第423話 『 空龍と蟲龍 』
「久し振りだな、〝むかで〟」
……絶望に打ちひしがれていた俺の前に現れたのは、空上龍太であった。
「……貴様、何故こんな所に」
予想外な珍客に俺は警戒した。
「修行」
「……修行だと?」
「何だよ、文句あるかよ」
俺の都合を知らないのか、タツタは至って呑気な雰囲気であった。
「……そうか、修行か」
「まあな」
タツタは腕を組み頷いた……本当に修行に来ただけのようであった。
「……ならば帰ってくれ、俺は今、独りになりたいんだ」
「……」
俺は静かにタツタを拒絶する。
「はっ? 何で俺が帰んなきゃなんねェんだよ、ここはお前の家かよ」
「……」
……タツタは空気を読んでくれる人間ではなかった。
「お前が機嫌が悪そうなのはわかるけどよ、そもそも俺とお前は敵同士なんだぜ、殺気立つことはあっても気を利かせる道理は無い筈だ」
「……そうかもな」
タツタが言うことももっともなことであった。
俺はタツタの大切な仲間を殺したのだ、そうそう簡単に許せるような因縁ではなかった。
「俺が悪かった、直ぐに立ち去ろうか」
俺は詫びを入れ、タツタに背を向ける。
(……修行、か)
タツタは確かにそう言った。
(奴には未来があるのだな)
修行をするというのは、強くなろうとする意志があるということであった。
(……死に損ないの俺が邪魔をするべきではないな)
タツタには未来があった。そして、それを掴み取る為に、今も尚走っていた。
死に損ないの俺が未来のあるタツタの道を阻んでいい筈がなかった。
(それに今の奴は俺には眩し過ぎる)
今のタツタはこの世界に来たばかりの俺と同じ目をしていた。
やりたいこと、やるべきことを見付け、その為に走っていた。
「 待てよ、〝むかで〟 」
――タツタの声が俺の背中に投げ掛けられた。
「…………何だ、修行をするのではなかったのか?」
独りになりたかった俺は少し苛立ち気味に返事をする。
「……引き留めて悪い、ただちょっと気になったんだ」
タツタの声は宿敵を相手にしているとは思えない程に穏やかであった。
「 何かあったのか? 」
「……」
……まさか、
……この男にまで心配されるとはな。
「……何も無い」
……貴様に話すことなど何も。
「何も無いなんてことねェだろ、何でそんなにボロボロなんだよ、楪は何処に言ったんだよ」
「――」
タツタの無神経な問い掛けに一気に激情が沸き上がる。
「何も無いと言っているのがわからないのかっ! 失せろっ、喉元引き裂くぞっ……!」
「……」
「そもそも貴様は俺の敵であろうっ! 何故、俺に構うのだっ!」
「……」
楪の名前を口にされ、頭に血が上っていた俺は感情を押さえつけられなくなっていた。
「俺はお前の大切な仲間を殺したのだぞっ! どうして平然と会話ができるのだっ……!」
「……憧れていたんだ」
「――っ」
……憧れていた、だと?
……この男はまた意味不明なことを言うのだ。
「……俺はずっとお前に憧れていたんだよ、〝むかで〟」
……そう語るタツタの瞳に嘘偽りの色は見当たらなかった。
……俺は〝むかで〟に憧れていた。
俺が初めて〝むかで〟と出逢ったのは氷の庭園でフレイを奪われたときであった。
〝むかで〟は当時から強くて、俺や皆が束になっても敵わなかったんだ。
……圧倒的な力。
〝空門〟の力を借りても届かない程に俺と〝むかで〟の力量はかけ離れていた。
次に会ったときは風の谷での戦いであった。
クリスを殺され、奴は俺の拳を受け入れた。
俺は強くなっていたけれど、器の大きさで〝むかで〟に負けていた。
……〝むかで〟はずっと俺の先を行っていた。
(……悔しいが、俺はあいつの強さに憧れていたんだ)
それが何だ、この弱々しい姿は……。
(見る影もないじゃないか)
身体は酷く衰弱していて、覇気ようなものは感じられなかった。
「……一体、何があったんだよっ」
「……」
「何がお前を変えちまったんだよっ」
「……」
〝むかで〟は俺の問いに答えてくれなかった。
「……………………沈黙、か」
……どうやら〝むかで〟にとっても答えたいことではないようであった。
「悪かった、誰にでも話したくないことの一つや二つはあるよな」
況してや、俺は〝むかで〟の敵だ。殺し合うことはあれど、馴れ合う由は無かった。
「じゃあな、〝むかで〟」
「……」
俺は〝むかで〟から事情を聞き出すことをやめて、送り出す。
「……」
「……」
……しかし、互いに静止したままであった。
「――貴様は何故戦う」
問うたのは〝むかで〟。
問われたのは俺。
「…………俺の戦う理由、か」
……答えない理由も無かった俺は、ゆっくりと口を開いた。




