1-2 黛ましろ、中立人間。
『どうして大学に入ったの?』
と改めて聞かれて、この質問にすぐに答えることのできる人は意外と少ないのではないかと思う。 『どうして人は殺しちゃいけないの?』と純粋な子供に聞かれて答えることが難しいように。
しかし、僕、黛ましろはというと、知り合いから頻繁に「名前のとおり白黒はっきりしないやつだな」と言われるほど自分の意見をもっていない中立人間でありながら、この問にはすぐに答えられる。
流れだ、と。
真面目だけどちょっとお茶目なところがある地方公務員の父親と、あらゆる生活用品を手作りしてしまうほどにDIY精神旺盛な専業主婦の母、そして飛び抜けた才能はないけれど欠点という欠点もない一人息子という絵に描いたような現代家庭で育った僕は、ありがたいことに学費や生活費の心配をする必要がなかった。 だから何も考えずに人並みの小中高校生活を送り、そこそこに偏差値の高い大学の社会学部に入学した。
親の意見、高校のクラス担任の意見、世間の意見に流されて。
将来に何をしたいかなんてビジョンなど、全くなかった。 その道のプロになりたいと強く想うほどの夢もなかったし、父のように働いている自分の姿を想像できるわけでもなかった。 高校3年生の僕は、きっと大学生の間に答えを見つけてくれるだろうと未来の自分に期待していた。 だからこそ、「ジェンダーや経済、宗教までなんでも研究対象です!」という売り文句の、何をやっているかよくわからない学部に入ったのだと思う。
1年が経った。
やりたいこと、なりたい自分はまだ見つかっていない。
「・・・・・・」
お昼を挟んだ3限のまどろみの気配が溢れる教室を眺めながら、僕はあくびを一つかみ殺した。
たるみきった大学生活に浸ってきた上級生は言わずもがな、大学受験が終わったあとの、何もしなくていいという解放感と何もすることがないという虚無感とに満ちあふれた自堕落な春休みを過ごしてきたピカピカの1年生の身体にも、90分という講義時間はどうしようもなく耐え難いようだ。 さっきから周りの学生がドミノ倒しのようにぱたぱたと机に突っ伏していく光景が絶えない。 他には、隣の学生と歓談する者あり、携帯ゲームをする者あり、ぼーっと瞑想をしている者あり。 150人近くいる受講生のなかで真面目に教授の話を聞いている人は、冗談抜きで両手で数えられるくらいしかいないだろう。
教壇では、パステルカラーのパーカーを着ていてくるくるの天然パーマという、いかにもサブカルっぽい30代の特任教授が、隠れキリシタンの文化から派生して現在に至る青森のキリスト教祭りについて唾を飛ばしながら熱心に語っている。 受講生のほとんどが自分の講義に興味をもっていないことを開き直るように、忘れ去るように。
かっくん。 また、目の前の席に座っている学生が小気味よい音が聞こえてきそうなほどに鮮やかに、机に突っ伏して夢の世界へ旅立っていった。
僕は、おそらく3年生であろうその人の背中に向かって、あなたの将来の夢はなんですかと無言で問いかける。 続いて壇上の天パ教授に向かって、あなたのなりたかったものは「今のあなた」ですかと無言で問いかける。
大学における僕の数少ない友人である公太郎であれば、小学生の頃にテレビドラマで観て以来ずっと憧れている弁護士になりたくて法学部に入ったと自信をもって答えるだろう。 利益度外視で人のために働きたいという夢をもって公務員の世界に飛び込んだ父であれば、役所仕事にぐちぐちと不満を言いながらも今の自分に誇りを持っていると自信をもって答えるだろう。
なりたい自分をはっきりともっている人はカッコよくて美しい。
僕も、前の席の3年生も、壇上の特任教授も、きっとそういう人たちに無性に憧れているのだ。 だけど、どうしたらいいかわからなくて困っているのだ。 なりたい自分を見つける方法なんて、数学のように答えや方程式があるわけではないから。 わからないから、考えないことにしているのだ。
結局のところ、大学生の大部分はそういう甘えの集合だ。
・・・・・・そんな偉そうなことをずっと考えていながら、僕、黛ましろの大学生活2年目は、1年目とほとんど変わらずに流れていくのだった。 今週は、先週と全く同じ流れで動いていく。 来週も、再来週もきっとそうなのだろう、と思う自分が情けない。
さて、僕の1週間は、1日3つの講義を5日間という、公太郎に言わせれば面白味のない時間割りでできている。
講義による拘束時間は毎日90分かける3で270分。 休憩とも言えない休憩時間を含めて朝から夕まできっちり拘束されていた高校時代とは比べ物にならないほどラクな日々だ。 あるいは、同じく丸一日学校という空間に閉じ込められる小学生よりも、1日中休みなく誰かの監視の下に置かれ続ける赤ん坊よりも、大学生という生き物は気楽かもしれない。 あくまで将来に目を瞑っていれば、だが。
僕の今日の時間割りは、1限の統計学、2限の英語、そしてお昼を挟んでちょうど今受けている3限の宗教社会学という3本立てだった。
ちなみに、今壇上で教授が熱弁している青森のキリスト教祭りの話は、僕としては結構興味深かった。 ただ、この知識が、単位を取ることと会話のちょっとしたネタになること以外に将来どのように役に立つのか、そこの講義から始めてほしいというのが僕の正直な思いだ。
そんなわけで、頭の片隅でマイナス思考を続けながら教授の話のうち重要そうな所だけをノートに書き込んでいると、3時限目の終了を告げるのんびりとしたチャイムが流れ出した。 今まで先生の声では全く起きなかった学生たちがバネ仕掛けのように身体を起こし、一斉に明るい声で話始める。 まるで、これから1日が始まるぞとでも言うかのように。
僕は筆記用具を素早くメッセンジャーバッグにしまうと、周囲の学生たちが撒き散らすきらきらしたオーラによって生まれた影のごとく、身を屈めてそそくさと教室を後にした。
近場の繁華街へ遊びに繰り出していく学生群とは反対に、僕の足はキャンパスの奥へと向かう。
(なりたい自分どうこうの前に、今すべきことを片付けなくちゃな)
そう考えて自分のマイナス思考を落ち着かせ、そうやって問題を先延ばしにしている自分に気付き嫌気がさすというスパイラルに陥りながらも、僕の足は着実に目的地へと向かっていくのだった。
まだ内容という内容に入れてないのですが、もう3話くらいはこんな感じで大学生活を綴っていきます。
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