第88話 『 〝むかで〟VS〝氷水呼〟(前編) 』
「 〝むかで〟、ですか 」
……有り得ない。
「……そうだ」
〝むかで〟のその短い返事がとてつもない絶望であった。
――〝むかで〟。
知らない筈がなかった。何故ならその者はこの大陸最凶の盗賊の頭領であり、又、最強最悪の大罪人――〝七つ大罪〟の一人、〝強欲〟でもあった。
その性格は冷酷非道、欲しいものであれば如何なる手を以てしても手に入れる、そんな男であった。
そんな男が現在進行形でわたしの前に立ち、わたしの精霊を奪うと宣告したのだ。
「……」
……冗談じゃない!
あの精霊は〝白絵〟様より預かった大切なもの。それをむざむざ奪われるなどあってはならない筈だ。
「……どうしてわたしが持っていると?」
「お前はこのノスタル大陸では有名人だからな。聞いたよ――お前が八精霊の一体を所持しているとな」
……何の精霊を所持しているとまでは聞いていないがな、と〝むかで〟が付け加えた。
「どうしても奪うと言うのですか?」
「どうしてもだ」
……即答だった。
「……断る、と言ったら」
「 無駄話は嫌いだよ 」
――斬ッッッ……。
……〝わたし〟が一刀両断された。
「悪いが人形と話す趣味は無いのでね」
〝わたし〟の形は崩れ――水になった。
そう、斬られた〝わたし〟は水分身であったのだ。
「遊びは終わりだ」
「同感です」
本物のわたしは〝むかで〟と対峙した。
「 刻み殺す 」
「 凍て殺す 」
――〝むかで〟の懐から何か飛び出した。
「 蟲龍弐式 」
雷
「……見えませんね」
……それは本音だ。それほどまでに彼の攻撃は速かった。
「でも、当たりませんよ」
――一瞬にしてわたしに伸びた百足が氷結した。
「……ほう、〝雷〟を凌ぐか」
「これがわたしの絶対防御」
絶 対 冷 域
……半径数メートルを一瞬で氷結する、冷気の結界だ。
「今度はこっちの番ですよ」
氷 龍 天 華
――わたしは巨大な氷の龍を召喚する。
×10
……十体同時に。
これほどのことはこの大陸でもわたしと〝四大賢者〟の一人――ニア=クラシエしかできないであろう。
「……さっさと来い」
「行きなさい」
――〝むかで〟を囲うように巨大で漆黒の百足がとぐろを巻く。
――〝氷龍天華〟×10が〝むかで〟に炸裂した。
その冷気は凄まじく、炸裂した周囲一帯に巨大な氷の華を咲かせた。
「……」
しかし、何故だろう。
「……」
……全く、勝てた気がしなかった。
「 何だ、この程度か 」
……ほら、生きていた。
――パリイイィィィィィンッッッ……! 氷の華が幾百もの百足によって破壊された。
「あまり俺を失望させるなよ、〝氷水呼〟」
――ヒュッ、何かが高速で飛来してくる。
「……っ!」
……しかし、心配は要らないだろう。何故なら、わたしには絶対防御の〝絶対冷
――ガッッッ……! 飛来した何かが頭に直撃し、わたしは吹っ飛ばされた。
(……なっ!?)
吹っ飛ばされたわたしは、氷壁に叩きつけられる。
「……」
何 故 、 わ た し の 絶 対 冷 域 が 破 れ て い る ?
〝絶対冷域〟は半径数メートルにある全てのものを氷結する絶対防御。そう簡単に攻略される筈がない。
「 氷だ 」
……声は正面から聴こえた。
「……お前が万物を凍らせるというのであれば、最初から氷ったものを投げつければいい」
そう、〝むかで〟が投げたのはただの氷の破片だった。
……それにしても早い! 彼はたったの一撃で、〝絶対冷域〟の弱点を導き出したのだ。
敵ながら恐ろしい洞察力であった。
「……興醒めだな」
――ゾクッッッ……!
……悪寒が走った。
「 お前ごとき〝百足〟は必要ない 」
……〝むかで〟は呟いた。
「 この右手一本で片をつけてやる 」
……それは静かなる死刑宣告であった。