1-9 幽霊ちゃんは語りたがる ▼
さて、幽霊ちゃんと出逢い、大衆の面前で「友だちになってください!」と大声ダイアモンドされた僕は今、池袋駅南口を出てすぐのところにあるドトールコーヒーショップで幽霊ちゃんと向かい合って座っている。 幽霊ちゃんは、あれだけ元気に「友だちになってください」と叫んでいたのに今は一転、人生初というカフェの雰囲気に興味津々で辺りを見回している。 ちなみに、今はもう彼女の身体は消えていない。
いかな全国店舗数No.1のドトールでも、僕や彼女のようなー地方の辺境の民にとっては縁遠い存在だ。 「カフェ」というものは冗談抜きで田舎者の憧れのひとつである。 僕も最初の頃はカフェの落ち着いた雰囲気に落ち着けないでいたものだ。 なんだか、彼女をみてると昔の僕を思い出す。 ・・・いや、きっと上京してきた純田舎者は全員こういう反応をするのかもしれないな。
そんなことを考えながらゆっくりアイスコーヒーを飲んでいると、幽霊ちゃんはようやく雰囲気浴に満足したらしく、自分のアイスティーのストローに口をつけた。 僕は彼女が一口飲み下したタイミングで、ヘッドフォンをしていることを考えて気持ち声を大きめに話しかける。
「あのさ」
「あ、ちゃんと聞こえるので声は普通で大丈夫ですよ」
即座に、彼女がちょっと不器用な笑みをつくって早口で言った。
あれ。 僕は『幽霊ちゃん』という言葉の勝手なイメージから、暗めで口数の少ない、どちらかと言えばみやびさんのような女の子を想像していたが、話し方はしっかりしているし目もちゃんと合わせてくれる。 というよりちょっと合わせすぎかも。
そんなことを考えながら、僕は出来る限り優しい笑みを作って彼女に問いかけた。
「名前を教えてもらっていい?」
正直に言うとまずはヘッドフォンをつけたまま会話をする理由を聞きたいところだったが、これが彼女のコンプレックスなどに関係するものだったときが怖い。 女性に軽々しく疑問をぶつけると痛い目をみるのだと、これは公太郎の助言だ。
しかし、彼女はワインレッドのフレームのメガネの向こうから、なぜか僕をじっとにらむようにしてぼそっと呟く。
「糸居瑠璃葉です」
何が気に障ったんだろう。 ゆっくりアイスティー飲みたかったから? 僕が先輩面したから?
ちょっと憂鬱な気分になりながらも、僕も自己紹介をした。
「僕は黛ましろ。 黎明大学社会学部の2年。 君のちょうど一個上だね」
僕の言葉を、まるで顔に紹介文が書いてあるとでもいうかのように僕のことを凝視して聞いていた彼女、糸居氏は、謎の不機嫌顔のまま口を開く。 この発言をもって、僕が幽霊ちゃんに対してそれまで勝手に抱いていた『神秘性』『儚さ』といったイメージは木っ端微塵になった。
「『ましろさん』って呼んでいいですか? っていうか呼びます。 あたしのことは『瑠璃葉』か『瑠璃ちゃん』って呼んでください。 あ、でもましろさんには『ちゃんづけ』似合わなそうですね。 『瑠璃葉』でお願いします」
「・・・・・・」
僕は久しぶりに、人と話しているときに相手の勢いに圧されてのけぞってしまった。
なるほど、彼女はあれだ。
たぶん「話したがり症候群」だ。
一人暮らしをしている人によくある症状。 僕も少しだが経験がある。
大学1年の夏休み期間中、講義もなく、公太郎は卓球サークルの合宿、みやびさんは家族と北海道旅行で、1週間ほんとうに誰とも会わない時期があった。 あ、うん、僕はと金会の2人以外に気軽に遊びに誘える友だちがいない。 別に気にしてないから。
でだ。 その1週間の最後の2日間、僕はほんとうに、誰かと何でもいいから話をしたくて仕方なくなってしまった。 あまりの衝動に、普段は向こうからかかってくるに任せていた母に自分から電話をしてしまい、何かやらかしたのかと本気で心配された。
