第2話 『 強くなりたい。 』
「「……〝空門〟?」」
……二人が首を傾げた。
まあ、言ったって知らないよな。別に有名人ってほどじゃねェし。
「……あなたはタツタさんでは無いんですか?」
ギルドが訊ねる。
「俺はタツタでもあり〝空門〟でもあるんだぜ」
「それってどういうことでしょうか?」
「それは――……」
――ジャララッ、鎖が擦れる音が聴こえた。
「 〝錨月〟! 」
〝錨月〟が俺の目の前まで迫っていた。
「……不意討ちか」
――俺は片手で〝錨月〟を受け止めた。
「ちっちぇな」
「また素手でっ!」
俺は完全に静止した〝錨月〟を地面に投げ捨てた。
「おい、お前ら。面倒くせーから二人まとめて掛かって来な」
俺はMs.ムーンを煽る。
……あれ? あと一人は?
「 言われなくとも♡ 」
――Mr.サニーが俺の真横に滑り込んでいた。
「あっ――……」
……これ、かわすまでもないな。
「死ね!」
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――大爆発が俺に炸裂した。
「殺った……!」
「 殺ったと思ったか? 」
――粉塵から俺は腕を伸ばした。
「――」
「 甘ェんだよ 」
俺の右手がMr.サニーの首を鷲掴みした。
「 掴 え
ま たァ 」
タツタならともかく、今の俺にはこの程度の攻撃は効かないんだよなぁ。
「 日日日っ♪ 」
……だが、Mr.サニーが笑っていた。
「これはただのだ・ん・ま・く♡」
「……あ゛っ?」
――トンッ、俺の背後に何者かが滑り込んだ。
「 月光一閃 」
「殺れ! Ms.ムーン!」
……サーベルを構えたMs.ムーンだった。
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――超速の抜刀が俺に放たれ
「 残念だが 」
……俺はその刃を素手で受け止めていた。
「 それじゃあ俺は斬れないな 」
俺はMr.サニーから手を離して、Ms.ムーンに拳を振りかぶった。
「 〝月の盾〟! 」
Ms.ムーンが満月の盾を展開する。
「 ぶち抜くぜ 」
――ドッッッッッ……! 俺の拳は満月の盾を突き破り、Ms.ムーンの顔面に叩き込まれ、奴を遥か彼方へ吹っ飛ばした。
「――ッッッッッッ……!」
Ms.ムーンの身体は地面を何度かバウンドして、民家を突き破る。
「Ms.ムーンッッッ……!」
――Mr.サニーが激情に身を任せて、俺に飛び掛かった。
「殺してやる! 殺してやる!」
Mr.サニーが両手に炎をまとい、殴りかかる。
「殺してやるぞ! カラアゲタツタ!」
炎の拳が俺の目と鼻先まで迫る。
「……」
――ゴッッッッッッッッ……! しかし、奴の拳が届くよりも速く、俺の拳はMr.サニーの顔面に叩き込まれ、奴を勢いよく地面に叩きつけた。
「 〝空門〟だ、間違えんなよ 」
「くはッッッ……!」
Mr.サニーは吐血し、すぐに沈黙した。
「何だ……こんなもんかよ」
俺は瓦礫に埋もれたまま動かないMs.ムーンと足下で沈黙するMr.サニーを見下ろし呟く。
「お前ら弱いな」
……はっきり言って俺と奴等では格が違いすぎた。
「物足りねェ、全然足りねェよ」
……俺はもっともっと戦いたかった。
「さあ、立てよ!」
俺は笑う。
「もっと俺を楽しませろよ……!」
……笑う。
「 その辺にしておいてくれないか、〝空門〟 」
……その声は屋根の上から聴こえた。
『――っ』
俺だけではない、ここにいる全ての者が言葉を失った。
「お前は――〝白絵〟!」
そいつは中性的な顔立ちで、
漆黒のマントをなびかせ、
真白の長髪を揺らしていた。
「おや? 覚えてたんだ」
とんっ、そいつはまるで重力なんて無いように、ゆっくりと着地した。
「……忘れる訳ねェだろ」
……そう、忘れる筈がなかった。なんせ奴は――……。
「 俺はお前に殺されたんだからな……! 」
「だっけ?」
奴は俺の殺意を聞き流す。やっぱり気に入らねェ。
「……僕も忙しいんだ、お前とお喋りをしている時間は無いん
……一瞬の瞬き。奴は俺の目の前にいた。
「 でね♪ 」
――〝白絵〟の手が俺の顔に伸びる。
し か し 。
