第5話 『 〝暴食〟のギガルド=ヴァンデッド 』
――〝七つの大罪〟。
……それは七つあるとされる人の業。
怠惰。
色欲。
嫉妬。
憤怒。
強欲。
傲慢。
そして――〝暴食〟。
ギルドから聞いた話だが、この世界にはその七つの業を背負う者たちがいるそうだ。
それが〝七つの大罪〟――嘗てこの五大大陸で名を馳せた七人の大罪人である。
嘗て、政治・貿易・戦争あらゆることに関与せず、ひたすらに贅沢の限りを尽くし、国を滅亡へと誘った元国王――〝怠惰〟のブラトニー=キングストン。
嘗て、その美貌で大陸中の国王を惑わし、第三次大陸大戦の引き金となった蠱惑の皇女――〝色欲〟のリリア=マリアンヌ。
嘗て、夫の浮気を危惧する剰りに、都市中の女を虐殺した殺人鬼――〝嫉妬〟のローズ=レッド。
嘗て、母国を亡ぼされ、その憎しみのままに敵国へ単身で乗り込み、たった一人で国を亡ぼした復讐鬼――〝憤怒〟のグレゴリウス=アルデミー。
現在進行形で、この世の全てを手に入れようとする大陸最凶の盗賊、〝KOSMOS〟の頭――〝強欲〟の〝むかで〟。
現在進行形で、この世の全ての頂点に立ち、自他共に認めるこの世界を統べる絶対王――〝傲慢〟の〝白絵〟。
そして、嘗て、一つの村の動物・作物・人間を食いつくした食人鬼――……。
――〝暴食〟のギガルド=ヴァンデッド。
「……」
俺は咄嗟にギガルドと距離を空けた。
「確認していいか」
「……」
俺とギガルドの視線が交差する。
「……お前は俺の味方か? それとも――……」
その緊張は一瞬――……。
「……敵か?」
「……」
……ギガルドの返答は?
「 味方だよ 」
ギガルドが即答した。
「……即答かよ」
そんなギガルドの言葉とは裏腹に俺は警戒心を強くした。
「ていうよりはお前次第だよ」
ギガルドが付け加えた。
「お前が俺の敵なら俺はお前の敵だ。だが、お前は俺の命の恩人だ、だから敵じゃなければ俺はお前の味方だよ」
……けっ、結論をこっちに委ねやがった。
「……」
「……」
……静かに睨み合う俺とギガルド。
「くあー、わかったよ!」
俺は根負けして、視線を逸らした。
「俺はお前の敵じゃない、仲間だ、この深い霧に迷い込んだ運命共同体だ! それでいいか!」
俺の返答にギガルドが満足げに笑った。
「……よろしくな……相棒」
俺は最後だけギガルドの方を真っ直ぐと見て言った。
「おう、よろしくな」
ギガルドが手を差し伸べた。
「こちらこそ」
俺はその手を力強く握った。
……ギガルドの母国は一言で言うならば酷い国だった。
国王絶対主義のギガルドの母国は王族・貴族・平民・貧民に分けられており、王族・貴族は都で暮らし、平民・貧民は都の下に広がる〝労働地区〟と呼ばれる、石の壁で囲われた強制労働工場があったという。
そして、王族・貴族は怠惰の限りを尽くし、平民・貧民は5歳から働き、死ぬまで働かせさせ続けていた。そこには人権と呼べるものなどある筈も無かった。
ギガルドの祖父も祖母も母も妹も皆、過労で死んだ。しかし、王族は戦争で勝ち得た奴隷を〝労働地区〟へと送り込み、ただただ労働力を補充するだけだった。
石の壁を越えて逃げ出そうとした者たちもいた。しかし、彼らは皆平等に刺殺された。
まさに八方塞がりだ。だが、ギガルドの身に降り掛かった災難はそれだけではなかった。
――貿易相手だった某国と戦争が始まったのだ。
原因は茶葉の物価高騰といった些細なものであった。
しかし、問題は食料の輸入がその貿易相手からの輸入に依存していたということであった。
当然のことながら某国からの輸出入はストップし、国内の食料受給率が急降下したのであった。
幸い、貯蓄はあったがそれは王族や貴族に優先的に回され、平民や貧民には行き届くことは無かった。