一人暮らしの人は独り言が多くなるという明確な調査結果が出ている。 やはり、人は何かしらをアウトプットし、それになんらかのリアクションを得ることなしには生きていけないのだ。 今はインターネットという見知らぬ他人と出会いリアクションをもらうことのできる場があるが、やはり話をするのはリアルに限る。
瑠璃葉もその症状にかかっているに違いない。 勢いのありあまる話し方がその証拠だろう。 田舎から出てきて一人暮らしを始めたばかり。 話し相手がほしくてしかたない。
「あのあの、そういえばさっきはありがとうございました! やっぱり都会って怖いですよね。 魑魅魍魎の宝庫ですよね。 なんでセブンのすぐ近くにセブンがあるんですかね。 なんで建物の壁にテレビがついてるんでしょうね。 なんでギャルでもなさそうな女子高生が金髪で街を闊歩してるんでしょうね」
うわ、やばい。 これは想像以上にこじらせてしまっている。 都会に出てきてから彼女が抱いた疑問がすべて溢れ出してきている。 僕には到底処理しきれない。
僕はあたふたするレベルを越えて呆然としているだけだったが、話したがりの幽霊ちゃんの口は止まらない。 もしかすると、この世に存在するかもしれないほんとうの幽霊も構ってちゃんなのかもしれないな。 僕は経験したことはないが、俗に言う心霊現象も「私の話を聞いてー」という幽霊からの合図なのかもしれない。
「あたしの服大丈夫ですか? 都会の大学生のファッションを必死に勉強して12時間かけて選んだんですけど。 だいたい、ほとんど制服とジャージだけで生活してきたヒトに7日分超の私服を春夏秋冬考えろって、脳をパンクさせるおつもりですかね。 大学で『オトナの私服講座』とかなんとか、そんな講義をやってくれってんです。 あと、個性保有者への個別対応もちゃんと強化して欲しいです。 あたしなんか最近すぐ消えちゃうんで、たとえば・・・・・・」
「ちょっ・・・ちょっと待った!」
いきなり瑠璃葉が、僕が聞きたいと思っていたけれどどうしても踏み込めないでいた話をし始めたので、僕は思わずストップをかけてしまった。
現在の日本では基本的に個人の個性にプライバシーが認められている。 それがコンプレックスであったり、それが原因で差別を受けることが多々あるからだ。 一応出生時に全国民は「個性鑑査官」によって個性を読み取られ、それが「個人情報シート」に記載されて政府系機関に登録されることになるが、その情報が公開されることはない。 一定の条件下で(たとえば犯罪調査やスポーツの大会への参加資格の可否など)限られた人間が特定の人物の個性情報を参照することができるが、その人には厳重な守秘義務がかされることになる。
そのため個性の開示は一個人が他人に強制することができるものでは決してなく、当人の意思によることになる。 たとえば公太郎は自分の『以色伝心』という個性を隠していない(というより隠しようもない)。 一方で、僕も公太郎もみやびさんの個性を知らない。 あるいは無個性なのかもしれないが。 彼女はとにかく個性というものに対して慎重な姿勢だ。
僕は、瑠璃葉もみやびさんと同じようなスタンスだと思っていた。 個性というものに引け目のようなものがあり、自分の個性について明かさないのではないかと。
いや、違うのか。 彼女の場合は知ってもらわなければならないコンプレックスなのか。 他人の視界からも記憶からも消えてしまう個性。 理解者がいなければ絶対にまともな生活ができない。
「き、君の個性ってやっぱり・・・消える、個性・・・?」
僕が様子を伺いながら問うと、彼女はアーモンド型の瞳をぱちくりと開閉し、すんなりと頷いた。
「はい。 正確に言うと、『過当情報』って言って、あたしの発するあらゆる情報・・・つまり姿や声や匂いといったものが過度に薄まってしまって、他人から認識されなくなる個性です。 相手の意識に刻まれる情報が薄いから記憶にも残りにくいっぽいです。 小さい頃はちょっと見えにくい、ちょっと聞こえにくいってくらいだったんですけど、最近になって完ぺきに消えるようになってきちゃって鬼困りですよ! ツイッターでは『幽霊』って言われてちょっと噂になってるみたいだし」