「 触んじゃねェぞ、クソが……! 」
――それより先に俺の拳が〝白絵〟の額に叩き込まれていた。
「――」
〝白絵〟は為す術もなく吹っ飛ばされ、民家を三軒程突き破り、それでも尚止まらなかった。
「馬鹿力は相変わらずのようだね」
〝白絵〟は靴の踵を削りながらも着地する。
――スッ……。〝白絵〟の足下に影が差す。
「 上か 」
俺は渾身の跳び蹴りを叩き込む。
〝白絵〟は後ろへ跳ぶ。
――ゴッッッッッッッッッッッッッッッッッッ……!!! 俺の跳び蹴りは地面に叩き込まれ、地は割け、地面が弾け飛んだ。
「――♪」
〝白絵〟は軽快に口笛を鳴らす。
「狂暴な力だ……哀れなほどにね」
――トンッ……。〝白絵〟は頭の低い民家の屋根に着地した。
「ふんっっっ……!」
俺は割れた地面からできた巨大な岩石を〝白絵〟へ投げる。
――ピシッ……。〝白絵〟が巨大な岩石にデコピンをした。
……それだけだ。
……それだけで、巨大な岩石が粉々に砕け散った。
――俺は不敵に笑んだ。
(……その岩石は囮だ)
――トンッ……。俺は〝白絵〟の背後に立つ煙突の側部に着地していた。
「――」
「 墜ちろ 」
――ゴッッッッッッッッッッッッッ……! 俺の組んだ両拳を後頭部叩きつけられた〝白絵〟が屋根を突き破る勢いで落下した。
崩れ落ちる民家。
舞い上がる粉塵。
「……イッタイなぁ」
……頭から微量の血を流しながら姿を見せる〝白絵〟。
「やっぱり簡単には死なねェえみたいだな」
「いや、血を流したのは久し振りだよ♪」
――ペロリッ、〝白絵〟が鮮血を舐めた。
「……とはいえ、少し調子に乗りすぎたね」
――ドッッッッッ……! 俺は追撃の拳を振りかぶり、〝白絵〟に飛び掛かる。
「……今のお前の身体じゃ、高速戦闘は酷過ぎる」
〝白絵〟は一歩も動かなかった。
俺の拳が〝白絵〟の眼前まで迫る。
「 時間切れ、だ 」
――ブシャッッッ……! 拳が〝白絵〟に届く直前で、俺の手足から鮮血が噴き出した。
「――ッ!?」
……理解が追い付かなかった。
「……お前がどんなに強くてもタツタの身体じゃ、これが限界だよ」
「……畜生がっ」
俺は無理矢理身体を動かそうとするも、筋肉が切れていて動けなかった。
「動けよ、畜生がァ!」
「 無駄だよ 」
――ドッッッッ……! 右足に光の剣が突き刺さった。
「――なっ!」
……反応できなかった。
完全な死角、完全な意識外から放たれた光の剣は俺の右足を貫き、地面に縫い付けた。
――トンッ……。〝白絵〟が俺の目の前に立っていた。
(……やべェ、逃げられ
――トンッ、〝白絵〟の人差し指が俺の額をつついた。
「 おやすみ 」
「なっ……!」
……急激に眠気が襲い掛かった。
「 しばらくお前には眠ってもらうよ 」
……一瞬にして俺の意識は飛んだ。
「……あれ? ここは?」
……いつの間にか寝ていたのか。
「てか、周りの建物、こんなに壊れてたっけ?」
最後に意識があったのはMr.サニーが光線を放った瞬間だった。そのときと比べると周りは廃墟のようであった。
「……一体、何があったんだ?」
「タツタさんですか? 〝空門〟さんですか?」
ギルドが訳のわからないことを訊ねた。
「……いや、タツタだけど」
……てか、〝空門〟って誰だよ。
俺は困惑した。
「もっ、申し訳ございません……!」
少し離れた場所でMr.サニーが一人の男に膝間ついていた。
「貴方様の許可無く戦闘し、無様に敗北してしまいました……!」
……誰だ、あいつ。
だが、Mr.サニーが頭を下げるほどの人物だ、只者ではないだろう。
しかも、Mr.サニーに先程までの威勢は無く、今では捨て犬のように弱々しかった。
「罰ならなんなりとお受け致しましょう……!」
なるほど、コイツこそが――……。
「 魔王様……! 」
……なのだ。
「反省してる?」
「はいっ、罰なら受ける覚悟はあります! 何なりとお申し付けください……!」
頭を下げるMr.サニーとMs.ムーンを見下ろす魔王。
「そうだなー……うん、わかったよ」
「魔王様っ」
「 死 刑 ♪ 」
……魔王が無邪気な笑みを浮かべた、そのときだ。
「 えっ…
…? 」
――Mr.サニーの首から上が切り落とされた。
