第52話 『 たった一人で 』
「 ギルドォォォォォォォォッッッ……! 」
……俺の伸ばした手は虚しく空を切った。
「タツタくん、しゃがんで!」
そんなカノンの声を辛うじて聞き取ることができた。
俺は身を屈ませ、そんな俺の頭上に青い弾道が突き抜けた。
「……馬鹿な、女ごと撃つ気か」
「 曲がれ 」
水 旋
――青い弾丸が急激にカーブを描き、ギルドをかわして〝鎖威〟の腕を貫いた。
「曲がる弾丸……!」
「 ビンゴ♪ 」
――一瞬の隙。〝鎖威〟が〝水旋〟に気を取られている隙にカノンが〝鎖威〟の間合いを制圧した。
「 !? 」
「 〝憑依弾丸〟 」
装填 、 〝破王砲〟 !
――カノンの拳が〝鎖威〟の土手っ腹に炸裂した。
「 〝解放〟 」
――〝鎖威〟が豪快に吹っ飛ばされた。
しかし、〝鎖威〟は体勢を立て直して、靴の踵を磨り減らしながらも綺麗に着地した。
「……なるほどね」
カノンが一人納得した。
「その異常な耐久性は魔力を通した鎖で自身の身体を覆っているからこそなんだね」
道理で〝灼煌〟を受けて平然としていたわけだ。
しかし、今はそれどころじゃない!
ギルドが腹に風穴を空けられたんだぞ。とにかく、さっさと治療しないと!
俺はカノンの足下に横たわるギルドに駆け寄った。
「……っ!」
……酷い出血だった。
しかし、傷口はほとんど塞がっており、現在進行形での出血はそれほどではない。何より辛うじて意識はあった。
よく見ると、ギルドは治癒魔法で止血をしていたのだ。
……凄い精神力だ。腹に風穴を空けられながらも自分で処置するなんて相当の精神力がなければ成し得ない芸当だろう。
それでも、如何に治癒魔法を以てしても失われた血液は再生できないのだ。
いずれにせよ、ギルドの状態が危険なものである事実は変わらない。
「タツタくん」
「何だ、カノン」
カノンが〝鎖威〟の方へ銃口を向けたまま俺に話し掛けてくる。
「〝鎖威〟は僕に任せて、タツタくんはギルドさんとドロシーさんを安全な場所へ」
「……一人で大丈夫か」
なんせ〝鎖威〟は強敵だ。いくらカノンが強くなろうとも一人で戦える相手ではない。
「 任せて 」
……そうだな。できるできないじゃない、やらなきゃいけないんだ。
カノンは〝鎖威〟を足止めする。
俺はギルドとドロシーを安全な場所へ運び、できる限り迅速にカノンと合流する。
各々に割り振られた仕事は違うが、俺たち以外に人がいない今、俺たちがやらなければいけない。泣き言など言ってられないのだ。
「カノン」
「……タツタくん?」
俺はカノンの肩を叩いた。
「 生きろよ 」
「 できればそうしたいね 」
俺はギルドを背負い、カノンに背を向けて走り出す。
「少し揺れるが我慢してくれよ」
「……すみません……タツタさん」
「謝んなよ、仲間だろ」
俺は少し離れた茂みまでギルドを運んだ。
「ドロシー、悪いが少しの間、ギルドを頼めるか?」
「はいっ」
ギルドはドロシーに任せよう。とにかく、今はカノンど合流して、〝鎖威〟を倒すのが先決だ。
「……すみません」
「だから謝んなよ、寧ろ助けてもらったのは俺の方さ」
「でも」
「でも、じゃねェよ、馬鹿」
俺はギルドにマントを掛けてやった。
「すぐ帰るよ、そしたらなるべく旨いもん食わせてくれ……それで手打ちというのはどうだ?」
「……」
「……何だよ、不満か」
「ふふっ、そんなことありません。腕によりをかけて作ります」
「おう、楽しみにしてるよ」
それだけ言って、俺はギルドとドロシーに背を向けた。
ここから先は男の戦いだ。俺は気を引き締めて、カノンと〝鎖威〟が戦う場所へと駆け出した。
〝鎖威〟は強敵だ。恐らく、今の俺では十中八九勝てないだろう。
しかし、俺にはカノンがいる。
悔しいがカノンは俺よりも強い。ニアの修行で全域バトルスタイルを身につけ、〝第2形態〟を修得したカノンは俺と出会った頃よりも遥かに強くなっているだろう。
そう、二人なら勝てる。
……勝てる筈だ。
「 ははっ、馬鹿だなぁ 」
……〝白絵〟の声が茂みの先に聴こえた。
俺は咄嗟に静止し、茂みの隙間からその先の景色を覗いた。そこには――……。
「怪我人なんて放っておいて、二人で戦えばよかったのに」
……満身創痍で地を這いつくばるカノンとそれを見下ろす〝白絵〟と〝鎖威〟がそこにはいた。
「……!?」
……嘘だろ? カノンが負けたのか?
「……」
……落ち着け。
「……」
……落ち着け。
「……カノンを助けないと」
……でも、どうやって?
〝白絵〟が手を出さないと言っても依然として〝鎖威〟は臨戦態勢にあった。
カノンは俺よりも強い、〝鎖威〟はそのカノンよりも強い。
「……勝てるのか?」
……俺、一人で?