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ミカタ屋  作者: 九日 一
Case 01 真昼の幽霊ちゃん *Daytime Phantom*
4/24

1-3 と金会 ▼

挿絵(By みてみん)



食堂の前で公太郎と合流した僕が向かったのは、大学で最も古いコンクリート建物の一室だった。 


立て付けの悪いスライド式のドアを開けて中に入ると、心地の良いアルトの声が僕たちを出迎えた。 春の陽気のみに照らされた6畳ほどの空間の中央に、高校でことあるごとに見かけた木目調の折り畳み式テーブルがぽつんと置いてあり、向かい合わせに3つずつ並んだ椅子の手前左側に一人の長身な女性が腰かけていた。 


「こんにちは、ましろ。 それにハムくんも。 元気そうだね」


「こんにちは」


「どうも。 ハム太郎、今日も元気です」


僕は女性の挨拶に軽く頭を下げて応じる。 隣の七瀬公太郎、別名ハム太郎は僕に対しては見せない緩んだ笑顔つきの敬礼を彼女に返した。


まず、なぜ公太郎が「ハムくん」と呼ばれているかを説明しておこう。 それは彼の名前がまさに「ハム太郎」だからである。 「公太郎」を縦書きしてもらえれば一目瞭然のはずだ。 


彼は小学2年生の時に「公太郎」と漢字で書けるようになって以来ずっとこのあだ名で呼ばれてきたらしい。 成人間近の男性のニックネームにしてはいささか恥ずかしいのではないかと僕は思うのだが、公太郎本人は「俺はハム太郎もハムスターもハムも好きだから別にいいよ」とあっさり受け入れている。 僕はというと、人前で誰かを「ハム太郎」と呼ぶことに強い抵抗を感じたため、ずっと「公太郎」で通している。 もっとも、今僕たちの前で腰かける大和撫子は1年前にこの場所で、公太郎の名前と漢字を聞いて即座に「ハム太郎だ」と静かに目を輝かせたわけだが。


紹介が遅れた。 彼女の名前は京田きょうでんみやび。 経営学部の3年生だ。 小顔にショートボブのさらさらした黒髪、切るべきものだけをすっぱりと両断するハサミのように、鋭利に見えるけれど決してとげとげしくない切れ長の瞳という、まさに何世代か前の日本美人を体現したような人である。 涼しげな左の目元に添えられた泣きぼくろがこれまたおしゃれだ。 彼女は東京都庁のかなり上の方の地位で働く父をもついわゆるお嬢様であり、控えめな高級感が漂う紺色のロングニットガウンや、彼女の差し入れた銀座の名店のバウムクーヘンは、このうらぶれた部室ではいささか異様に映る。


そんな、田舎者からすれば憧れの対象にもなりうるお嬢様と、憧れる側の人間であり続けるはずだった僕とがこうして関係をもっている背景を説明するには、さらに今僕たちがいるこの場所のことを話さなければならない。


黎明大学は比較的シックなレンガ造りの校舎が有名で、それに憧れて受験する人も多いと聞く。 しかしそれは言葉通り外面だけで、キャンパス入り口から少し奥に入ると近年改築された真新しいコンクリート建築が乱立する有り様だ。 その白に近い綺麗な灰色の校舎の森を抜けて更に進んだところにあるボロ雑巾のような外壁の3階建て建築。 その3階の一番奥のこの部屋でひっそりと息をしているのが、僕が所属する将棋部、『と金会きんかい』だ。 


とどのつまり、みやびさんはつまりこの部の部長であり、僕はいち部員というわけだ。 


ちなみに、『と金』というのは将棋において最弱の駒である歩兵が相手陣地に侵入することによって成り変わった駒のことで、ひっくり返した駒に『と』に似た文字が書いてあることと、強力な駒である『金将』と同じ動きをするようになることからそう呼ばれている。 しかし、この部がなぜ『と金会』というのかはみやびさんもその先輩の先輩も知らないらしい。 きっと、『本気を出したらすごいんだぜ!!』というくらいの意味だったのではないかと僕は推測している。 