……意味がわからなかった。
「おやすみ、Mr.サニー。良い、夜を……」
突然、本当に突然のことであった。
魔王が笑い、僅か数秒でMr.サニーが断頭されたのだ。
ドサッ……、Mr.サニーは静かに崩れ落ちる。
「次はMs.ムーン。何か弁解はあるかい?」
魔王はMr.サニーからMs.ムーンの方へと視線を滑らせた。
「……ワッ、ワタシは……黒魔女様を守る為に――グッ……ぶぶっ……あ……?」
……Ms.ムーンの身体が突如膨張し、風船のように丸くなった。
「……やめ……ゆるし……やめゆる……っ……ぶっ」
徐々に、徐々にと、Ms.ムーンの体積が膨張する。
「……あ……っ……ぶ……あっ、……アアアアァァァッ――……」
爆 散 。
……Ms.ムーンの血と肉片が四方へ飛び散った。
「……血の花か。うん、綺麗だね、Ms.ムーン」
魔王は至って平然としていた。
「初めましてかな、タツタ」
……何でコイツ俺の
「名前を知っているんだ? かい?」
……心を読めるのか。
「少し遠いね、近づこうか?」
「……えっ?」
魔王は俺の返事を待つことなくその場から姿を消した。
す る と 。
「ここなら聞こえるかい?」
……俺の目の前にいた。遥か、五十メートルを離れていた場所にいたのにだ。
「改めて初めまして、僕は〝白絵〟っていうんだ」
〝白絵〟は親しげな笑みで握手を求めた。
……コイツ、いいヤツ?
だが、コイツは今、ギルドでさえ敵わなかった黒魔女の護衛二人を瞬殺したのだ。
今一、信用できなかったが俺は握手に応じた。
「……あっ、ああ」
「ああ、よろしく」
一度握手を交わした俺と〝白絵〟は静かに手を放した。
「震えているけど恐いのかい?」
「……そりゃあ……なあ」
「大丈夫、恐くないよ」
……とは言っても目の前で部下を殺したところを見たからなぁ。
「ああ、二人のことなら気にしないでよ」
〝白絵〟は読心術で俺の心を読む。
「 すぐに治すよ 」
〝白絵〟が宙に手をかざした。
「 特異能力――解放 」
「……っ!」
俺は目の前の光景に思わず目を見開いた。
何故なら、〝白絵〟のかざした手の先に……。
……その手の……先に――……。
「……あれ? ……生きてる?」
「……むぅーん?」
……Mr.サニーとMs.ムーンが傷一つ無い姿でそこに居たからだ。
「……僕のスキル、〝White‐Canvas〟は完全無欠」
……死者蘇生、そんなことまでできるのか!
「 一片の死角も在りはしない 」
……化け物だ。
〝切断魔法〟。
〝膨張魔法〟。
読心術。
テレポーテーション。
死者蘇生。
……たった一人でそれらを成し遂げたのだ。
在り得ない。コイツは化け物だ。
「僕は魔王、〝白絵〟」
〝白絵〟はまるで唄うように俺の質問に答えた。
「この世で最も尊く、この世で最も孤独な」
〝白絵〟の言葉には一種のベクトルがあった。俺とギルドはそのベクトルに呑まれてしまっていた。
「 この世界を統べる王 」
……かな? と〝白絵〟は笑った。
「じゃあ、僕はもう眠いし帰るよ」
〝白絵〟から、殺意や敵意は感じなかった。ただ一つ、目の前の圧倒的な力の差に俺は逆らうことができなかった。
「 あの 」
……しかし、ギルドは〝白絵〟を引き留めた。
「この街にアークウィザードがいるんです! 妹なんです、どう
か会わせて頂けませんか?」
「やめたほうがいいよ」
……〝白絵〟は即答した。
「……何でですか?」
「彼女の意志だからね」
落ち込むギルドに〝白絵〟は何も感じていなかった。ただただ、飄々としていた。
「裏切り者とは話したくないってさ。来るのであれば力づくで来い……だ、そうだ」
「……っ」
〝白絵〟の言葉にギルドは唇を噛み締めて沈黙した。
「…………ここから離れるぞ」
俺はギルドの手を強引に掴んだ。
これ以上ここにはいられない。周りも騒がしいし、人が集まると色々と面倒なことになりそうだったからだ。
「……」
……ギルドは何も答えない。しかし、素直に俺の手に引かれた。
「あっ、一ついい情報を教えてあげようか」
背中を向けた俺達に〝白絵〟が言った。
「 〝選別の谷〟に行くといいよ 」
……〝選別の谷〟?
