第68話 『 依怙贔屓 』
「 誰か助けてーーーッ! 」
……女の子の悲鳴が寒空の下、響き渡った。
「……何だ!?」
俺達は立ち上がり、周囲を見渡す。
……そこには見渡す限り広がる雪原だけしかなかった。
「タツタ様、あちらです!」
叫んだのはドロシーであった。
俺はドロシーの指差す方向へと視線を走らせる。そこには――……。
「……オオ……カミ?」
……毛色の真っ白な狼が数匹いた。
しかし、問題はそこではない。
そう、問題は――その狼が女の子を襲っていたということだ。
「マジかよっ!」
俺は咄嗟に雪原へ踏み出し、狼と少女の下へ駆け出した。
何か知らんが、少女は狼に教われていて、少女は助けを求めているようだ。
ならば助けない由は無いだろう。
俺は〝SOC〟を握り締めて飛び出した。
「 待ってくれッッッ……! 」
……怒鳴られた。それももの凄くでかい声でだ。
「何だよっ……!」
声の先には分厚いコートを着た中年のオッサンが立っていた。
「そこを動くんじゃない!」
「……? 何でだよ」
早く行かないと女の子が死んじまうぞ。
「〝黒牙〟様には逆らってはいけないからだ!」
「でも、助けないとあの女の子が死ぬぞ!」
「掟だからだ!」
「……意味わかんねーよ」
……相手にしてらんねぇ。俺はオッサンの忠告を無視して女の子の方を向き直った。
「 駄目だッッッ! 」
――オッサンが鬼のような形相で俺の前に立ちはだかる。
「行ってはならんッッッ……!」
「退けよ! あの女の子が死んじまうぞ!」
「それはできない!」
俺も負けじと大声で怒鳴ったがオッサンは引かない。
「掟を破れば部族の者に殺されてしまうんだよ! 家族皆が!」
「……!?」
何だよ、そのふざけた掟は。
「あいつは俺の娘だ! だが、俺には女房と息子が二人いるんだよ! 守らないといけないんだよ!」
……実の娘を助けちゃいけない?
……助ければ家族皆殺し?
「 お父さん、助けてよ! 」
女の子が泣いている。
〝黒牙〟が必死に振り払う少女の腕をその爪で深く抉っている。
少女の鮮血が真白を赤く染めている。
「頼む! 手を出さないでくれ!」
「……っ」
……何だよ、それ。
どうして、あの女の子が死なないといけないんだよ。
どうして、それを実の父親が見捨てないといけないんだよ。
「お父さん!」
「お願いします! お願いします!」
「助けて! 痛いよ! 助けて、お父さん!」
「お願いします! お願いします!」
……女の子の悲鳴と父親の懇願の声が俺の鼓膜を揺する。
――所詮、この世は弱肉強食。
……頭の中で声が聴こえた。〝白絵〟の声だ。
――弱者は肉となり、強者はそれを喰らう。
……ノイズが脳髄に響く。
――皆逃れようなく。
……間違っていたのは俺なのだと諭す。
……そうだ。
……仕方ないじゃないか。
……掟なんだ。
……助けたら家族皆殺しなんだ。
……仕方ないんだ。
……仕方ないじゃないか。
……仕方な――……。
「 助けて! 」
――なくなんかないだろ!
……女の子が助けてと言っているんだ。
……俺には彼女を守る力があるんだ。
……なら、助けないなんて嘘だろ?
「……弱肉強者」
……強者が弱者を支配するっていうなら。
「だったら俺が全てを捩じ伏せればいい」
……どんな理不尽も、
……どんな残酷に現実も、
――捩じ伏せる。
「 俺が 」
強 者 だ 。
――〝黒牙〟が女の子の喉元に牙を向ける。
――女の子が悲鳴を上げる。
――父親が俺に懇願し続ける。
――俺は既に姿を消していた。
――ガキイィィィィィィィンッッッ……!
……鋼と鋼がぶつかり合う音が雪原にこだました。
「……悪いな」
……静寂が雪原を支配する。
「俺、ニートだからよ」
……女の子の父親が目の前の光景に絶句する。何故?
「掟とかルールとか難しいことわかんねェんだ」
……俺が女の子と〝黒牙〟の間に割り込み、〝SOC〟で〝黒牙〟の牙を受け止めていたからだ。
「だけどよ」
俺は〝SOC〟で〝黒牙〟を押し返す。
「ここで女の子を見殺しにするなんて依怙贔屓」
……押し返す。
「俺のルールブックには書いてねェんだよ」
――斬ッッッッッッ……! 俺は〝黒牙〟を一刀両断した。
「本気で掛かって来いよ、犬コロ」
俺は残りの〝黒牙〟に向かって〝SOC〟の切っ先を向ける。
「てめェらの天下は今日で終わる……!」
……俺は〝黒牙〟の群にそう宣戦布告した。