1-1 春にありきたりで、ぴったりなこと ▼
「あの歌の"友達"の定義ってなんだろうな?」
昼食を共にしている相方の突然の問いかけに、僕、黛ましろは口の中の固い牛肉を必要以上にゆっくり咀嚼しながら首をひねって見せた。 彼は思ったことをすぐ口にしてしまうきらいがある。 だから時々主語が抜けたりして、相手には理解不能な発言をすることがあるのだ。
僕の仕草の意味を悟ったらしい相方は大学の学生食堂で最も安く、量もそこそこ多いカレーライスのルーをかき集めながら悪びれる風もなく言った。
「"友達100人できるかな"って歌だよ」
「違う。 確かタイトルは"1年生になったら"だよ」
「あ、そうだっけか」
僕の修正に構わず、彼、七瀬公太郎は、学食の所々にたむろしている学生に視線を滑らせながら質問を改める。
「小学生とか中学生の時だったら"友達100人"なんて絶対無理だ、アホらしいって思ってたけどさ、大学じゃあ挨拶をする程度の仲のやつだったらそんくらいいるだろ?」
「君も知ってると思うけど、僕は君ほど人間関係のフットワークもスタミナもない」
視線の温度を低くすると、彼は今度こそ申し訳なさそうに太い眉を下げた。
「悪い悪い。 まあそう邪険にせずに、小学校とか高校と比べたら少しは多いだろ?」
申し訳なさそうにするのが余計に憎らしいと思いながらも、真面目に取り合って少し考えてみる。
田舎で育った僕の小学校は1学年が60人程だったし、学校生活のほとんどはクラスや部活という小さな枠組みの中で進むため、友達100人はよっぽど社交性がないと無理な環境だったと思う。 僕自身は定期的に会話をする友人は両手で数えられるほどだった。 大学で知り合った人の中には離島出身で生徒が小学校全体で50人という人もおり、そういった人たちに関しては根本的にノルマ達成が不可能だ。
一方で、大学には人がうんざりするほどいる。 その上、高校や中学で言うところの「クラス」というまとまった枠組みがなく、"発展英語"とか"第二外国語"とか"基礎演習"とか、それぞれ異なるメンバーが集まる小規模な枠組みがいくつもあるので、顔見知りの人数とチャットアプリの「友達」の人数ばかりがやたらと増えていくものだ。 爽やかで人当たりのよいスポーツマンである公太郎は数えるまでもないだろうが、基本的に人間関係に奥手な僕でも現在の「友達」の数は50人近くいる。 高校時代から比べると大きな進歩だ。
しかし、大学のキャンパス内でたまたま会って「よっ」と挨拶するだけの人、「友達」として登録するだけして一度もメッセージを交わしたことのない人を本当に友達と言えるのかは怪しいところだ。
「歌の中で『100人で富士山登っておにぎり食べたい』って言ってるくらいだから、ご飯を一緒に食べるような間柄の人なんじゃないかな」
結局僕はそんな適当な結論を口にした。 公太郎は妙に納得してその太い眉毛を寄せて唸る。
「なるほど、そりゃあハードル高いな。 山登りが好きなやつじゃなきゃいけないもんなあ」
少々ずれている気がするが、まあきっと富士山登頂3時間の道程をともにしてくれる人じゃなければいけないということだろう。 僕には到底ムリなことだ。 公太郎とだって、1対1で3時間ずっと歩き続けることは苦痛なのではないか。 ということは、僕と公太郎は友達ではないということか、いやそんなはずは・・・・・・
ガツガツと、僕はもやもやした気分と一緒にカツ丼の残りをかきこむ。
やめだ、やめだ。 ただでさえ憂鬱なのに、これまで無視してきた哲学的な問に真面目に取り合っていたら気が滅入ってしまう。
僕は母の言いつけ通り米一粒残していないどんぶりを音高くテーブルに置き、公太郎と同じように学食をぐるりと見回しながら、彼がこんな話題を唐突に放り投げてきた理由に思いを馳せる。
さて、良くも悪くも中堅という言葉がお似合いのここ、私立黎明大学、そしてその学生食堂は今うんざりするほど混んでいる。 その原因は毎週火曜日30食限定のロコモコ丼ではないし、大学近郊の飯処が集団食中毒を起こして一斉休業してしまったとかでもない。
春だからだ。
正確に言うと、入学したばかりのピカピカの大学1年生たちが大挙して押し寄せているからだ。
とはいっても、大学が始まって最初のまとまった休みであるゴールデンウィークを過ぎると一変、生徒の数が4分の1くらい減ってこの混沌とした状況も収まる。 なぜなら、初めの頃は純粋で、真面目に講義を受けよう、受けなければいけないとやる気と緊張感を抱えていた新入生も、講義をサボっても大丈夫だということを"勉強"し、大学に来なくなるからだ。
「○○大学に受かる」というような差し迫った目標が一切ない大学において全ての大学生がとりあえず据え置く目標は「卒業する」というものであるわけだが、大学を卒業するのに必要な「単位」の合否は基本的に筆記試験やレポート試験で決まる。 逆に言えば試験で点数を取りさえすればいいので、講義に出なくてもいいわけだ。 この素晴らしいロジックを自分で見つけたりサークルの先輩から教わった新入生たちは、見事「サボり常習犯」へと堕落していく。
かようにして大学のキャンパスでは毎年のように学生の「濾過」が行われている。 そして、入学式が終わって間もない現在、食堂には将来講義に出続ける新入生と出なくなる新入生とが渾然一体となっている。
そこそこ強い卓球サークルで2番手の強者であると同時に法学部トップの成績を誇る七瀬公太郎は、濾過前の新入生のピカピカ具合を目にして先刻の質問をしたのだろう。 彼らがこれから作っていく「友達」は、小学生の頃に想い描いた理想のままなのか、否か。
良くも悪くも、ピカピカであろうとなかろうと、彼らの「友達」はあと1ヶ月もすれば固定化する。 そしてこの「友達づくりゲーム」のリザルトは、残酷にも新入生の大学生活の先行きをほとんど決めてしまう。
そういった意味で、僕たち上級生は今、新入生たちの大学生活を大きく左右してしまう立場にある。 そしてこの状況こそが、現在僕の最大の悩みの種になっている。
「公太郎、そっちの新歓の調子はどう?」
僕は歌のフレーズを曖昧に口ずさむ公太郎にさりげなく問いかけた。
「んー、まずまずってところだな。 例年通りのペース」
「そっか、そうだよなあ」
僕が椅子の背もたれに身を預けて長い間ため息をつくと、公太郎は愛想程度の心配顔になる。
「やっぱ俺も手伝おっか?」
「その気もないのに言うなよ。 ムカつく体力がもったいない」
睨まれた公太郎は、全く怯む様子もなくニヤリと笑う。
「あの人の命令だからなあ。 あの人とお前だったら俺は迷いなくあの人を取る」
「悲しい友情だな」
小言のひとつやふたつ言ってやろうかと思っていると、3限の講義が始まる15分前を告げる安っぽいチャイムが鳴った。 周囲の学生たちが、キャンパスマップを広げながら慌ただしく食堂を出ていく。
すっかり綺麗になった皿をトレイに載せてよいしょと立ち上がった公太郎は、少しそわそわした様子で僕に向かって言った。
「お前、今日の3限後ヒマだろ? 一緒に姫様ンとこいこうぜ」
僕は応える。
「言われなくてもそのつもりだよ」
実に気乗りしないけど。