「そこには魔剣――〝SOC〟がある。それなりにいい武器だから手に入れた方がいいと思うよ」
「……わかった。考えとく」
それだけ言って、俺はギルドの手を引いて歩きだした。
「さようなら、タツタ」
〝白絵〟が笑った。
「二度も死なないでおくれよ」
……その声は何処か優しげであった。
……そして、俺とギルドはヴェーゼを後にした。
……ヴェーゼから三キロ離れた、シクロマの草原のどこかで、俺とギルドは一時の休息を図った。
「……」
ヴェーゼからここまで、ギルドは一言も喋らなかった。
「ギルド、大丈夫か」
「……」
「ギルド?」
「……………………うっ」
……突然、ギルドの頬から一粒の涙が溢れ落ちた。
そして、ギルドは泣いた。
わんわん泣いた。人がこんなに激しく泣く姿をアニメ以外で初めて見た。
……ギルドが泣いていた。
俺は何もできなかった。
声を掛けることすらできなかった。
……何だかなぁ。
泣き崩れるギルドの背中を見下ろして俺はふと思った。
強 く な り た い 。
……嫌だったのだ。ギルドが泣く姿を見ることが。
こんなに悔しいのは初めてだった。
結局、俺は何にもできなかった。
俺にできたことはギルドを泣かせたことだけ――不名誉なことこの上なかった。
……俺は弱い。
チートスキルもチート武器は無いし、異世界で無双できる現代の知識も無いし、レベルは1だし……正真正銘の雑魚野郎だ。
でも、一つ言えることがあった。
……俺は変われる。
ギルドの為に命を懸けることができた俺は、きっと過ぎたあのニート時代の俺には持ってはいない〝何か〟を持っていた。
もう、俺は空っぽじゃないんだ。
「……約束だ」
……俺はギルドに聞こえないような小声で、ギルドに誓う。
「俺、強くなるよ」
……俺は強くなりたいのだ。
「強くなって」
せめて、
ギルドを涙を流させないぐらいに、
強く、ただ強く、
なりたかったのだ。
……俺は決意を新たに、暗く淀んだ灰色の空を見上げた。
「 ……あっ、今! 」
……僕はサウザー大陸の最北端に位置するシルヴィア草原の上、声を漏らした。
「どうかしたか――八雲」
隣を歩いていた雷轟さんが訊ねる。
「……今、感じませんでしたか?」
「だから、それが何なのよ」
今度は更にその隣を歩いていた月姫さんが突っ込んだ。
「とてつもなくでかくて、鋭くて、禍々しい、そんな魔力を感じたんです」
「だから、誰の魔力よ」
……やけに遠回りする会話に月姫さんがイライラし始めた。
「 〝空門〟さんです 」
「「――ッ!?」」
……その名前に二人の足が止まった。
「……それは本当か?」
雷轟さんが静かに問い質す。
「でも、〝空門〟様はもう半年の間、姿を見せていないのよ」
月姫さんも信じられないと言わんばかりに動揺する。
「でも、〝空門〟さんの魔力を感じたんですよー、嘘じゃないですよ」
「……確かにお前の魔力察知能力は規格外だが」
「冗談って感じでもないわね」
答えの出ない問答に僕たちは暫し沈黙する。
「とにかく、行ってみるか」
結論は雷轟さんが出した。
「そうね、確かめてみないことには始まらないもの」
月姫さんもそれに賛同する。
「やったー♪」
僕は万歳して、喜びを露にした。
「それじゃあ、久し振りに〝空龍〟出陣ですね」
「馬鹿、〝空門〟様無しに〝空龍〟を語るんじゃないわよ」
「そうだな、日輪と虹麗と七星とも合流するか」
そして、僕たちは〝空門〟さんの魔力を追うことにした。
「〝空門〟さん、元気にしてるかなー♪」
……僕は広い広い草原の上、楽しげに呟いた。