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 第424話 『 〝むかで〟 』



 「貴様は何故戦う」


 「……俺の戦う理由?」


 ……〝むかで〟から投げ掛けられた質問、俺は改めて自分自身を見つめ直した。


 (……俺にやらなきゃならねェことがある)


 龍二を救い出すこと。


 元の世界に帰ること。


 ……それだけじゃない。



 「――俺は皆に幸せになって欲しいんだ」



 それが俺の願い。


 ギルドが、フレイが、夜凪が、ギガルドが、ウィンが、フゥが……皆が笑っていて欲しかった。


 「その為に、俺は戦うんだ……!」


 「……」


 俺の答えに〝むかで〟が沈黙した。


 「……何だ、その答えは」


 「……」


 「そんな甘ったれた考えで、本当の強者に勝てる筈がないっ」


 「……」


 〝むかで〟は俺の回答に真っ向から否定する。


 「俺はたった一人の女を救い出す為に、全てを捨てたのだっ! それでも届かなかったのだぞっ……!」


 〝むかで〟は珍しく激昂していた。


 「たった一人の大切な人すら守れなかったのだぞっ……!」


 「……」


 「断言する! 貴様は何も手に入れられないっ! 何も守れやしないっ……!」


 「そんなの誰が決めたんだよっ、負け犬野郎がっ……!」


 ――俺は〝むかで〟の胸ぐらを掴み、反論した。


 「確かにあんたは俺よりもずっと強かったし、長い時間を掛けて頑張ってきていたのかもしれねェ……!」


 〝むかで〟は敗けたのだ。


 それも完膚無きまでに心を砕かれていたのだ。


 「今まで大事なものなんて何度も失ってきたよっ、死んでも守ると言ったのに何度も守れなかったよっ……!」


   だ    が    。



 ――そんなことは関係ねェ!



 「それでも、今手の中にあるもの全部投げ出してもいいなんて理屈にはならねェだろッ!」


 俺は本当に非力で情けなくて、約束だってまともに守れなかった。


 何度も立ち止まった。


 何度も打ち砕かれた。



 ……だけど、今は前へ向いていた。



 前を向いて、歯ァ食いしばって、一歩ずつ進んでいた。


 「てめェが駄目だったとか俺には関係ねェんだよ! これが俺がやりたいことだ、これが俺の道だ!」


 「――っ」


 「例え、お前でも俺の道に口を出すことは許さねェ! わかったか、馬鹿野郎……!」


 俺が胸ぐらから手を離すと、〝むかで〟は弱々しくも尻餅をついた。


 「……納得できるものか」


 〝むかで〟が悔しそうに俯く。


 「楪は死んだんだぞ! 一度死んだ人間は蘇生することはできない! それがこのゲームのルールなんだぞッ!」


 「……ああ、知ってるよ」


 「楪が死んだっ。皆が幸せな未来なんて信じられる筈がないっ」


 「……」


 ……姿が見えないと思っていたが、やはり〝精霊王〟は死んでいたのか。


 だから、こんなにも打ちひしがれていたのだ。


 (……だけどよ)


 ちっとばかし諦めるのが早いんじゃないのか?