もしそうなら。 


僕は思う。 


いいかげんに本気を出してほしい、と。 他人事のような言い方であるけれど。


この部は、置かれている場所的にも、状況的にも「窓際」だった。 黎明大学に部室を持つことを認められているサークルのうち、まさに将棋で最弱の駒である歩兵的な立場にあった。 


まず、部員は僕とみやびさん、そして身体の9割以上が幽霊部員の公太郎の3名しかいない。 成績も2年前の小さな大会で2つ上の先輩が準優勝して以来めぼしいものはない。 加盟している関東大学将棋連盟の団体戦では、最高峰であるA級より一つ下のB1級リーグに留まれてはいるが、前期は降格ギリギリだったし、そもそも団体戦は5人1チームなので、たまに助っ人に入ってくれるみやびさんや公太郎の友人(もちろん戦力にはならない)や公太郎自身がいつも参加できるわけではないことを考えると人数の拡充は急務だ。 


だからこそ、今年の新入生勧誘、通称『新歓』には力を入れなければいけないのだが。


「みやびさん、ミーティングの前に一局どうですか」


「いいね。 やろう」


僕の苦悩を知らない2人は、素早く将棋盤と駒箱を取りだし、ぱちぱちと小気味のいい音を鳴らしながら駒を並べ始める。 


いつも通りのその光景を見て、僕はガクッと肩を落とした。


「いい加減、僕だけじゃホントに限界がありますよ」


「ごめん。 でも、君じゃなきゃいけないんだ。 本当に」


僕の言葉に、みやびさんは駒を並べる手を止めて眉を八の字にしながらいつも通りの返答を口にした。 


最初の頃は「君じゃなきゃいけないんだよ」という甘い言葉に流されていた僕だが、さすがに何回も言い続けられれば、冷静になるし嫌にもなってもくる。 ミルクチョコレートを何枚も食べてしまったあとみたいに。 


「もう、さぼってるようにしか見えないんですけど」


「・・・うん。 見方を変えるとそうなってしまうね」


「誰がどうみてもそうですよ」


「うーん・・・」


このやりとりを繰り返すこと4日。 未だに状況は改善していない。 


みやびさんが会長の立場でありながら新入生の勧誘に乗り気でないのは、何も面倒くさがりだからではない。 むしろ彼女は、部室を1週間に1度はひとりで掃除するくらいマメで、テスト期間には他学部である僕の試験対策を手伝ってくれるくらい面倒見のいい人だ。 


100人が100人「美形」というであろう容姿を持ち、沢山の新入生を呼び込めそうなみやびさん、そして公太郎が新入生勧誘に関わらないようにしている理由は、みやびさんひいては我が部の信条にある。


『新入生の人生を想おう』


いち大学の部活としては仰々しく、しかしみやびさんらしい堅苦しい一文だ。


このスローガンの背景には、それぞれの新入生が最初に選ぶサークルが、彼らの大学生活を大きく左右するという現実がある。 中学校や高校で言うところの「クラス」というまとまりがない世界では、長期的・定期的に集まる唯一の枠組みであるサークルが「友達づくり」の基盤となり、拠り所となるからだ。 つまりサークル選びが、友達一杯のバラ色キャンパスライフか、一人飯・一人講義の恐怖にまみれた灰色のキャンパスライフかの重要な岐路になるわけだ。 


しかし、ことの重大さに気づかない学生は多く、サークルに入ってみたはいいけど実際は人が合わなかったとか、やりたいことじゃなかったとなってやめることになる。 社会ではミスマッチによる新入社員の離職率の高さが問題になっているが、それは大学でも日常茶飯事なのだ。


