第75話 『 鴉外伝 ~カーテンフォール~ 』
「 失望したよ、〝からす〟 」
……窮地に駆けつけてくれた〝むかで〟がそう静かに吐き捨てた。
「ちっ、違うんだ、〝むかで〟! 今回はちょっと油断しただけ――……」
「 黙れ 」
「……っ!」
――〝むかで〟の静かな覇気に気圧されて、思わず俺の肩が跳ね上がった。
「……ごめん、〝むかで〟」
「……」
俺は謝った。しかし、〝むかで〟は既に〝黒土〟の方へと意識を向けていた。
「……〝黒鱗〟はわたしの最強の一撃、それを容易く凌いだあなたは何者なのでしょうか?」
「……」
〝黒土〟の質問に〝むかで〟は沈黙で返した。
「……無視、ですか」
「……」
「……」
「……」
……沈黙する両者。
「やっちゃってください――〝麗羽〟」
――〝黒土〟の一言で〝麗羽〟の脚に黒いエネルギーが凝縮する。
「 遅いな 」
……それは刹那のこと。
「 えっ
……? 」
――斬ッッッッッッッッッッッッ……!
……最速の百足、蟲龍弐式――〝雷〟によって〝黒土〟と〝麗羽〟が横一閃、一刀両断された。
「……くくっ、やはりただの人形だったな」
「どういうこと?」
〝むかで〟の一言に俺は視線を〝黒土〟に向ける。
「……あっ!?」
俺は思わず驚嘆の声を漏らした。
……一刀両断された筈の〝黒土〟がまるで泥人形のように崩れ落ちたからだ。
〝黒の隣人〟……こんなことまでできるのか。
「これで勝ったと思わないでください」
――声が聴こえた……足下からだ。
「……何だ、これ?」
地面に水溜まりのように広がる黒い液体に小さな口があった。
……どうやら〝黒土〟はこの黒い水を媒介に会話をしているようだった。
「わたし達、〝魔将十絵〟はいつでもあなた達の命を狙っています」
「……」
〝黒土〟は流暢に語り、〝むかで〟は静聴していた。
「あなた方の命は常に〝白絵〟様の掌の上にあることを忘れず――……」
――踏ッッッ……! 〝むかで〟が黒い水溜まりの口を踏み潰した。
「受けて立つよ、〝魔将十絵〟。それでも、勝つのは俺だがな」
それから黒い水溜まりが再び口を開けることはなかった。
「……」
沈黙する〝むかで〟。
「……〝むかで〟」
俺は作戦のミスを謝る為に、〝むかで〟に駆け寄った。
「何だ、その無様な姿は」
その一声に俺は思わず足を止めた。
「やはりお前は非力な籠の鳥……期待した俺が間違っていたよ」
「……」
返す言葉も見つからない俺は俯く他なかった。
「直に街の自警団もやってくる、さっさとこの場を立ち去るぞ」
〝むかで〟は〝共鳴石〟を片手に、裏口の方へと歩きだした。
俺はその背中を追った。他に居場所などある筈もないからだ。
「……」
「……」
無言で街を駆け抜ける〝むかで〟とそれを追う俺。
屋根から屋根へと跳躍し、夜の街を駆け抜ける。
……俺はただただ悔しかった。
俺には〝KOSMOS〟しか無くて、その〝KOSMOS〟に弱者は要らないからだ。
何より、命の恩人である〝むかで〟を失望させてしまった。それが何よりも辛かった。
……俺は弱い。
それが真実だった。
「……ちくしょう」
……俺は〝むかで〟に聞かれないように小さく呟いた。