第87話 『 招かれざる客 』
「 ……有り得ない 」
……わたしは玉座の水晶台の前で戦慄した。
現在、幾つもある水晶の一つには炎の巨人と少女の姿を映していた……一つ足りないのでは?
そう――〝氷熊〟の姿がどこにも見当たらなかった。
――何故?
答えはわたしの記憶の中にあった。
つい数分前、彼はドロシーと呼ばれる少女に殴り掛かったのだ。
しかし、わたしの知覚を上回る速さで右腕を切断され、一時退避。
その数秒後、ドロシーと炎の巨人から背を向けて逃走した〝氷熊〟の身体は一瞬にして炎に包まれ――灰になったのだ。
故に、〝氷熊〟の姿はここには無かった。どこにもいる筈がなかった。
それにしたって有り得ない。何故、あのようなか弱い小娘があれほどの魔物を従えているのだ。
(……これでは予想が狂った。あの侍女――わたしよりも強いのかもしれない)
ならばわたしも本腰を入れて構えないないといけないようだ。
(……いつでも掛かって来るがいい)
この天才水魔導師――〝氷水呼〟と水の八精霊――〝クリスティア〟による最強の水の演舞で出迎えてあげよう。
――コツッ
……足音が聴こえた。
あらいけない。勇みすぎて水晶を覗き忘れてしまっていたようだ。
「まあ、いいでしょう」
どんな相手であろうと負ける気は無い。
――ガチャッ……ギギギィ……。
……氷の扉がゆっくりと開いた。
「 大層な部屋だな 」
……侵入者の声が聴こえた。
「……誰、ですか」
……しかし、それは最初に乗り込んだ侵入者五名と一匹ではなかった。
――否、比べるべくもなかった。
「……お前が噂の〝氷水呼〟、か」
その威圧感は〝白絵〟様に劣るとも勝らないものであり、
魔力も殺意も、心臓を抉り取りそうなほどに凶悪なものであった。
「挨拶が遅れたな」
――ガチャッ、開いた観音開きの扉が閉じた。まるで、わたしの逃げ場を閉ざすようであった。
「 〝むかで〟 」
……嘘だ。
「……奪いに来たのだよ」
……有り……得ない。
「貴様の精霊を、な……」
……しかし、目の前のそれは紛れもない現実であった。




