・・それはすごい。 というか・・・」
みやびさんがさすがに呆気に取られた様子で呟く。 その語尾は尻すぼみに、心配そうに消えていった。
僕には、彼女の言わんとしていることがわかる気がした。
「・・・かわいそう。 ですよね」
もう一つ、個性について説明しておこう。 個性を分類するあまたの方法のうちの一つに、『制御可能/制御不可能』というものがある。 つまり、個性保有者が意図してその個性を発動できるかどうかということだ。
一般的な個性は前者だと言われている。 影を薄くしようと思えば薄くできる。 手から火を出そうと思えば火を出せる。 誰かを魅了しようと思えば魅了できる。
このような『制御可能』のタイプの個性は制御可能ゆえに問題になりにくい。 たとえその個性が百害あって一利ないものであったとしても、発動しなければいいのだから。
問題は後者の『制御不可能』のタイプだ。 たとえば、自分の意思とは関係なく常時個性が発動したままになってしまう。 ある特定の感情をトリガーとして個性が勝手に発動してしまうなど。
身近な例でいえば公太郎がそうだ。 彼の個性は『以色伝心』。 「自分の感情に応じて髪の色が変わる」というものだ。 普段の彼の髪は地の茶色だが、たとえば興奮すると赤、緊張すると青というように、彼がその感情を抱いたときに連想する「色」に変化するらしい。
僕は彼とは小学生の頃からの付き合いだから、今となってはどの色がどういう感情を表しているかはほとんど理解できる。 たとえば彼はみやびさんと話しているとき、髪の色がうっすらとピンク色になる。 これは彼の「好意」を表しているのだと思う。 また、珍しい個性保有者が出現したときなどは黄色に近い色になる。 これは「好奇心」や「わくわくした気持ち」を表すのだろう。 そのようにみると、彼の個性はとてもロマンチックで、彼の正直さをなによりも確証してくれるものだと言えるかもしれない。
しかし、この「個性」はそんな夢物語で終わるものではない。 むしろ負の側面が圧倒的に大きい。
彼は幼いころ頃から、目に見えて異質な髪色を理由にしたいじめを受けていたし、感情が隠せないからこそ対人関係には摩擦が絶えなかった。 今でこそ彼は感情を一定に抑えるすべを身に付け、過剰な変色を押さえることができているが、幼いころはちょっとした要因で髪の色がころころ変わってしまい、多大な苦労を強いられていた。
そう。 実は公太郎は、ただあっけらかんとしているだけのすごい奴に見えて、大きな闇を乗り越えて今を明るく笑って生きている恐ろしくすごい奴なのだ。
彼は自分の意志と努力で自分の個性の問題点をある程度克服することができた。 しかし、自分の個性をうまくコントロールできない多くの人が社会にうまく適応できず、いじめや差別の対象になっているのが現状だ。 世界的にこうした人たちを支援し理解を得ようという試みが行われてはいるが効果は乏しい。
これが、『制御不可能』のタイプの個性が孕む大きな問題だ。
「問題の女の子は、きっと個性を制御できていなんですね」
「・・・そうだね。 『幽霊が出た』という噂を立てたくて意図的に個性を使ったという可能性もあるけど、だとしたらもっと記憶に残りにくいように徹底するはず」
「わざわざヘッドフォンをつけたまま会話をしたりしないですよね。 せっかくの幽霊らしさが台無しだ」
僕とみやびさんが続けて言うと、公太郎も腕を組んで深刻そうに唸った。
「・・・『誰にも覚えてもらえない』って、そんなに悲しいことはないよな」
と金会の部室を数瞬、重たい沈黙が包む。
『誰にも覚えてもらえない』
そんな事態が自分の身に降りかかったらどうだろうと僕は考え、すぐにぞっとした。 僕にはきっと、いや間違いなく耐えられない。
もしもそれが自分の性格のせいだったらまだいい。 改善の余地はあるし、責任は明らかに自分にある。 しかし件の新入生は違うのだ。 神様が気まぐれにもたらした個性によって、どうしようもなく背負ってしまった個性という枷。 治すこともできないし、誰に対して怒ればいいのかもわからない。
個性はこの世に生を受けると同時に発現すると言われている。 彼女は生まれてからこれまで、誰の記憶にも留まることなく生きてきたのだろうか。 もしそうだとしたら、それは「孤独」という現存する言葉では表せないくらいに悲惨だ。
「・・・・・・ぉう」
いつの間にかコーヒーに湯を淹れる手を止めていたみやびさんが、ぼそっと何かを言った。 彼女の漆のようにつやつやとした黒い瞳が、普段は見慣れない鋭い光を放つ。
「・・・その子をと金会に誘おう」
そうだ。 彼女は、京田みやびはどこまでも「新入生を想う」人だ。
「いいですね。 名案だ」
そして、七瀬公太郎、別名ハム太郎はどこまでもみやびさんの味方で、漫画の主人公みたいにお人好しだ。
彼は僕とみやびさんの顔を交互に見つめて、にっと明るい笑顔を見せて笑う。
「なんつったって、将棋部は記憶力には自信あるんだから」
公太郎の髪が、橙色に輝く。 「優しい気持ち」を表す橙色に。
読んでいただきありがとうございました。 この「個性」のコンセプトは、「僕のヒーローアカデミア」という漫画から着想しています。 この物語の中で僕が書こうと思っているのは、ちょっとだけ大げさに、可視化された「才能」や「想い」のぶつかり合いです。 無視できないものとなった「個性」と、社会や人はどう向き合っていくのか。 そのようなことを突き詰めて描いていきたいと考えています。 長い旅になると思いますが、お付き合いいただけると幸いです。




