第50話 『 55001 』
「 面白い、少しは遊べそうだ 」
……氷の怪物となったニアを前にした〝白絵〟が笑った。
『 凍て殺す 』
「 来いよ 」
……〝白絵〟とニアが対峙する。
「ハンデをやるよ」
『……』
〝白絵〟が不敵に笑う。
「White‐Canvasは使わない、すぐに終わったらつまら――……!」
――ゴッッッッッッッッッッッ……! ニアの拳骨が〝白絵〟の土手っ腹に炸裂した。
『 うるさい 』
〝白絵〟は弾丸のような速度で吹っ飛ばされ、木々を薙ぎ倒した。
……速い!? 目で追えなかった。それほどまでにニアは速かった。
「 なるほど 」
……〝白絵〟がニアの真後ろに立っていた。
「足裏から水蒸気を噴き出し、その推進力で加速したのか」
なんと〝白絵〟は無傷だった。
「でも、まだ何かあるんだろ?」
〝白絵〟はまるで予定調和と言わんばかりに飄々とした態度を崩さなかった。
『 黙れ 』
――ニアの掌底が〝白絵〟に叩き込まれた。
「ふーん、それだけ?」
しかし、〝白絵〟はその掌底を腕で受け止めていた。
『 ま だ よ 』
ニアが小さく囁いた。
『 解放 』
――ボシュッッッッッッ……! ニアの掌底から大量の水蒸気が噴き出した。
水蒸気に押し出された〝白絵〟が吹っ飛ばされる。
それでも、先程の一撃より威力が劣るのか、〝白絵〟は空中で体勢を直し、靴の踵を磨り減らしながら着地した。
『 まだまだ 』
――ニアが〝白絵〟の着地した場所に回り込んでおり、拳を振り抜いた。
「やるね」
〝白絵〟が笑う。
――直撃! ニアの一撃が炸裂した。
〝白絵〟が宙へ弾かれる。
そして、宙へ弾かれた〝白絵〟の上へ、ニアが水蒸気噴出によって移動した。
「ははっ、来なよ」
『 お 』
――ニアが拳を振り上げり。
『 ち 』
――拳が〝白絵〟目掛けて振り下ろされる。
『 ろォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッ……! 』
――超・炸・裂……! ニアの渾身の一撃が〝白絵〟の土手っ腹に炸裂した。
『ォォォォ』
ニアの一撃はそこで終わらない。足裏、肘・背中から水蒸気を噴き出し加速し、〝白絵〟と共に地面に直進する。
『ォォォォォォォォ』
ただ真っ直ぐ、ニアと〝白絵〟は地面へ降下する。
『ォォォォォォォォォォォォォォォォッッッ……!』
――ズドオォォォォォォォンッッッ……! 〝白絵〟が地面に叩きつけられ、同時に森中が震動した。
……そして、留目に。
『 凍気解放 』
絶 対 零 度
――〝白絵〟を中心に巨大な氷塊が立ち上がった。
「……」
『……』
氷結した〝白絵〟とそれを見るニア。二人揃って沈黙していた。
超打撃の応酬に、〝絶対零度〟の氷結……これは流石に効くだろう。
『……リン』
……氷の怪物が泣いた。
復讐を果たしたって死んでしまった愛娘は甦らない。それはどうしようもないことだった。
『……ごめんね』
ニアはリンの亡骸の前で泣き続けていた。
「 粉砕 」
……〝白絵〟の声が聴こえた。次の瞬間――氷塊が砕け散った。
「……っ!」
――降り注ぐ氷の結晶群の中、〝白絵〟は平然と笑っていた。
……嘘だろ。まるで効いていないじゃないか。
「ガッカリだよ、ニア=アクアライン」
〝白絵〟がニアに失望の眼差しを向けた。
「折角、〝White‐Canvas〟を使わないでいるのに、全力を出してもそんなものなのかい?」
そう、あれだけの攻撃を受けて尚、〝白絵〟は無傷だった。
『 関係無いわ 』
――ニアが一瞬にして〝白絵〟との間合いを制圧すると同時に拳を振りかぶった。
『 ブッ飛ばす 』
「 ふーん 」
――ニアの拳激が〝白絵〟に打ち放たれる。
――〝白絵〟は依然として飄々とした態度を崩さない。
「 ニア=アクアライン――Lv.4421、か 」
――そして、二つの影が交差した。
「……」
『……』
……沈黙する両者。
そして、先に沈黙を破ったのは――……。
