第43話 『 女の戦い 』
……タツタさんとドロシーさんが握手する姿をこっそりと木陰から覗いている人物がいた。
その人物はタツタさんのよく知る人物であり、又彼女もタツタさんのことをよく知っている。
彼女の職業は魔法使い、専門の魔法は火炎魔法と光魔法と治療魔法。
そして、彼女は現在〝特異能力〟を会得する修行の休憩中である。
はたして、彼女は何者なのか?
――てか、わたしである。
タツタさんとドロシーさんの逢瀬を盗み見している人物はわたしことギルドである。
「……ちょっとあの新キャラ、わたしとキャラ被っていませんか」
わたしはドロシーさんを怨めしそうに睨み付けた。
……敬語キャラ。
……巨乳設定。
……美少女設定。
「何で被らせるの……!」
わたしは不足事態に頭を抱えた。
「しかも、何あのあざとそうなキャラ付け……タツタさんはタツタさんで鼻の下伸ばしてデレデレしているし」
……むう、何だろう。無性にイライラしてきた。
別にタツタさんと付き合っているとかそういう関係ではないけど、あそこまで堂々と鼻の下を伸ばされると、こう何とも言えない気持ちになる。
「いや、別にわたしがタツタさんに惚れているとかそういうんじゃなくて……!?」
わたしは明後日の方向に向かって一人弁解した。
「……」
落ち着いたわたしは、再び二人の監視を再開する。
「それでタツタ様はここで何をなされていたのですか?」
ドロシーさんが人懐っこい笑みを浮かべてタツタさんに詰め寄って訊ねる……こらこら、近い近い。
「ちょっと修行をやってたんだ……丁度、休憩してたんだけど」
そう答えるタツタさん……ニヤニヤしないでください。
「へえ、凄いです♡ タツタ様は勤勉な方なのですね♡」
「いやあ、そんなことないさ」
「その上謙虚だなんて、素敵です♡ 流石はタツタ様です♡」
「いやあ、そんなこともあるかな!」
「さすタツです♡」
「もっと言ってーーー!」
「さすタツ♡ さすタツ♡ さすタツ♡」
「いやあ、ドロシーちゃんサイコーーーッ!」
……何これ?
わたしは目の前の光景に唖然とした。
ひたすらにおだてまくるドロシーさんと、
ひたすらに調子に乗りまくるタツタさん。
そんな二人が合わさり、二人のテンションがおかしなことになっている。客観的に見れば頭のイカれた二人組みであった。
……いや、そんなことよりも!
「あの二人、仲良すぎじゃないですか」
出会って十分ちょっとだというのにも拘わらず、タツタさんとドロシーさんはすっかり仲良くなっていた。
……イライラ。
「さすタツ♡」
……イライライライラ。
「ドロシーちゃんサイコーーーッ!」
……イライライライライライライライラ。
「タツタ様♡」
……イライライライライライライライライライライライライライライライラ。
「ドロシー♡」
……イライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライラ――……。
――ブチィィィイイ……! わたしの中の何かが千切れる音がした。
「いつまでイチャついているんですか、あなたたちはァーーーッ!」
わたしは勢い余って木陰から飛び出し、突っ込んでしまった。
「……」
「……」
「……」
タツタさんとドロシーさんとわたしは沈黙し、そして、時間が止まってしまったかのように停止した。
……しっ、しまったーーー! 勢いで飛び出してしまったけど、後のこと考えていなかったーーー!
沈黙が続く中、わたしは追い詰められていた。
「……あのー、どちら様でしょうか?」
沈黙を破ってくれたのはドロシーさんだった。ナイス助け船! 敵ながらグッジョブ!
「あー、こほん。わたしはタツタさんと一緒に旅をしているギルドという者です。魔法使いです」
「そうだったんですね♪ それでは改めて自己紹介させて頂きます。元魔王様専属の使用人を務めさせて頂かせていたドロシー=ローレンスです。以後お見知り置きを」
凄く丁寧な対応をされた。何というか敵意剥き出しで飛び出したこっちが恥ずかしいな。
「職業はメイドですので、皆様の為に食事や身体のケアをさせて頂こうと思いますので何卒宜しく御願いします♡」
……ファッ!?
この子、今、聞き捨てならないこと言ったんですけど。
「あのー、ドロシーさん」
「はい、何でしょうか?」
殺意満々で話し掛けるわたしにドロシーさんはキョトンとしていた。
「一応、料理はわたしの仕事でして……更に言うなれば、怪我の治療もわたしの仕事です」
……キャラ付けだけじゃなくて、わたしの仕事まで取ろうとするなんて……この泥棒猫!
「えっ、そうなのですか」
ドロシーさんはそう言って、少し思考に至った。
そして、すぐに答えを出した。
「では、私が料理をして、ギルド様が怪我の治療に専念するというのはどうでしょうか? 料理や治療以外にも洗濯やマッサージくらいなら私にお任せ下さい」
「駄目です! 料理はわたしがします!」
……料理はわたしの数少ない女子力を発揮できる機会だ、それを取られるのは困る。
「僭越ながら料理は私の得意分野です。なので、私とて料理は譲れません」
意外にもドロシーは食い下がった。
「いや、料理はわたしがします!」
「いえいえ、私がします!」
「いや、わたしが!」
「いえいえ、私が!」
……バチバチッ、わたしとドロシーさんの間に火花が散った。
「……お前ら仲良くしろよー」
タツタさんの仲裁の声も今のわたしたちには届かなかった。
「……」
「……」
無言で睨み合う、わたしとドロシーさん。
「それではこうしましょう」
ドロシーさんが人差し指を立てて、一つ提案した。
「これから料理勝負をして、勝った方が料理係の権利を手に入れることにしましょう。ちなみに、審査員はタツタ様です」
……えっ、俺!? タツタさんが遠くで突っ込んだ。
「わかりました」
ドロシーさんの提案にわたしは迷わず頷いた。
「しかし、ただ料理係を決めるだけでは面白味に欠けませんか?」
「……と、いいますと」
ドロシーさんが続きを催促する。
「何か賭けませんか」
「……賭け、ですか?」
「はい」
小首を傾げるドロシーさんにわたしは不敵な笑みを浮かべた。
「勝った方には、どんなお願い事でも一つだけ、タツタさんに叶えてもらえる……というのはどうでしょうか」
「また、俺!?」
……タツタさん驚愕。
「……わかりました。その勝負引き受けましょう」
「勝手に引き受けちゃったよ!?」
「タツタさん、少しうるさいですよ」
「勝手に審査員にされて上に賞品にもされたらそりゃあ、少しは騒ぎたくもなるよ!?」
「はいはい、そうですねー」
「流された!?」
……と、全員の承諾(?)も取れたというわけで、料理対決を開始したいと思う。
「やるからには全力で叩き潰します☆」
「それはこちらの台詞です♡」
「もう勝手にやってくれ」
わたしとドロシーさんが火花を散らし、タツタさんが深い溜め息を吐いて観念した。
……次回、料理対決が始まります! お楽しみに!!