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  第45話 『 second‐stage 』



 ……ニアの修行が始まってから、かれこれ一ヶ月が経過していた。


 ――右手の方向から小石が飛来してくる。


 ……見える。


 ――俺は〝SOC〟で飛来する小石を叩き落とした。


 「レイッ、リンッ、スピードアップだ」


 俺は〝極黒の侵略者〟の外にいるレイとリンにリクエストする。

 耳栓をしている為、よく聴こえなかったが恐らく了承してくれるだろう。


 「……」


 ……一瞬の沈黙。


 ――正面から小石が飛んできた。


 ……丸見えだ。


 ――俺は最小限の動きで小石を回避した。


 ……からの左ッ!


 ――左手の方向から小石が飛んできたが俺は〝SOC〟で弾き落とした。その間髪容れずに――正面から二つ、右斜め後ろ一つ、三つの小石が同時に飛んできた。


 「 見える 」


 ――空龍心剣流魔剣術


 「 見える……! 」



   りゅう   じん   せん   



 俺は右足の拇指球を軸に高速回転し、その回転に〝SOC〟による斬撃を乗せた。そして、360°に斬撃を走らせ、三つの小石を叩き斬った。

 内一つの小石の半分が宙に打ち上げられた。


 「 修行第一段階クリア 」


 俺はその小石を掴み取り、〝極黒の侵略者〟の外にいるであろう我が師にそう宣言した。


 「……文句あるか?」

 「 文句無し、合格よ 」


 〝極黒の侵略者〟の外でニアが笑った……気がした。


 「解除してもいいわよ」

 「了解」


 俺は〝極黒の侵略者〟を解除した。

 そして、間髪容れずに網膜に突き刺さる日差しに目を細めた……二度目であるがこの眩しさには慣れないな。

 視力が回復するまで30秒。俺はやっとニアを見ることができた。


 「取り敢えず、修行第一段階クリアおめでとう」

 「いや、こちらこそありがとな」


 俺はニアの労いの言葉を素直に受け取った。


 「さてと、これで修行第一段階、〝おう〟の修得クリア……これで修行の8割は完成したも同然ね」


 ……マジか、やった。


 「これから一息吐いたら修行第二段階、この修行の仕上げをするわ」

 「押忍」


 俺は頷き、その場で座り込んだ。

 いかん、結構疲れているな。なんせあの暗闇の中に一ヶ月(ドロシーのときにちょっとだけ出たけど)もいたからな……身体よりも神経の方が磨り減っていた。


 「……まっ、少しは休みなさい。たぶん、今回の修行はあなたが一番頑張ったんだから」

 「そうなのか?」

 「うん、ギルドさんはほぼ自己啓発だし、カノンくんは覚えがよすぎてもう〝第2形態〟をマスターしちゃったんだから」

 「えっ!? カノン、もう〝第2形態〟マスターしちゃったの!?」


 ……何、この置いてきぼり感!


 「天才っているものねー」


 呑気にそんなことを呟くニアとは反対に俺はカノンに置いていかれることに焦燥感を覚えた。


 「よしっ、すぐに修行を始めようっ」


 ……カノンが〝第2形態〟をマスターしたのだ、俺もこんなところでのんびりしてらんないぞ。


 「 休 み な さ い 」


 立ち上がろうとした俺をニアが無理矢理座らせた。


 「休むのも修行の一環! 今日は修行禁止!」

 「えぇー……」

 「そこブー垂れない! 君は頑張りすぎ、少し休むべきよ」

 「……わかったよ」


 ニアは俺たちの師匠だ。師匠の命令は絶対、俺は素直に従う他なかった。

 にしても、頑張りすぎ……か。

 この世界に来る前の自分からは信じられない言葉だろうな。

 何だか俺は少し嬉しくなった。


 「他人と比べたって仕方ないわよ。それに君だって相当な才能の持ち主だと思うけど」

 「……俺が?」

 「そうよ」


 ……俺はニアの言葉を真に受けなかった。


 「君は冒険を始めて何年何月目?」

 「……四ヶ月、ちょいかな」

 「そう、四ヶ月よ」


 ニアがいつもより声を張り上げて俺の瞳を見つめていた……とても真剣な眼差しをしていた。


 「剣術や魔術も何も知らなかったにも拘わらず、たったの四ヶ月でカノンくんやギルドさんと肩を並べ始め、大陸最強の盗賊――〝KOSMOS〟相手に時間を稼いだのよ。並の成長速度じゃないわ 」

 「……そうかな?」

 「自信を持ちなさい。そして、尚且つ謙虚であり続けなさい」


 ……どっちだ。


 「……」

 「何か不満そうね」


 俺は何とも言えない表情をしていたのだろう、ニアが怪訝そうに俺を見た。


 「そんなに自分のこと信じられない?」

 「……」

 「自分のこと嫌いなの?」


 沈黙をイエスと取ったニアが畳み掛けるように追及した。


 「……」


 ……自分のことが嫌い、か?

