第41話 『 新たなる仲間? 』
「 休憩ーーーーーッ! 」
……レイの大声が耳栓を突き抜けて、俺の鼓膜を揺らした。
「……おっ、もうそんな時間が」
修行が始まってから一週間が経っていた。
俺はこの一週間、絶え間なく〝極黒の侵略者〟を展開しつつ、夜目に慣れる修行をしていた。
一週間ぶっ通しで暗闇の中にいた俺は朝晩の感覚が曖昧になっており、今が何日で何時なのかも混乱してくる。しかし、レイが大声で休憩を伝えるときは決まって食事時である為、その回数を逆算して日付を割り出すことができた。
「今日のメニューは何なんだ?」
俺はレイのいる方向に向かって訊ねた。
「今日は秋野菜のごった煮だよ!」
「おう、毎度毎度ありがとな」
俺はレイから秋野菜のごった煮の注がれた深皿を受け取った。
「いただきます」
俺は最初に一口サイズに切られた人参を口に運ぶ。うん、程よく甘くて、いい感じだ。
「おっと」
……いけない、いけない。耳栓取るの忘れていた。
レイの声が馬鹿でかくなけりゃ聞こえて無かったぜ。
……って、あれ?
俺はふと疑問を覚えた。
何故、〝極黒の侵略者〟の中で、かつ耳栓をしていたのにも拘わらず、俺はレイの居場所を正確に割り当て、加えて、食器を受け取り、秋野菜のごった煮を食べることができたのか?
その答えはすぐに出た。
……一つは匂い。
秋野菜のごった煮の豚の出し汁の芳ばしい香りだ。
しかし、それだけではあの正確な動作は説明できないであろう。故に、そこにはプラスαが存在するのだ。
……それこそが二つ目の要因――〝眼〟である。
この一週間、絶えず暗闇の中にいた俺の眼は僅かな影の濃さを見極めることができるようになったのだ。
〝極黒の侵略者〟は真黒ではない。その為、僅かでも届く光の量に差があれば、暗闇の中にも影が見えるのだ。
まさに、闇の中の影。今の俺にはその些細な闇の中の影を見極める〝眼〟が備わっていた。
……少しずつではあるが、この修行にも進歩があった。これが嬉しくない筈が無いだろう。
「……ところで」
――今更ながら、俺は思った。
……〝第2形態〟って、結局なんだろう?
「……ほんとに今更だな」
俺は自分自身に突っ込んだ。
――ガサッ、近くで何かが茂みを踏み潰す音が聴こえた。
「……っ!?」
……何かがいる。
「レイ、リン、そこにいるのか」
……俺の問いに答える者はおらず、返ってきたのは沈黙だった。
今ぐらいの時間、二人はニアと一緒に昼食を食べている。ならば、いなくて当然だろう。
――じゃあ、誰だ?
俺が警戒していると、再び同じ方向から茂みを闊歩する音が聴こえた。
……来る! シルエットが確実にこちらに近づいて来ている!?
更に警戒心を高める。
俺は秋野菜のごった煮を足下に置き、〝SOC〟を手に取った。
相手は人のようなシルエットをしているが、〝魔人〟や人の形に近い〝魔物〟の可能性もある。
油断大敵。俺は〝SOC〟を構えて、迫り来るシルエットに備えた。
……シルエットとの距離――およそ5メートル。
「……」
静かに待ち構える、俺。
……シルエットとの距離――およそ3メートル。
「……」
俺は〝SOC〟を握り直して、右足に体重を掛けた。
……シルエットとの距離――およそ2メート――……。
――今!
間合いに入ったシルエット目掛けて、俺は〝SOC〟を振りかぶった。
「……あっ」
そこで俺は自身の過ちに気がついた。
……この人影、人だったらどうしよう。
「……っ!」
――俺は咄嗟に右腕を硬直させ、〝SOC〟を静止させる。
――しかし、一度始まった踏み込みは止められない。
「……っ」
俺の身体は人影と正面衝突した。
――ふにゃ……。
……あっ、今。もの凄く柔らかい感触が顔面に拡がった――と、思ったのも束の間、俺は謎の人影を押し倒して、地面にもつれ込んでしまった。
「きゃっ……!?」
……誠に申し訳ないことに、人影は短く悲鳴を上げた。
「ぐおっ……!」
一方、俺は醜い悲鳴を上げて、謎の人影にのし掛かってしまう。
「わっ、悪い!」
俺は咄嗟に謝って、そして――〝極黒の侵略者〟を解除した。
(……すまん、ニア。緊急事態なんだ、今回は許してほしい)
パッと視界が開ける。
久し振りの日差しは――眩しっ!? 目、潰れるぐらい眩しっ!? ……かった。
まるで、目にレーザー光線でもぶつけられているようなその痛みに俺は思わず手で目を覆った。
久し振りの日差しは驚くほどに眩しくて、俺は一週間という時間の重みを知った。
しかし、次第に目は光に慣れていき、目の前の景色が鮮明になる。
「……」
そして、開けた視界のその先には――……。
「 メイドさん!? 」
……がいた。しかも――
「 可愛い!? 」
……かった。加えて――
「 胸、でかっ!? 」
まあ、それは置いといて……。
問題なのは、俺がそんなメイドさんを押し倒しているということである。
「……」
「……」
……沈黙する、俺とメイドさん。
「……」
「……(冷や汗ダラダラ)」
……沈黙するメイドさんと冷や汗を流し続ける俺。
「あのー、起き上がって頂いても宜しいでしょうかー」
沈黙を破ったのはメイドさんであった。
「すっ、すみません!?」
俺は発情期のトノサマバッタの如く跳ね上がり、メイドさんから離れた。
「本当にすみません!」
俺は畳み掛けるように今度は土下座した。
「そんな、頭を下げなくても大丈夫ですよ。特に怪我もしていませんし」
メイドさんもの凄く腰の低い対応をしてくれたので、どっちが悪いのかわからなくなってきた。勿論、悪いのは俺だが。
……てか、さっきの柔らかい感触はおっぱいだったようである。
……ヨシャッ! 俺は内心ガッツポーズをした。
「……えーと、それでだ」
おっといけない。本題に戻らなくては……。
「俺に何か用でもありましたか?」
わざわざ正体不明の謎の真っ暗空間まで足を踏み入れてきたのだ。俺に何か用件があるか、興味本意で中に入ったかのどちらかであろう。
「はい♡」
メイドさんが邪悪なものを全て排除したような朗らかな笑顔で頷いた……かっ、可愛い!
「初めまして、タツタ様。私はドロシー=ローレンスと申します」
……あれ? 何で俺の名前、知っているんだ。
「 元魔王様専属の使用人を務めさせて頂きましたそんな私ですが 」
……ファッ!?
「 私を旅の仲間に入れてくだされませんか? 」
……ダブルでファッ!?
「 どうか、宜しくお願い致します♡ 」
……元魔王専属の使用人を名乗る謎のメイドさん――ドロシー=ローレンスは、相も変わらない無邪気な笑みでとんでもない爆弾発言を口にしたのであった。