第85話 『 ドロシーVS〝氷熊〟~怪物に愛されし少女~ 』
……昔々あるところに一人の女の子がいました。
女の子は小さな村の小さな家で生まれました。
彼女にはお父さんとお母さんと三つ下の弟がいました。
彼女の家は貧乏でしたが彼女は幸せでした。何故なら優しい両親と可愛い弟がいたからです。
お父さんは毎日、街の工場で働きます。
お母さんは毎日、家で家事に励みます。
弟は活発で、よく外で友達と遊んでいます。
女の子はよくお友達とおままごとをしていました。
仲のいい友達は二人、アリサちゃんとエリリちゃんで、二人とも同い年です。
毎日、家族で食卓を囲み、友達と遊ぶ、女の子はありふれた少女でした。
……でも、女の子には一つだけ、他の人には無いものを持っていました。
「 あっ 」
……それは、女の子がアリサちゃんとエリリちゃんと遊んでいたときのことでした。
「魔物さんだ!」
一匹の魔物が女の子の前に姿を見せたのです。
『……』
鰐のような姿をした魔物は静かにこっちを見つめていました。
一方でアリサちゃんとエリリちゃんは大騒ぎ、何を言っているのかよくわからない悲鳴を上げ、一目散に逃げ出したのでした。
しかし、女の子は逃げませんでした。彼女にとってそれは日常茶飯事な出来事なのです。
「おはようございます、ワニさん」
女の子はお辞儀をしました。
『……』
鰐のような姿をした魔物は静かに女の子に歩み寄ります。
「今日は何の用で来ましたか?」
『……』
鰐のような姿をした魔物は返事をしてくれませんでしたが、口から木の実を吐き出してくれました。
その木の実は紫色の木の実で、甘くて瑞々しいことで有名な木の実でした。
どうやら、鰐のような姿をした魔物は女の子に木の実をプレゼントしてくれるようでした。
「ありがとうございます♡」
少し涎がついてはいたものの、魔物の好意が嬉しかった女の子は素直にお辞儀をしました。
女の子は紫色の木の実を拾い上げます。
――しかし、次の瞬間。
「……あっ」
――鰐のような姿をした魔物の脳天に矢が突き刺さったのです。
鰐のような姿をした魔物は一瞬身体を跳ねさせ、やがて動かなくなりました。
……魔物は死んでしまいました。
女の子が呆然と魔物の亡骸を眺めていると、沢山の大人たちが駆けつけました。
「……」
女の子は頭から血を流して絶命した魔物を無言で眺めます。
大人たちは女の子に怪我は無いかと気に掛けてくれます。
先に逃げたアリサちゃんとエリリちゃんも泣きながら、女の子を置いていったことを謝りました。
しかし、女の子の心は別のところにありました。
「……」
女の子は動かなくなった魔物をじっと見つめます。そして、思います。
……どうして、魔物が死ななければいけなかったのだろう?
女の子はそんなことを考えながら、大人達に手を引かれてその場を去りました。
……それからも同じようなことが何度も起きました。
雨の日も晴れの日も風の強い日も雪の日も朝も夜も誕生日も……魔物は女の子の下へと姿を見せました。
そして、その度にその魔物は村人によって駆逐されました。
これには流石に村人も違和感を覚えました。
何かが魔物を引き寄せている、その何かは女の子だ……そんな噂が村中に広まりました。
そんなある日、女の子の家に村長が足を運びました。
村長は重々しい面持ちで本題は語ります。
それは、女の子が魔物を引き寄せているという話。女の子は一度浄めた方がいいと話。それは村の倉に一月の間、籠り、食事を制限されるという話。
女の子は本当は嫌でしたが、両親の説得により一ヶ月間、倉に籠ることを受け入れました。
次の日、女の子は、水で身体を清め、村の倉に籠りました。
倉の中は暗く、僅かな隙間から射し込む外の光と積もった埃しかありませんでした。
食事は一日一食で、育ち盛りの女の子には足りていませんでした。
一日目にして女の子は帰りたくなりました。でも、家族を困らせたくなかったので我慢しました。
そんな生活が一週間が経ちました。
狭くて、暗い空間に閉じ込められるストレス、一日一食しかない食事。女の子の精神は限界を迎えていました。
まだ、齢八歳の少女に耐えられるものではありませんでした。
それでも、女の子は我慢します。もう、逃げ出す体力も無かったからです。
……それから更に二週間が経ちました。
女の子は酷く衰弱していました。
空腹のせいで眠れず、眠れないせいで空腹に苛まれ続けているのです。
ただ、静かに倉の隅で横たわっていました。
女の子の意識は朦朧としていて、最早起きているのか、寝ているのかもわからない状態でした。
――限界。
……女の子の頭の隅にはその文字が浮かび上がりました。
女の子は呪いました――彼女の運命を……。
どうして、自分が閉じ込められなければいけないのか。
どうして、自分がこんなにもお腹を空かせなければならないのか。
どうして、自分は呪われてしまっているのか。
……女の子は呪いました。
そして、思ってしまったのです。
――誰か、助けて。
それが、間違いでした。
「……?」
その変化はすぐに訪れました。
沢山の何かが一挙に押し寄せてくる。そんな感覚でした。
……何だか外が騒がしいな。
女の子はそう思いましたが、通気孔は高い場所にあったので外の景色を見ることができませんでした。
そして、外の騒ぎが始まって数分後――倉の壁が崩壊したのです。
慌てて壊れた壁から離れた女の子が見たのは――赤い竜の魔物でした。
『 助けに来たぞ――ドロシー=ローレンス 』
……赤い竜は腰を抜かした女の子にそう言ったのでした。




