第46話 『 緊急事態 』
「 〝特異能力〟、解放! 」
……俺は背の低い草と砂利しかない森の中でも開けた場所で一人修行に励んでいた。
極 黒 の
侵 略 者
――俺から周囲数メートル圏内が極黒に包まれる。
夜 王 の 眼
……同時、俺は〝夜王の眼〟に切り替えた。
「……」
暗闇の中、俺は沈黙する。
「……」
俺はただ来るべきときに備える。
「 今! 」
〝極黒の侵略者〟の外からニアの合図が聴こえた。
――〝極黒の侵略者〟、解除!
俺が〝極黒の侵略者〟を解除した瞬間、視界が途端に開け、網膜に日光が射し込む。
――同時、二つの小さな影が俺に飛び掛かった。
しかし、俺の方が僅かに早く――……。
「 & 」
――〝夜王の眼〟、解除!
……元の眼に戻した。通常の眼なら迫り来る二つの小さな影を捉えることができる。
俺に飛び掛かってきた二つの影の正体は――レイとリンであった。
二人揃ってその両手には太い木の枝が握られており、俺目掛けて振り下ろした。
「覚悟!」
「喰らえ!」
……しかし、剣術の素人である二人の斬撃を捉えられない俺ではない。
俺は右手に握られている木の枝で二人の攻撃を受け止めた。
「ニア、これでどうだ?」
俺は少し離れた場所で見ていたニアに評価を求めた。
「勿論――合格よ」
ニアが少し溜めて、俺の求めていた答えを言ってくれた。
「って、ことは?」
「〝極黒の侵略者〟、〝第1形態〟完成よ」
……やった。
やったぞ、やっと目標を達成したんだ。
……やった。
「 やったーーーッ! 」
俺は空を仰ぎ見て、大声で今の気持ちを吐き出した。
俺は〝極黒の侵略者〟、〝第1形態〟を完全に支配したのだ。
修行第1段階は〝極黒の侵略者〟の中でも戦える闇の中の影をも捉える眼――〝夜王の眼〟を修得すること。
修行第2段階は日向では使えない〝夜王の眼〟を素早く解除し、三秒以内に元の眼に戻す、高速眼質変化トレーニングである。
……そして、俺は修行第2段階をクリアしたのだ。それは〝極黒の侵略者〟を支配したものと同義であった。
「本当にお疲れ様、君は優秀な弟子だったよ」
「こちらこそありがとな、修行見てもらって。お陰でまた一つ強くなれたよ」
「どういたまして」
ニアが微笑み、でも、と付け加えた。
「あくまで〝第1形態〟をマスターしたってだけで、まだ〝第2形態〟の方は開発できていないから、これからも精進すること、いい?」
「押忍」
「 という訳で! 」
何だ何だ?
「 今日は皆で宴会よー! 」
「わーい! 宴会ですねー!」
ギルドが何の前触れもなく、茂みから飛び出してきた……いきなり出てくるなよ、あー、ビックリした。
「もう準備もできてるよ」
カノンもギルドに続いて茂みから飛び出した……お前ら、茂みの中で待ってたの?
「料理は私とギルド様で作りましたよ♡」
ドロシーが半分食べられた痕跡のある羽ウサギの丸焼きの乗った皿を手に登場した……また、ダイナミックつまみ食いしたのか。
「タツタさん、早く始めましょう!」
フレイもやや興奮ぎみに駆けつけた……コイツ、すっかり出番減ったな。可哀想に――……って、痛い痛い!? やめろ、フレイ! 耳引っ張るな!?
「……なんつぅか、久し振りに全員集合って感じだな」
……そんな訳で宴会が始まるのであった。
『 カンパーーーイ! 』
……俺たちは各々のグラスをぶつけて、一気飲みした。
俺は取り敢えず手前にあった羽ウサギの丸焼きをつまんだ……うん、旨いけど、何で料理対決のときに普通の料理作らなかったの?
「お疲れ様です、タツタさん」
フレイだ。フレイがリンゴジュースを片手に俺に話し掛けてきた。
「おう、ありがとな」
俺は手元の赤ワインで二度目の乾杯をする。
「ところでこの一ヶ月間、フレイは何やってたんだ?」
流石に俺たち三人が修行している間、一ヶ月間何もしていない訳はないだろう。
「何か、こう凄い技とか覚えたか」
「……筋トレとランニング(ぼそっ)」
……えっ?
「ですから、筋トレとランニングです」
……何そのシンプルな修行。
「一日、腕立て伏せ100回・上体起こし100回・背筋100回・10000メートルジョギング1本・400メートルインターバル走5本・50メートルダッシュ走10本です」
……普通にハードなやつだった。
「でも、お陰で身体が以前より丈夫になりましたので、今のわたしなら魔術1~2発程度の反動なら耐えられます」
「おおっ、そいつは楽しみだ……まあ、なるべく無理すんなよ」
「はい、ありがとうございます」
フレイもフレイで頑張ってんだな……俺も負けてられんな。
「……俺も修行頑張らないとな」
「コラ、若僧。今日ぐらい修行のことは忘れなさい」
「あっ、ニア」
今度はニアがシャンパンを手にやってきた。
「……てか、結局最後まで呼び捨てなのね」
ニアが飽きれ気味に呟いた。
「悪い、人付き合いに慣れてなくてな。今更だが直した方がいいかな?」
「別にいいわよ、今更直されても気持ち悪いし」
「……気持ち悪いって」
……そこまで言わなくても。
「そっか、じゃあお構い無く。でも、ニアには感謝はしているよ」
「そっ、どういたまして」
「前から思ってたけど〝どういたまして〟じゃなくて、〝どういたしまして〟じゃないのか?」
俺の指摘にニアは恥ずかしそうに頭を掻いた。
「……小さい頃の癖なのよ、恥ずかしいわ」
「何だ、以外に可愛いじゃん」
「師匠に対して可愛いとは何事じゃーーー!」
「痛い! 痛い! 四の字固めやめて!」
「あっ、お母さんとタツタ兄ちゃんが遊んでるー!」
「わーい、交ぜて交ぜてー!」
何だかんだ言って、アクアライン一家とも仲良くな――……痛い! 痛い! チ○コ蹴んな、レイ!
俺とアクアライン一家はプロレスごっこをして、カノンとフレイは精霊の話で盛り上がり、ギルドとドロシーは料理談義に華を咲かせていた。
……ああ、楽しいな。
こんなに皆でワイワイやるなんて現実世界でもなかったな。
――でも、
こんなに楽しい時間も長くは続かない。
後、山を一つ越えて、長い長い大橋を渡れば、北の大陸――ノスタル大陸に到着する。
そうすれば、アクアライン一家は自分たちの家庭に戻るのだ。
別れの時は近い。だからこそ、今この瞬間を楽しもうと思った。
……そんなときだ。
「 ハロー、タツタ 」
……あいつがやってきたのだ。
「……嘘だろ?」
……その圧倒的な魔力と威圧感に空気が震えた。
「悪いけど、楽しいパーティーはここでお仕舞いだよ」
この場にいる全ての者が恐怖した。
何故ならそいつはこの地上で最も強く、最も恐ろしい奴だからだ。
……その髪はひたすらに白く、
……その黒衣は踊るように風に煽られ、
……その瞳は全てを見透かすように黒かった。
「 〝白絵〟 」
……そう、魔王――〝白絵〟がそこにはいた。