〝労働地区〟は空前の飢餓に見舞われ、次々と栄養失調で倒れ、やがて餓死していった。
ギガルドの家族や友も皆、餓死した。
やがて、戦争は母国の勝利にて終決したものの、〝労働地区〟で生き残っていたのは――ギガルドだけだった。
家族や友・見知らぬ区民・家畜は皆、死んでしまったのだ。
ギガルドだけが生き残った……家族や友・見知らぬ区民・家畜の死体をギガルドは食し、その命を繋いだからだ。
それから平民・貧民を見殺しにした王族・貴族に復讐すべく、ギガルドは単身で石の壁を越え、兵隊を薙ぎ倒し、全員虐殺したのだ。
一万を超える人の魔力を喰らい、〝魔喰〟によってそれらをその身に取り込んだギガルドにとっては簡単なことだった。
……復讐はあっさりと終わった。しかし、ギガルドには何も残っていなかった。
家族や友は死に、復讐相手も死んでしまったギガルドは空っぽになった。
そんなギガルドは自身の空洞を埋めるために生き甲斐探しの旅に出ていたのであった。
「……悪いな、疑って」
「……」
俺はギガルドに頭を下げた。
「好きで人を食った訳じゃなかったんだな、それなのに噂だけであんたを疑っちまった」
それは酷いことだと思ったから俺は謝った。
「だから、ごめん」
「……」
謝る俺の旋毛をギガルドが無言で見下ろす。
「別に謝んなくたっていいよ」
ギガルドが素っ気ない返事をした。
「俺が人を食ったのは事実だし、それで生き残っているってのも事実だ」
ギガルドの声は何処か淋しげで、不器用ながらも優しさのある声だった。
「だから同情はしてくれるな、この世界は弱肉強食で、俺の家族や王族共が弱者でそいつらより強かった俺が食っただけなんだ」
弱肉強食――その言葉の重みを知るにはまだ俺は若すぎた。
「だから謝らないでくれ――ただ」
ギガルドが優しげに笑った。
「謝ってくれたことは嬉しかったよ、ありがとな」
「……」
そう笑うギガルドに俺は何も言い返すことができなかった。
でも、一つだけ断言できることがあった。
ギガルドとならきっと上手くやれる。一緒に旅をすればそれはきっと楽しい旅になる。
……そう、俺は思った。
……………………。
…………。
……。
……そして、俺とギガルドははぐれた。
「 また!? 」
俺は深い霧の中、一人突っ込んだ。
ギガルドとならきっと上手くやれる。一緒に旅をすればそれはきっと楽しい旅になる……それは嘘じゃない。
ま っ 、 一 緒 に 旅 が で き れ ば ね !
まさか、ギルドに続いてギガルドとともはぐれることになるとは……〝選別の谷〟恐るべし。
「まっ、いつかどこかであえるだろう」
俺は楽天的な気持ちに切り替えて、再び霧の中を突き進んだ。
しかし、そこでふと俺は問題に気がついた。
それはギルドやギガルドともはぐれた俺は一人になり、俺はクソ雑魚勇者であるということである。
ギルドとはぐれたときは魔物が居なかった為問題は無かったが、先程大蜘蛛が出現したことにより、この谷に魔物がいることが発覚したのだ。
もし、だ。
今、ギルドやギガルドがいない状態で魔物と遭遇したならば俺はそいつと戦わないといけないのだ。
――たった一人で……。
「 おや、客人とは珍しいねぇ 」
……霧の中から声が聴こえた。
「……っ!」
……心臓が止まるかと思った。
「ホッホッホッ、そうそう怯えなさんな、別に食ってやろうとなどとは思ってはいないよ」
霧の中から人影が姿を見せる。
「初めまして、旅人さんや」
それは兎の耳――
「私は魔剣、〝SOC〟を生み出した魔剣の刀鍛冶師」
――を頭に生やした白髪・白髭の老人であった。
「 〝刀匠〟、カグラ 」
……ウサミミの老人が深くお辞儀をした。