『 アアアァァァァァアアァァァァアァァァァァァァァァッッッ……! 』
……ニアだった。ニアが切断された右腕切り口を押さえ、痛みのあまりに吼えた。
「 雑魚だね 」
〝白絵〟がニアの右腕をその手に笑った。
「ははっ、よくそんな実力で僕に戦いを挑めたね」
〝白絵〟がニアの下へと歩く。
「その愚行、万死に値するよ」
〝白絵〟の歩みが止まる。〝白絵〟はニアの目の前にいた。
「しかし、そんな罪深きお前にも僕は選択肢を与えてやる」
そして、〝白絵〟は残虐な笑みを浮かべた。
「お前かお前の息子、どちらかを殺す。その選択肢をお前にやるよ」
『……』
〝白絵〟の問いにニアが沈黙した。
しかし、すぐに口を開いた。
「……例え、わたしが息子の方を生き残らせることを選択しても、あなたがその約束を守る保証は無いわ」
「……」
そうだ、寧ろ〝白絵〟はつい先程、リンとの約束を破って、ニアとレイを殺そうとしていた。
「……でも、わたしの力じゃあなたに逆立ちしたって勝てないわ」
――ニアが〝白絵〟に土下座した。
「だから、どうかお願いします」
……ニアは僅かな希望に賭けていた。
「少しでも人の心があるというならば、どうかレイだけは見逃してください」
「……」
〝白絵〟はただただ静かにニアを見下ろしていた。
「 お願いします 」
「 いいよ 」
――ニアの懇願に〝白絵〟が即答した。
「……ありがとう、ございます」
ニアが再び、深く頭を下げる。そして、頭を上げてレイの方を向いた。
「……レイ」
「……お母さん」
……氷の怪物が笑った――気がした。
生 き て
――轟ッッッ……! ニアが大火に呑まれて、一瞬で消し炭となった。
「お母さん……!」
レイが叫んだ。しかし、消し炭になったニアは答えない。
「お母さん……!」
その声は届かない。
「 無駄だよ 」
……〝白絵〟がレイの目の前にいた。
「死人は喋らない」
「……」
「そして、お前もすぐにそうなる」
……ほらな、〝白絵〟は約束を守る気なんて無いじゃないか。
「やめろッ! 〝白絵〟……!」
俺は叫んだ――しかし、身体は動かない。
「見苦しい真似はよすんだ、タツタ」
〝白絵〟が子供をなだめるように俺を諭した。
「これはお前が悪いんだよ」
「……俺が?」
……そう、と〝白絵〟が笑った。
「お前が弱いから守れない、お前が弱いから戦うことすらできない」
〝白絵〟は唄うように諭す。
「弱者は肉となり、強者はそれを喰らう。弱肉強食――皆逃れることはできない」
「……やめろ」
逃げることも、戦うことも許されない俺は悪足掻きに懇願した。
それしかできなかった。
「……やめろ」
「 やめない♪ 」
――ドッッッッッッ……。
……〝白絵〟の右腕がレイの土手っ腹を貫いた。
「……かはっ!」
レイが一度だけ目を見開き、やがて動かなくなった。
「……」
動かなくなった。
「……」
……二度と。
「これでわかったろ」
〝白絵〟はレイの土手っ腹から右腕を抜き出した。
「 お前は弱い 」
〝白絵〟が地に積もった灰の方を顎で差した。
「 ニア=アクアライン――Lv.4421 」
続いて〝鎖威〟の方を見た。
「 〝鎖威〟――Lv.1102 」
最後に俺たちの方へと視線を傾けた。
「 ドロシー=ローレンス――Lv.22 」
「 フレイチェル――Lv.8 」
「 カノン=スカーレット――Lv.521 」
「 ギルド=ペトロギヌス――Lv.550 」
「 空上龍太――Lv.496 」
〝白絵〟は俺たちのレベルを言い当てていった。
「……何が言いたい、〝白絵〟」
俺は険しい顔をした。
「ただの独り言さ、お前が気にすることでも無いよ」
そう言って〝白絵〟が上を向いた。
……上?
……レベル?
「――っ!?」
――俺は目の前の現実に、思わず言葉を失った。
嘘だ。
有り得ない。
……そう何度も思ったが、目の前の現実はけっして揺らぐことがなかった。
5 5 0 0 1
……〝白絵〟の頭上には、その数字の羅列が確かに刻まれていた。