 「 だったら、神様に頼めばいい 」



 「……っ」


 「あんたと楪が元の世界に戻って、また一緒にいさせてくれ、って頼めばいいじゃねェか」


 俺の言葉に〝むかで〟が絶句する。


 「……でっ、出来る筈がないっ」


 俺の答えに〝むかで〟が戸惑う。


 「奴は絶対に人間の指図は受けない、そんな夢物語は絶対に実現する筈がないっ」


 「……」


 「誰もが望んでいて、誰もが笑える未来など有り得ないのだっ……!」


 「 だから、決めつけんなよ 」


 俺は不敵に笑んだ。


 「俺には考えがある。その為に〝白絵〟を倒す。そして――……」


 ……それが今の俺の野望。



 「 因果王、ブラドール=ヴァン=リローテッドに勝つ……! 」



 ……誰もが望んでいて誰もが笑える、そんな未来を手に入れる為の唯一の道であった。


 「……そんなこと……馬鹿げているっ」


 「ああ、そうかもな。だが、俺は立ち止まらねェぞ」


 「――」


 「無謀だろうが、でっけェ壁に阻まれようが、俺は行ってやるよ……!」


 この二年間、俺には大切なものが沢山できた。

 今まで空っぽだった俺からは想像できない程の変化だったんだ。


 「もう、うんざりなんだよ! 負けることも、諦めることも! 俺は勝ちたいんだよ!」


 俺は強くなったんだ。

 前に進む強さを手に入れたんだ。


 「らしくなく俯いてんじゃねェぞ! 前に進むのはてめェの専売特許じゃねェのかよ!」


 「……っ!」


 ――だが、俺は歩み続けるぞ


 ――手足をもがれようとも、地面を這ってでも俺は前へ進む


 ……クリスの死に絶望していた俺に〝むかで〟が言った言葉であった。

 あの言葉に俺は感銘を受けたんだ、あの言葉が今の俺を形作っていたんだ。


 「立ち上がらなくたっていい! 無様でもいい! いい加減に前に進んでやろうぜ!」


 「……」


 ……そうだ、〝むかで〟は凄い奴なんだ。


 強くて、

 揺るがなくて、

 格好良かった。


 ……だから、こんな所で腐るような奴じゃないんだ。



 「答えろよ――〝むかで〟ッ!」



 「――っ」


 そうか、そうだったのか。


 俺は〝むかで〟も救いたかったのか。



 ……俺が救いたい皆の中に〝むかで〟も居たんだ。







 「――ねえ、奏さん」


 ……ある日の昼下がり。


 「どうしたんだ、楪」


 病院を退院して三ヶ月後、夏の公園での一時。


 「奏さんってムカデに似ているよね」


 「……」


 木の幹に這うムカデを指差してそんなことを言い出した。


 「……あら、嫌そうな顔をしてどうしたの?」

 「まあ、あまり嬉しくはないからな」


 ……虫に似ている、それも害虫に似ていると言われて喜ぶのは無理があった。


 「それは申し訳ないわね……でも知ってる、奏さん」

 「知ってるって何を?」


 楪が自慢げに語る。


 「ムカデは後退しないものの象徴なの、戦国時代でも兜のデザインに使われるぐらいだったのよ」

 「……へえ」


 ……似ているってそういうことか。


 「だから、奏さんに似ているって思ったの。だって、奏さん一度決めたら最後まで曲げないんだから」

 「……そうかもな」


 昔から頑固ものだと家族からも言われていた。


 「……………………お願い、曲げないでね」


 ……楪が小さく呟いた。


 「……ずっとずっと、わたしを好きでいてね」


 「……」


 楪は俺の胸に頭を沈める。


 「当然だ。安心しろ――頑固なのには自信があるんだ」


 「……うん、ありがとう」


 俺は即答し、楪が俺の胸の中で微笑んだ。


 夏の公園。


 照り返す灼熱のアスファルト。



 ……蝉の声がよく聴こえた。



 ……………………。

 …………。

 ……。



 「 そうか、俺は〝むかで〟だったんだ 」



 ……時が経ち、俺は全てを失った。


 「真っ直ぐに進むしか能がない、そんな不器用な男だったんだ」


 ――〝むかで〟


 ……楪が似ていると言ってくれたんだ。


 「……〝むかで〟」


 タツタが静かに呟く俺を見つめる。



 「――いつまで掴んでいる?」



 ――俺は胸ぐらを掴む腕を払い除けた。


 「……………………済まない、楪」


 俺はここにはいない楪に謝辞を述べた。


 「……遅くなるかもしれぬが、もう少しだけ待っていてくれ」


 俺はタツタに背を向けて、覚束ない足取りで歩きだす。

 地面に滴が落ちては弾け飛ぶ。



 「俺はもう一度、君と共に歩きたいっ」



 俺は歩きだす。


 欠け代えのない大切な人を取り戻す為に――……。



 「……もう二度と……迷わぬぞっ」



 ……前へ進み続けた。


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