さて、この問題の主因は勧誘する側にある。 基本的に部活やサークルはとにかく沢山の人を呼び込みたいため、サークルのマイナス情報(たとえば派閥があるとか、酒席のノリが度を越しているとか)は絶対にひた隠しにするし、無料ディナーに招待しまくって偽りの親近感と見えない罪悪感を植え付けたりするのだ。 公太郎なんかはこの頃、現金なことに1年生のふりをして毎晩色々なサークルを渡り歩いてピザやしゃぶしゃぶをタダでごちそうになっているらしいが。 


みやびさんはこの事態を嫌った。 


新入生にはありのままを見てほしい。 将棋が大好きな人、自分達の人柄を心の底から慕ってくれる人に入会してほしい。 将棋が大好きで、他人への思いやり精神が人一倍強い彼女のそんな想いから、と金会のアピールポイントは「将棋ができること」と「のほほんとした人が集まっていること」の2つしかない。 「将棋以外の楽しいイベントがなさそう」とか「面白味にかける人間が集まってるだけじゃないの」とか言われても否定するつもりはない。 むしろ、悪い評判ドンと来い。 そんな気概である。 マイナス要素も含めて自分たちを選んでくれた人こそ、と金会にあるべき人である、と。


みやびさんと公太郎が新歓の呼び込みを手伝わない理由はここにある。 公太郎は卓球部の新歓で忙しいこともあるが、部長サマ本人いわく2人の「顔」に釣られて入会する人を排除するためだそうだ。 正直よく自分で言えるなと思うが、現実として2人のビジュアルであればそれぞれ異性を呼び込み放題だろう。 


しかし、顔で釣られた人間はと金会には合わない、合わせたくないというのがみやびさんの意向で、それゆえにビジュアルも性格も中心線をつっきるような人間である僕のみが呼び込みに奔走しているわけだ。 余談だが、1年生の頃、先に入部を決めていた僕に連れられてと金会を訪れた公太郎がここに入部した理由は、みやびさんに一目惚れしたからだ。 しかしそれは言わないでおいてやろう。


さて、良くも悪くも満遍なく「平均人間」で使いっぱしりになっている僕自身はというと、みやびさんの信念には共感している。 しかし現実を直視すると、その信念に使命感を抱いている余裕などもっとうない。 


根本的に人見知りである僕が今日までの1週間で部室まで連れてくることに成功した新入生はたったの3人。 しかも不幸なことに全員入るサークルを決めており、兼部も歓迎という誘いにも全くなびかなかった。 やはり、あまり考えずに楽しめるゲームが流行っている今日では、将棋という、地味で覚えるべき定石が多くて一生アップデートがこないような遊びに興じる人は皆無に等しい。  


いよいよ、僕たちは焦るべきなのである。


「いやー、居角左美濃っすか。 俺それ苦手なんですよ」


「じゃあ一緒に考えながら打とう。 矢倉側からするとここが弱点になるから・・・」


なのに、目の前の2人は、誰もが羨むような美男美女は、誰もが憧れるきらきらした空間の中で楽しそうに将棋を指し続けている。 もういっそのことこの風景を写真に撮ってばらまけば、新入生にモデルやら何やらのスカウトも来てあまりあるくらいの集客力が見込めるだろうに。 そればっかりはこの部のポリシーに反するのだ。 


僕は、このとてつもなく道徳的だけど非合理的なポリシーと目の前の呑気な二人に対するいらだちで思わず将棋盤返しをしそうになるのをなんとか堪え、ぐるるんと大きな咳払いをしてストレス解消とみやびさんの注意を引くことの両方を行った。 


「みやびさん」


「な、なにかな」


「あ、みやびさん二歩にふっすよー」


少々ドスを効かせた僕の声にビクッと反応したみやびさんが指したのは反則手だったらしい。 公太郎がおどけて言う。 どうやら彼女は対局に熱中しているように見えて、ピリピリしている僕をずっと気にしていたようだ。 


