第447話 『 タツタの決断 』
……ブラドールが地面を転がる。
……死力出し尽くした俺はその場に座り込む。
「……」
「……」
……俺もブラドールも何も言わない。
「…………ブラドール、お前」
先に口を開いたのは俺であった。
「最後の一撃、手を抜いてなかったか?」
「……」
俺は馬鹿だが、勘は悪くなかった。
(……あの程度の筈がねェ)
ブラドールが放った最後に放った一撃、奴が言うには星を破壊する一撃だったらしい。
「いくら俺達が力を合わせたって打ち破れる筈がねェだろ」
「……」
俺の問い掛けにブラドールは溜め息を吐く。
「……一度しか言わない、一度だけだ」
ブラドールは青空を見上げながら小さく呟く。
「 感動したからだ 」
……予想外な回答であった。
「打ちのめしても打ちのめしても立ち上がって、嘗て敵だった者達と手を組み、神に立ち向かう……その姿に俺は心を動かされたんだ」
俺はブラドールの言葉に何も言わず耳を傾ける。
「気づいたらお前らの勝利を応援している自分がいた……ただ、それだけだ」
「……」
傷ついて、抗って、諦めなかった。その意志がブラドールの心を揺り動かしたのだ。
(……もしかしたら〝闇祓〟のお陰かもな)
闇を祓う力でブラドールの心の闇を祓ったからこそ、俺達の思いが届いたのかもしれなかった。
「…………まったく、お前の諦めの悪さには負けたよ」
ブラドールが静かに立ち上がり、服の埃を払う。
「いい〝暇潰し〟だった。そして、認めよう」
その横顔はとても優しげであった。
「 お前の勝ちだ 」
……勝った?
……俺が勝ったのか?
「……や
『 やったーーーーーーっ! 』
――ワッッッ、と後ろから大歓声が上がった。
「……お前らが先に喜ぶのかよ」
先を越され、喜ぶタイミングを逃してしまった。
「タツタさん!」
「ギルド!」
ギルドが駆け寄る。
「終わったな」
「はい、お疲れ様ですっ」
俺達はハイタッチして喜びを分かち合った。
「やったなっ、タツタッ!」
「おう!」
ギガルドとは拳を合わせる。
「……終わったぞ、楪」
〝むかで〟は俺らとは少し離れた場所で勝利の余韻に浸っていた。
「……終わったんだな」
互いに肩を組み合い笑い合う光景に俺は思わず目頭を熱くした。
……この光景だ。この光景をずっと見たかったんだ。
誰もが望んでいて、誰もが諦めてしまうようなハッピーエンド、それが今、現実となっていた。
「――皆っ、聞いてくれっ!」
皆の視線が俺に集まる。
「皆がいなかったら俺はブラドールに勝てなかったし、戦うことすら出来なかったっ!」
それは謙遜や卑屈ではなく、事実であり本音でもあった。
「辛いことや苦しいこともあったけど、それ以上に凄く楽しかったし、嫌いな自分を変えられたんだっ!」
……俺は俺が大嫌いだった。
――だけど、今では好きになれていた。
「だから、ありがとう! 今日は助けてくれて! 俺を成長させてくれて! 本当にありがとう……!」
俺は集まってくれた皆に頭を下げて、ありったけの感謝を伝えた。
「真面目か、馬鹿」
「まっ、俺も楽しめたしね♪」
「……昔、殺し合ったってのにありがとうは無いだろ」
ギガルドが茶化し、グレゴリウスは笑い、〝水由〟はツッコミを入れた。
「皆には本当に感謝してるし、ずっと一緒に居たいと思ってるっ」
……けど、と俺は振り絞るように言葉を吐き出す。
「 俺は元の世界に帰るよっ 」
――それが俺の選んだ道であった。
「今まで言っていなかったけど、俺はこの世界の人間じゃないんだっ」
俺が言ったのはギルドとドロシーと他の転生者だけであった。
「ここに来る前、俺は逃げるようにこの世界に来たんだっ」
大切な人を一人残らず失って、生きる理由も見失ったまま死んでしまったのだ。
「だけど、やりたいことを見つけたんだ……だから、淋しいけど、皆と一緒に居たいけど、俺は元の世界に帰るよっ」
本当に楽しい冒険だったのだ。
知らない土地と知らない風習、見たことも聞いたこともない料理。
灼熱の砂漠を歩いた、樹海や極寒の雪原も歩いた。
面白い人、優しい人、強い人、尊敬できる人、心を許し合える人、色んな人と出逢えた。
沢山泣いた。
沢山笑った。
辛い別れもあった。
痛いことや苦しいこともあった。
それでも最後は、最高の旅だと心の底から思える二年間であった。
「 さよならっ……! 」
――明日の朝には帰らせてやる。
……ブラドールは言った。
――今夜は好きなだけ仲間と語り合えばいいさ。
……そして、この世界で過ごす最後の夜が訪れた。




