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  第4話  『 七つの大罪 』



 「 何にも見えねぇ 」


 ……白くて濃い霧の中、俺は霧に対して毒づいた。

 俺とギルドは魔剣――〝スピリット・オブ・クラウン〟を手に入れる為に〝選別の谷〟の地を踏みしめていた。

 にしても本当に霧が濃いなー、数メートル先すら見えねぇじゃねーか。

 しかし、濃い霧ってやつもけっして悪いことばかりでもない。


 「それにしても」


 はぐれないように俺のすぐ側を歩くギルドがそう切り出した。


 「魔物、いないですねー」

 「そうだな」


 ……そう、この〝選別の谷〟、なんと魔物が一匹も姿を見せていないのだ。

 まっ、それはそれで楽なので問題はないが……。

 しかし、魔物はいないが霧は濃い。ギルドと離れないようにしないとな。


 「はぐれるなよ、ギルド」

 「大丈夫ですよー」


 ギルドはヘラヘラ笑いながら歩く。


 「 そんなに心配なら手を繋いで歩きますか? 」


 ……えっ?


 ……それって、所謂、シェイクハンド?


 「 う 」


 「 そ 」


 ……ギルドが冗談っぽく笑った。


 「もしかして期待してましたか?」


 「別に」


 小悪魔な笑みを浮かべるギルドに、俺は即答した。


 「ふーん」

 「……」


 ……ごめん、ちょっとだけ期待してました。言わないけど。


 「そういえば一つ気になることがあるんだが」


 何か不利になるような気がしたので、俺は話題を変えることにした。


 「この前、魔法を発動するとき詠唱唱えたり、詠唱無しで魔法を発動してたりしてたけど、何か違うのか?」


 これは純粋な疑問であった。


 「うーん、詠唱はあっても無くても魔法は使えるんですよ」

 「じゃあ、何で唱えることもあるんだ?」

 「カッコいいからですよ」


 ……えぇっ! それだけ!?


 「嘘ですよ」

 「……だよな」


 普通に騙された。


 「詠唱は、数学における筆算に値します。数学が暗算より筆算の方が正確な答えが出せるように、魔法も無詠唱より詠唱魔法の方が正確に発動できるんですよ」

 「……正確にって、何を?」

 「火力・範囲・形状等です」


 俺はギルドと黒魔女の護衛との戦いを振り返った。


 (……確か、最初はギルドの速攻からだったな)


 しかし、疑問も浮かぶ。


 (……あのときの速攻は詠唱魔法だったけど、何で速攻なのにわざわざ詠唱を唱えたんだろう)


 普通なら速度を優先して、無詠唱魔法を使うべきであった。


 「まだ、人が残っていたからです」


 ……それがギルドの答えであった。


 「詠唱には発動したい火力を、発動したい範囲に発動させる効果があるんです。だから、わたしは住民に被害が及ばない威力と範囲に技を絞ったんです」

 「……なるほど。じゃあ、全力でぶっぱなすときには必要ないのか?」

 「そうとも言えますが、そうとも言い切れません」


 ……どっちだ。


 「言葉通りの意味です。確かに、普通に全力で放つ分には必要ありませんが、初めてだったり、使い慣れていない魔法を使うときに詠唱しなかったりすれば、魔法が不発することもあるんです」