彼女はおどおどした黒目で僕を見上げた。 椅子に座っている今は分からないが、実はみやびさんは僕より背が高い。 


「みやびさん、もうちょっと真剣にやりましょう」


僕は心を鬼にして言い、彼女を上からじっと見つめた。 彼女は小さく呻き声を漏らして、そこに答えでもあるかのように将棋盤に目を落とす。 でも答えなんてなくって仕方なく僕を見て、耐えられなくてまた将棋盤とにらめっこする。 


とても重要なことを言い忘れていたが、みやびさんは僕以上にコミュニケーションが下手だ。 いや、さすがお嬢様なだけあって、教授や大会運営委員などとの比較的フォーマルな会話は舌を巻くほど上手にこなすのだが、僕や公太郎などの友人・先輩後輩というラフな関係でのコミュニケーションとなると驚くほどに奥手になってしまうのだ。 話し相手がいらだちや落胆といった感情を少しでも抱いていると感じると、一気に黙りこんでしまう。


僕は彼女と出会って、彼女がとても苦しそうに会話をしようと試みるのを見て、生まれて初めて「僕が話さなければ!」という強迫観念に襲われたものだ。 これでも、この1年でなかなか話せるようになった方だと思う。 


でもだからこそ、彼女からなんらかの反応を意地でも引きずり出したいときは、ひたすら待つのが最善だ。 先刻言ったとおり彼女は人一倍思いやりが強く、僕と同じで気まずい沈黙に耐えられない人間だから。 こっちが詰め寄れば詰め寄るほど引っ込んでしまうけれど、逆に黙って待っていればいつか必ずちょこっと顔を出す。 人が怖いけれど構ってほしくもあるという複雑な感情をもつ野良猫のように。


ほら、頑なな唇がようやく開いた・・・



「そういえば、知ってますか。 奇妙な新入生が出たっていうウワサ」


みやびさんの唇が最初の一音を刻む寸前、彼女の向かいで、これとひらめいたらしい一手を打った公太郎がぼそっと呟いた。 


「い、いや、あいにく私はそのような話、耳に入れてないなぁ」


その助け船に、みやびさんはお嬢様らしからず飛びつく。 


「知りたい。 ぜひ」


僕は澄ました笑みを浮かべる茶髪にスポーツ刈りの青年を睨み付ける。 こいつはいつもみやびさんの味方だ。 一人の長い付き合いの友人の気苦労と、一人の敬愛する先輩の憂鬱とであったら、間違いなく後者を取る。 そういう男なのだ。 っていうか、新入生が「出た」ってなんだよ。 


「なんでもその新入生・・・」


僕が話を戻そうと口を開きかけると、薄情なことを隠そうともしない公太郎は間髪いれずに話題をかっさらっていく。 僕にとって、時に頼もしく、しかし多くの場合厄介なにやにや笑いを大きくして。 


「"消える"らしいですよ」




読んでいただきありがとうございました。 今回から第1章の「真昼の幽霊ちゃん」がスタートします。 次話ではこの作品のちょっと特異な舞台設定について話ます。 タグに「異能力」と怪しげな言葉が書いてあることに気づいている方もいるのではないでしょうか? といっても、そんなに大袈裟な能力は存在しない世界です。 あまり身構えないでいてください(笑)


もう一つ、主人公たちは将棋部という設定で、今後も大会に参加することになると思いますが、恥ずかしいことに作者は将棋にあまり詳しくありません。 趣味でたまにネット将棋をやるくらいです。 ただ、男女が一緒に団体戦をやる競技を書きたかったことと、あと自分が趣味でやってるという浅はかな理由で将棋部にしました。 ちなみに大学将棋連盟の団体戦は本来7人1組らしいですが、7人分の登場人物を書ききる自信が全くなかったので減らしました(笑) まあ5年後くらいには7人設定じゃ出場できない大学も出てきそうですが・・・


このように、大変ルーズな世界で申し訳ないですが付き合っていただけると幸いです。 感想もお待ちしています。

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