「そう・・・かあ・・・」
なるほど。 『消える』メカニズムは実際にはそうなってるのか。 個性が思春期を境に力を増すことがあるという話も聞いたことがある。 もしかすると、大きなヘッドフォンや赤縁の眼鏡といったアクセサリーは少しでも情報量を増やすための、少しでも目立つための彼女なりの工夫なのかもしれない。
となると、気になってくるのは個性の発動条件だ。 公太郎の話からなんとなく想像はつくのだが。
「個性の発動条件は、たぶん『緊張』です。 特に最近は、同じ大学に入った友だちいなかったので『なんとか友だちをつくらなきゃ』って思いが空回りしちゃって」
話したがりな瑠璃葉が自分からすらすらと説明してくれた。
それを聞いて僕の中で、彼女の身に起こっていたことがあらかた理解できた。
おそらく、中高生の間は周りに元からの友だちが幾人かいたために、『友だちをつくらなければ』という強迫観念にも似た焦りは少なかったのだろう。 それが、自分の友だちが一人もいない東京の大学に出てきて「さあ友だちをつくろう」と意気込んでいたらびっくり。 身体も記憶も完全に消えてしまうではないか。 と、こういう経緯なのだろう。 友だちになってもらうために、興味をもってもらわなきゃ、面白いこと言わなきゃとプレッシャーを感じ、個性が発動してしまっていた。 これでは、友だちづくりに失敗すればするほど緊張も増していくばかりで悪循環である。
そこまで考えて、僕はようやく、ずっと前に抱いているべき疑問を抱いた。
(待てよ。 そもそも・・・)
「今、僕と話してて消えないのはなんでなの・・・?」
先ほど、友だちになりたいと彼女自身が言ったとおり、状況は同じはずなのに。
僕の問に、瑠璃葉は今日出会ってから一番の笑顔を見せて答えた。
「さあ。 なんででしょう?」
なんだその笑顔は。 けっこう怖いぞ。
僕は彼女の目から放たれる謎の光線から逃れるようにアイスコーヒーの水面に視線を落とす。
「ま、まあ、よくわかんないことなら置いといて・・・」
逃げた先に見つけた言葉は、すごく単純な、僕の素直な気持ちだった。
「・・・大変だったね」
慰めにすらならないはずの言葉を受け止めた瑠璃葉は、すっと顔を曇らせて俯いた。 今までのどこか軽い雰囲気のあった不機嫌顔でなく、明確な暗さを含んだ顔が紺色の髪の下に隠れる。
「ほんとに。 大変だったんですよ」
彼女の声が思いがけず震えていたので、僕は少々困惑してしまった。 これまで僕は他人から、とくに異性から悩みを聞かされる役回りになった経験がなかった。 しかし考えてみれば、彼女はこれまで誰かに面と向かって自身の大きな悩みを打ち明けることができずにいたのだ。 いかなる理由で彼女が僕の前では幽霊にならないかは分からないが、見える以上はしっかりと彼女と向き合ってあげるべきなのだろう。
「僕でよければ聞くよ。 あ、そうだ。 タクシー運転手に話すもんだと思えばいいよ。 通りすがりの人になら意外と悩みを打ち明けやすいって言うから」
「・・・ましろさんは通りすがりの人じゃないです。 もう友だちになりました」
「あ、そっか・・・」
「友だちになった証だと思って、気楽に聞いてください」
瑠璃葉はくいっと首を傾いで笑みをつくって見せた。 なんというか、そうしていると彼女は本当に猫のようだ。 信頼の証として、怖々と、甘えるように相手に自分の急所である腹を見せる猫。 彼女が先ほど知り合ったばかりの僕をそこまで信頼している理由は全くわからないが。
「あたし、透明人間になっちゃうって気づいたとき、実は嬉しさの方が大きかったんです。 周りから服装とか振る舞いをじろじろ見られているなんて思わなくて済むし、嫌なことがあったら簡単に逃げられるし、男子トイレに・・・・・・あっ、なんでもないです」
うん。 最後のは聞かなかったことにしてあげよう。 お年頃の幽霊ちゃんは好奇心旺盛なのだ。