 確かにそうかもしれない。そもそも自分のことが大好きな自己愛に溢れた日本人がどれだけいるかって話だが……。


 「……そうかもしれない」


 俺は小さく呟いた。


 「俺は誰からも必要とされていなかったんだ」


 ……ここに来る前の話だ。


 「俺の家は字を書くことの名家だった」


 ……曾祖父も祖父も父親も、皆書道家として名を遺していた。


 「でも、俺には字を書く才能はなかったんだ。小学校までは厳しく稽古をつけてもらっていたけど一向に巧くはならなかったんだ」


 そして、俺には一人、弟がいた。


 「だけど、弟には字を書く才能があった」


 ……それも飛びっきりの。


 「それから親父は弟に付きっきりで書道を教えて、弟はそれに応えるように次々と結果を残していったんだ」


 皆、弟を百年に一人の逸材と持て囃した。

 俺は若くして、どうやったって越えようのない才能の壁があることを知った。


 「俺は一人、部屋の隅でゲームをする毎日を過ごしていた」


 ……誰にも期待されず、

 ……才能ある弟を妬み、

 ……ただ孤独だった。


 「家は俺にとって居心地のいい場所ではなかった。何度か、ゲーセンや漫画喫茶で泊まり込んでいたこともあったけど父親は叱ることも諭すこともなく、ただただ無関心だった」


 ……無論、アルバイトすらしていなかった俺に何度も外泊するお金などある筈もなく、泣く泣くあの居心地の悪い家に帰らなければならなかったが。


 「……でも、母さんだけが俺を見捨てなかったんだ」


 母さんはいつも俺を心配してくれた。

 ……書道が上達しなくて親父に叱られたときも、

 ……一人、部屋の隅でゲームをしていたときも、

 ……無断で外泊したときも、

 ……俺が引きこもりになったときも、


 「母さんだけが俺を見捨てなかったんだ」


 ……でも、


 「俺はそんな母さんに冷たく当たっていたんだ」


 ……まるで同情されているようで、そんな自分が惨めで仕方なくて、俺は母さんの無償の優しさを振り払ってしまっていた。

 本当に下らない。思春期のちっぽけな見栄だった。


 「俺は本当に酷い奴なんだ、実の父親を憎み、たった一人の弟を妬み、唯一俺の味方だった母さんに感謝の言葉一つ言ってやれないような酷い人間なんだ」


 ……だから俺は、そんな俺自身が嫌いだった。


 「……悪いな、ニア。こんな湿っぽい話をしちま――……」



 ――ニアが俺を抱き締めてくれた。



 「……泣いたっていいのよ」


 ……俺の頬には涙の線が一本伸びていた。言われるまで気づかなかった、俺は泣いていたんだ。


 「ただ、これだけはわかってほしいの」


 ニアの体温はただただ温かくて、身体の力が抜けていった。


 「わたしは君にレイとリンを助けてもらったし、ギルドさんやフレイちゃんやカノンくんだってタツタくんのことを大切に思っているわ」


 ……ああ、目頭が熱いなぁ。


 「 だから 」


 ……涙、塞き止められないよ。


 「だからね」



 ――ありがとう



 「誰にも必要とされていないなんてことないのよ、皆タツタくんのことが大好きなんだよ」


 ……たった一つの後悔。


 「君は生きていてもいいんだよ」


 ……俺はその言葉を母さんに伝えることができなかったんだ。


 「……とう」


 ……母さんはここにはいない。きっと、現実世界のどこかで俺の帰りを待っているから。


 「 ありがとうございます 」


 ……だから、その言葉をニアに伝えた。今の俺はそのたった十文字を言えるようになっていた。

 いつか、もし元の世界に戻ったら母さんに伝えよう。

 ……何を?

 決まっているだろ。


 ――ありがとう


 ……心を込めて伝えよう、俺はそう心に誓った。


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