 「なるほどな」


 要は、不慣れな魔法を使ったり、手加減したりするときに使うようである。


 「ありがとな、分かりやすかったよ」

 「お安い御用です☆」


 ギルドがどや顔で胸を張った。


 「それにしてもまた、霧が濃くなったな」

 「そうですねー」


 徐々に濃くなった霧によって、俺は度々、ギルドを見失った。


 「はぐれるなよー」


 一度はぐれたら、再会するのは難しそうであった。


 「わかってますよー」


 俺が釘を刺し、ギルドが言われなくてもわかっていると言わんばかりに唇を尖らせた。


 ……………………。

 …………。

 ……。


 ……そして、俺とギルドははぐれた。


 「結局はぐれちゃったの!?」


 俺は一人虚しく突っ込んだ。

 あのやり取りから五分後、俺とギルドは見事にはぐれた。

 一応、何度かギルドの名前を呼んでみたものの返事が無かった為、俺は一人、霧の中で立ち尽くしていた。


 「ギルドー、いるなら返事をしてくれー」


 ……沈黙。


 「さてと」


 どうしよう。

 ……戻るか。

 ……進むか。

 ……もしくは待ち続けるか。


 「よし、進むか」


 それが俺の選択だった。

 考えるよりも前に進め……というより、この霧の中で一人立ち往生するのは何だか恐かったからだけなんだが。

 そんな訳で俺は止めていた足を再び前へ動かした。


 ――ぎゅむっ……あっ、何か踏んだ。


 ……俺は恐る恐る視線を足下へ滑らせた。


 ――そこには人の顔があった。


 「ひっ、人だァーーーーーーーーーッッッ!」


 ……俺は叫んだ。


 「……うっ……うう」


 そして、その人は低い声で唸った。


 「いっ、生きてるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……!」


 ……俺の悲鳴が〝選別の谷〟に響き渡った。


 ……………………。

 …………。

 ……。


 「 あー、助かった、助かった! 」


 ……俺の目の前に座る大男が干し肉を噛み千切りながらガハハッと笑った。


 「助けてくれてありがとな……あー、何だっけ?」

 「あっ、タツタだ」

 「おう、ありがとな! タツタ!」


 そう言って大男が再びガハハッと笑った。


 「……あー、一ついいか」


 大男は友好的だが、如何せん人相が悪すぎてついつい引け腰になってしまう。


 「何故、こんな場所で倒れてたんだ」


 ……大事なことなので。


 「あー、旅の途中でな。だが、生憎この霧で道に迷って腹を空かせていたんだ」

 「へえー」


 ギガルドの返答に俺は気の抜けた声で返した。


 そ ん な と き だ 。


 ――俺と大男の座る地面に影が差す。


 「 !? 」


 俺は咄嗟に視線を上げた。

 そこには――……。


 『 ガギガッ 』


 ……巨大な蜘蛛がいた。

 その体長およそ十メートルを超えており、全身は鋼のような皮膚で覆われていた。

 ――でかい!? 動転した俺にそれ以外の言葉が頭に浮かばなかった。

 とんだ誤算だ。この谷に魔物はいないんじゃなかった――ただ、出てこなかっただけだったんだ。

 とにかく逃げないと! こんな大蜘蛛相手にできるわけがない!


 「……って、オイ。何やってんだ」


 逃げ出そうとした俺は大蜘蛛なんて気にかけずに干し肉を食べ続ける大男に思わず突っ込んだ。


 「……ん? 何って干し肉食ってるだけだが」


 ……そうじゃない。何故、こんな巨大な蜘蛛を目の前にして呑気に干し肉を食えるんだよ。


 「とにかく逃げるぞ!」

 「……えっ? 何で?」


 ……駄目だ、コイツ。


 『ガギガッ』


 大蜘蛛が巨大な脚を振り上げた。


 「……!?」


 ――来る!


 ……そして、巨大な脚が大男目掛けて振り下ろされた。







 ――グシャッッッ……! 何かが破壊された音が鈍く響いた。



 「……嘘だろ?」


 ……俺は目の前の光景に思わず息を呑んだ。

 だってそうだろ?

 大蜘蛛が巨大な脚を大男に振り下ろした。

 大男は何もせずにただただ干し肉を食べていた。


 な の に だ 。


 「……あーあ、汚ねェ液撒き散らしやがって」


 ……大男は生きていた。


 し か も だ 。


 『 ガギッ? 』


 ――振り下ろされた大蜘蛛の脚がグチャグチャに潰れていた。


 『ガギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ……!』


 大蜘蛛が長い長い悲鳴を上げた。

 ……一体、何が起こったんだ。


 「決めたぜ、蜘蛛野郎」


 大男がスッと立ち上がり、大蜘蛛の方を睨み付けた。


 「今日の晩餐はてめェだ」


 ――大蜘蛛がヤケクソ気味に大男に突進した。


 「 で? 」



 ――超・炸・裂! ただのパンチが大蜘蛛に叩き込まれ、大蜘蛛もこれには堪らず粉々に砕け散った。



 「だからどうした?」


 大男が不敵に笑った。


 「さ・て・と♪」


 大男は軽い足取りで大蜘蛛の残骸まで歩み寄った。


 「オイ、何をする気だ」

 「……何ってそりゃあ」


 大男は大蜘蛛の残骸の欠片を拾い、それを口まで運ぶ。


 「 喰うに決まってんだろ 」


 ――バクッ……! 大男は火も通してない大蜘蛛の残骸を食べた。


 「……食いやがった」


 俺は目の前の光景に思わず後退りした。

 ……そして、この大男の異常はこれからだった。


 「……魔力が上がりやがった」


 ……そう、大男の魔力が上がったのだ。


 「当然だ。俺の〝異能キ 〟は喰らった魔物の魔力をそのまま俺の肉体に上乗せする捕食の力――〝マギアイーター〟だからな」


 大男は喰らう、大蜘蛛を……これじゃあ、どっちが化け物かわかったもんじゃないな。


 「ゲプッ、ふう、腹一杯になったな」


 大男は口元を拭って俺の方を見た。


 「……お前……何者?」


 俺は声を震わせて、やっとのことでその質問ができた。


 「おっ、悪いな。名乗り忘れてたよ」


 大男は人懐っこい笑みを浮かべた。



 「 俺の名前はギガルド、〝七つの大罪〟の一人、〝暴食〟のギガルド=ヴァンデッドだ 」



 ――〝暴食〟のギガルド=ヴァンデッド。



 「よろしくな、相棒」


 ……それは嘗て、一つの村の動物・作物・人間を食いつくした食人鬼の名前であった。


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