僕が聞き流したのをいいことに、瑠璃葉はこほんと一つ咳払いをして先を続ける。
「でも、違ったんです。 あたしはとても大きな勘違いをしていた」
「勘違い?」
「はい。 小学校の頃、ある人にこんなことを教わりました。 『個性の本質は、その内容じゃなくてその使い方にある』って」
その言葉には、なぜか僕にも覚えがあった。 しかしどこで聞いたのか思い出せない。 本で読んだのかもしれない。
使い方次第で、天使にも悪魔にも化けうる存在。 それは決して『個性』に限ったものではない。 最も際立つ例は科学の世界にある。
『デュアルユース』
業務・生活の改善などを目的として開発された一つの科学技術が、軍事的目的のために利用されることを示す言葉だ。
典型的な例が、ノーベル賞をつくったアルフレッド・ノーベル博士のダイナマイトだ。 ノーベル博士は鉱山を安全に爆破するための技術を開発したが、それは結局戦争という暴力のための兵器として使われるようになり、多くの人を殺すことになった。 その後悔と戒めの意味を込めてつくられたのがノーベル賞というわけだ。
他にも、僕たちの身の周りには本来の用途から外れて暴力のために用いられているものがたくさんある。 例えば包丁。 あれは料理をやりやすくするために作られたものだが、ご存じの通り旧来から人を傷つけるための道具にも用いられている。 インターネットという近代最大の発明もまた、人々を、国境を越え、時間を超えてつなぐことを可能にした一方で、ネットいじめやサイバー戦争など新たな暴力の形を生み出してきた。
このように考えると、この世界に存在するすべてのものは使い方次第と言えるのかもしれない。 いや、人間次第、ということか。
個性もまたこれと同じ。 公太郎の、感情に応じて髪の色が変わるという『以色伝心』は、コンプレックスとしてしか受け止められなければ重荷にしかならないが、公太郎のように自分の「ユニークな一面」として受け入れて使いこなすことができれば、それはきっと彼の人生を、その個性によって現れる色以上に彩ってくれるに違いない。
ただ、瑠璃葉の場合は……
「個性の本質は使い方。 あたしがそこにちゃんと価値を見つけてあげられてる限り、なにも不幸なことなんてないんだって。 あたしはその想いを支えに生きてきたんです」
瑠璃葉の声が、悲痛に震えた。
「でも……使いこなせもしない個性に、何を見出せばいいんですか? あたしの声も姿も、何もかもを塗りつぶしてしまう個性を、どう受け入れろって言うんですか?」
自身を殴りつけるかのように放たれる叫び。 僕はその痛々しい声に応えることのできる知識も経験も度量もなく、それをただ受け止めることしかできなかった。 彼女自身、きっと僕に答えを期待していたわけではないだろう。
ただひたすらに、誰かに知ってほしいのだ。 自分がいるということを。 それだけでいい。
彼女の訴えは、その音声を通さずとも深く僕の心を抉った。
「あたしには分からない。 …もう、分かりたいとすら思えなくなりそうです」
彼女は、何も言えないでいる木偶の坊の僕を真正面から見つめて、静かに、しかし必死ですがろうとする。
「だから、あたしはましろさんと友だちになりたい。 なんでか分からないけど、あたしの個性と仲良くなることができるましろさんと」
夜の海のように深い闇と荒々しさを湛える瞳に映る僕は、やはり気が抜けてしまうほどに弱弱しくて頼りがいがない。 しかし、彼女にとって僕という存在は、どうやらとても大きなものになってしまったようだと、僕はなんとなく実感する。
彼女の期待するヒーローになることができるのだろうか? この僕が。 分からない。 けど、なってみたい。 なってあげなきゃいけない。
この時の僕は不思議と心に決めていた。
「僕でよければ、君の友だちになるよ。 君と、君の個性が仲良くなれるまで」
テーブルの下。 いつからか、長いこと握りしめないようにしていた両の手を、僕は思い切り握りしめる。




