第66話 『 鯱 』
「 おっひさー♪ 元気にしてたかなー♪ 」
……そう親しげに手のひらをひらひらと振る糸目の青年は、大陸最凶の盗賊団――〝KOSMOS〟の一人、〝しゃち〟である。
「……お前、何でこんなところに?」
俺は咄嗟に〝SOC〟に手を伸ばし、神妙に問うた。
「 欲しいものがあるんだ♪ 」
……しかし、俺は〝SOC〟を抜くことができなかった。
「 !? 」
何故なら〝しゃち〟は既に俺の目の前に立ち、〝SOC〟の柄に手を当てていたからだ。
……見えなかった。それほどにまで〝しゃち〟は速く、そして静かであった。
「……騒がないでおくれよ、今騒ぎを起こしたくないんだ」
「……」
俺はせめて気持ちだけでも負けないよう、視線だけは逸らさなかった。
「怖い顔しないでおくれ、別に僕の目的は君達ではないんだからね」
「……どういうことだ?」
確かに〝しゃち〟から敵意や殺意は感じられなかった。
「僕はこの土地で欲しいものがあるんだ、だから、その為に丁度昨日、僕も〝灰色狼〟に入族したんだ」
「欲しいものって何だ?」
「ヒ・ミ・ツ♡」
……殴りたい。
「そんな訳で僕は君達には用は無いんだよ。と言うわけで、お互いに不干渉でいてもいいんじゃないかな?」
〝しゃち〟はそう言って静かに身を引いた。
「……」
俺は抜刀できるようになったが、柄に触れる右手をそのまま下ろした。
「わかった、そうしよう」
〝しゃち〟を信頼しているというわけではないが、奴が格上であり、戦わないと言う以上、俺達に戦う由はなかった。
「君達は運が良かったね、今日出会ったのが僕で」
〝しゃち〟が背中を向けて歩き出す。
「僕達、〝KOSMOS〟は自分が欲しいものしか奪わない……団員同士の貸し借りで手を貸すことはあるけど」
……〝しゃち〟の言う貸し借りとは、以前ニアの魔導書を奪いに来たときに〝おにぐも〟と手を組んでいたときのことを言っているのかもしれない。
「だから、もし武器コレクターの〝おにぐも〟と出会えば君の〝SOC〟が狙われていただろうし、我らが団長〝むかで〟やルーキーの〝からす〟に限っては価値のあるもの見境なく手に入れようとするからね」
……〝からす〟、懐かしい名前だな。確かにアイツにはフレイを狙われた借りがあったな。
「その幸運大事にするんだよ」
「……」
余計なお世話だよ、俺は無言で返した。
「あっ、そういえば」
……〝しゃち〟がふと足を止めた。
「ニア=アクアラインはどうしたのかな?」
「……」
……チッ、俺は心中で舌打ちをした。
「死んだよ」
「……そう」
俺の返答に〝しゃち〟は、「それは残念だったよ」とだけ呟き、白い雪原に姿を消した。
「……クソったれ」
……俺は雪原の上、静かに呟いた。
……それから俺たちはきりたんぽ鍋のようなものをご馳走され、それなりに楽しい時間を過ごして、今日は暖炉のある寝床で眠りに着いた。
「……タツタさん」
川の字になって寝る俺達。ギルドが俺の方に身を寄せてきた。
「……何かあったのか、ギルド」
「いえ、大したことではないんですが」
「じゃあ、話さなくていいよ」
「辛辣すぎ!」
ギルド超ショック。
「ウソウソ、何でも言ってくれ」
「もーいいですー、わたしは向こうで寝てますからー」
……あっ、拗ねた。
「と、言うのは冗談でー☆」
……拗ねたり、笑ったり忙しい奴だな。
ギルドは「あー、ごほん」と一間を空けて、本題に入った。
「これからどうするんですか?」
「これからって?」
「明日からですよ」
「ああー」
……そういえば、試験が終わってからバタバタしていて、明日以降の動きを話し合っていなかったな。
「そうだな、クルツェは俺達に永住する気が無いってのをわかっているみたいだし、素直に〝氷の花園〟への近道でも訊いてみようと思うよ」
「なるほど、わかりました」
てか、永住する気も無い人間でも試験さえ合格すれば土地へ入ることができるって、正直、試験の本質が破綻しているような気がするんだが……。
更に言えば、白い牙の民か黒い牙の民に嘘でも入族すると言えば、試験とかしなくても大陸を横断できた気がするんだよなぁ。
……何だ、この穴ぼこ制度。
「こんなテキトーな制度でお前ら今までよくやってこれたなー」
俺は元々ノスタル大陸出身だったらしいギルドに同情した。
「……? わたし、この大陸に来たの初めてですよ?」
……ん?
「……えっ?」
「……えっ?」
……どうやらお互いに認識の齟齬があるようである。
「……えっ、お前って確か、雪の降る町で生まれ育ったんじゃなかったのか?」
「ええ、そうですけど、わたしは〝南の大陸群〟のノスタル大陸ではなくて、〝北の大陸群〟で生まれたんですよ」
…… 大陸群? 何それ、初耳なんだが。
「この五大大陸――〝南の大陸群〟の反対側の海には〝北の大陸群〟がありまして、わたしはそこで生まれ育ったんです」
……偉く世界環が拡がったな。
「わたしはアークが〝南の大陸群〟にいると人伝に聞いて、アークに会うためにここまで渡航したんです」
……マジで。
「そうなのか」
「そうなんですよー」
俺はアホみたいに口を開けて感心し、ギルドが拗ねたように唇を尖らせた。
「……」
「……」
互いの顔を見合わせて沈黙する俺達。
「くくっ」
「ふふっ」
……そして、静かに笑い合った。
「一緒にいてもわからなかったことって結構あるんだな」
「そうですね」
俺はギルドのことをまだよくわかっていないのかもしれない。
ギルドとアークの確執もギルドからではなくアークから聞いているし、時々顔を覗かせるギルドの暗い表情もよくわからないし、今どれだけ強くなっているのかもよくわかっていなかった。
「まあ、何だ。俺も訊くからさ、ギルドも俺に話したいこととか話してくれないかな」
……だから、知りたかった。
大切な仲間のこと、
ギルドのこと、
――もっと知りたかった。
「はい」
俺の申し出にギルドが即答してくれた。
「そう言ってくれると助かるよ」
「ふふっ」
「……何で笑うんだよ」
「照れ笑いですー☆」
……ここで照れるのか。乙女心はよくわからないな。
「じゃあ、改めてよろしくな――ギルド」
「はいです☆」
……俺とギルドは一度拳をぶつけ合って、元の場所に戻っていった。
直に始まる、極寒の冒険に備えて……。




