第86話 『 ドロシーVS〝氷熊〟~怪物に育てられた少女~ 』
……わたしは赤い竜の背に乗り、空を駆ける。
「わあ、気持ちいい風」
空を飛ぶという初めての体験に、わたしは胸を躍らせた。
『空を飛ぶのは初めてか?』
「ええ、そうよ」
赤い竜の質問にわたしは笑顔で答えた。
「……ところであなたは何て名前なの?」
わたしは赤い竜に質問を返した。喋る魔物は珍しいので興味があったからだ。
『 フェンリル、だ 』
「……ふーん、変わった名前」
そんな風に話していると、村から少し離れた茂みにフェンリルが着地した。
「もう、終わりなの?」
『ここからは歩きだ』
そう言うとフェンリルは狼の姿に形を変えたのだ。
「……驚いたわ。あなた、竜じゃなくて狼だったの」
『ああ、これが俺の力だ。お父様譲りで俺は何にでも姿を変えられるんだ』
「……お父さんもいるのね」
『さあ、無駄話は後にしよう。とにかく、俺の背中に乗りな』
わたしはフェンリルに催促され、彼の背中に乗っ
た。彼の背中はふさふさふわふわで、乗り心地はよかった。
「どこへ行くの?」
『お父様のところさ』
「お父様ってどんな人なの?」
『お父様は強くて怖い人さ』
「ねえ、わたしはどうなってしまうの?」
『……お嬢ちゃんは質問好きだな』
わたしは気になって仕方がなかった。彼が何者なのか、何の目的でわたしを助けてくれたのか。気になって仕方がなかった。
『説明は後でする。さあ、そろそろお父様がお見えになられるぞ』
「……」
迫り来る威圧感にわたしは思わず閉口した。
そして、茂みを突き進むこと数分。人影が一つ、わたし達を迎えてくれた。
『やあ、初めまして――ドロシー=ローレンス』
……意外だった。
『おや? わたしの顔に何か付いているのかな?』
なんと、お父様は人間の姿をしていた。しかも、かなりの優男だった。
「……いえ、何でもありません」
わたしは思わず表情が強張ってしまう。
『じゃあ、単刀直入に言うけどドロシー、わたしは君を心配しているんだ』
「……心配?」
わたしは思わずおうむ返ししてしまった。
『君は確かに人間だよ。でも、君はこちら側で生きるべきなんだよ』
「……」
『君もこの前のことでわかったんじゃないかな――君は向こうの世界では生きられない』
「……」
突飛な話にわたしは返す言葉も思いつかなかった。
『君は魔物を引き寄せる――そんな体質の持ち主なんだよ』
「……」
……図星だった。それは以前から薄々勘づいていたことだった。
その疑惑は今、〝お父様〟によって抉じ開けられてしまったのだ。
そう、わたしは知っていた。
「――……いの」
……わたしは普通じゃない。
「……じゃあ」
……わたしは他の人とは違う。
「……どうすれば……いいの?」
わ た し は 何 者 ?
「……家に帰りたいよ」
『……』
「……家族に会いたいよ」
『……』
「……普通の生活に戻りたいよ」
『……』
俯いて涙を流すわたしを、〝お父様〟は静かに見下ろした。
『だから、家族になろう』
「……っ!」
その結論にわたしは度肝を抜かれた。
『わたしはフェンリルの父――〝LOKI〟だ』
〝お父様〟がわたしの頭に手を乗せた。
『そして、フェンリル。彼は君の新しい――父親だよ』
わたしはフェンリルの方を見た。
『 えっ? 』
……フェンリルがえっ、何それ初耳と言わんばかりの反応をした。
『……あれ、言ってなかったっけ?』
『言ってないよ!』
首を傾げる〝お父様〟とそれに突っ込むフェンリル。わたしは益々困惑した。
『じゃあ、任せたよ』
『ちょっ、待ってくださいよっ、お父様!』
〝お父様〟はフェンリルの制止の声を無視して姿を消した……何ていい加減な魔物なのだろう。
『……』
「……」
取り残されたわたしとフェンリルはただただ沈黙した。
「『 あっ 』」
――同時に口を開いた。
「えーと、お先にどうぞ」
『いや、俺はいい。そっちこそ何だよ』
「えっ、わたしからですか」
『わかった。俺から言おう』
「あっ、やっぱりわたしから言います」
『……どっちだ』
テンパるわたしをフェンリルは静かに突っ込んだ。
「……」
『……』
……また沈黙してしまった。何だか、上手くいかなかった。
『 宜しくな、ドロシー 』
……それはフェンリルの声だった。
『……俺もいきなり父親になれなんて言われて戸惑ってはいるが、お前を守りたい気持ちは〝お父様〟と一緒だよ』
フェンリルの声はやけに優しかった。
『……まあ、何だ。お前が嫌じゃなかったらだけど、俺の娘になってくれないかな』
「……」
『……』
……フェンリルの声はただただ優しかった。
……それはまるで本当のお父さんのような優しい微笑みであった。
「……また、背中に乗せて空を飛んでくれる?」
『ああ』
「……わたし、親には結構我が儘だけど?」
『子供はそのぐらいが丁度いい』
「じゃあ、あの」
……わたしはフェンリルのふさふさの毛に触れる。体毛越し伝わる彼の体温はとても温かかった。
「……お父さん、て呼んでもいい?」
『……………………〝父ちゃん〟と呼んでくれ、〝お父さん〟は少し照れ臭いから』
フェンリルはそれだけ言ってそっぽを向いた。
「……」
わたしは少し考えた。
「うん! よろしくね、父ちゃん!」
『……ああ、宜しくな』
……こうして、わたし達は家族になったのであった。