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 第422話 『 死に損ないの蟲 』



 ――さようなら、〝むかで〟



 ……〝白絵〟の笑い声が鼓膜の内側に残響する。


 「……俺は何故、生きている」


 俺は深い森の中で一人呟いた。

 〝しゃち〟の水分身に担がれ、ウェルタン大陸にある森まで運ばれ、今に至っていた。


 「……〝からす〟……〝おにぐも〟……〝おろち〟……〝しゃち〟……楪……皆、いなくなった」


 俺は亡霊のように朧気に呻く。


 「……楪……楪ァ」


 あれから三日が経ち、傷は既に癒えていた。しかし、身体が思うように動いてくれなかった。

 心が折れてしまったのだ。

 楪を救う為に今まで命懸けで積み重ねてきたのに、楪が死んでしまった。



 ――死んだらゲームオーバー。一度ゲームオーバーになった人間は甦らせることができない。



 ……それがこの世界のルールであった。


 「……無駄だったのか、今までの全ては」


 どう足掻いたって俺の願いは叶わない。


 楪は俺にとっての全てであった、それを失った。


 夢も希望も無い。


 俺の人生は、柊奏の人生は何もかもが無駄だったのか?


 無駄に生き延びて、後は朽ちるしかないのか?


 ……俺はこれから


 「 何の為に生きればいい? 」


 亡霊はさ迷う。


 深くて暗い森の中をさ迷う。


 目的地など在りはしない。


 ……………………。

 …………。

 ……。


 (……あれから何時間が経ったのだろうか?)


 日が暮れ、日が昇り、また日が暮れようとしていた。


 俺は已然として森の中をさ迷っていた。

 何処に向かえばいいのかわからなかった。

 何を希望に生きればいいのかわからなかった。


 ……俺には生きる理由が見つけられなかった。


 (……もう、死んでしまった方がいいのだろうか?)


 俺には生きる理由がない。

 呼吸をする必要も、食事を摂る必要もない。

 全てを放棄し、穏やかに死を待つ他なかった。


 ――いや、選択肢はまだ残っていた。


 ……俺の懐には数本のナイフが残されていた。


 (……このナイフで喉元を切り裂けば死ねる)


 それは簡単で、単純で、魅惑的な選択肢であった。


 「……」


 ……しかし、それはしたくなかった。



 ――借りを返しに来たよ、〝むかで〟



 ……〝しゃち〟が別れ際にそう言ったのだ。


 俺の命は〝しゃち〟が命をとして護り通したものだ。

 そう簡単に断っていいものではなかった。


 「…………駄目だ」


 断ってはならない大切な命だ。大切なのにやはり駄目であった。


 ……生きたい思えなかった。


 「……俺は、俺はどうすればいいんだっ」


 その問いに答える者は居なかった。

 ここには俺の他に、動物や虫しか居なかったからだ。


 「……クソッ……たれがっ」


 俺の嘆きの声は鈴虫の鳴き声に掻き消されてしまった。


 ……………………。

 …………。

 ……。


 ――更に二日が経過した。


 ……俺は変わらず森の中をさ迷っていた。


 「……」


 最初は気になった空腹も今ではほとんど気にならなくなっていた。


 「……」


 かれこれ一週間、飲まず食わずの生活を続け、時に睡魔に身を委ねるも、悪夢で叩き起こされていた。

 いつになれば俺は救われるのだろうか?

 いっそのこと楪や〝KOSMOS〟のことを忘れてしまえば楽になれるのだろうか?

 もう辛かった。


 果てのない絶望。

 呪いのように残響する楪と〝しゃち〟の声。


 誰でもいいから解放してほしかった。


 「……もう、いいだろう」


 十分に足掻いた。

 十分に苦しんだ。


 「……俺は」


 さようなら、楪


 さようなら、〝KOSMOS〟の皆


 「……もう……全部投げ出してしま



 ――ガサッ……。何者かが茂みから姿を見せた。



 俺は不意にその者の姿に目線を差し出す。


 「……貴様っ」


 ……その男は俺の知る人物であった。


 「見ない内に随分と痩せたんじゃねェの、〝むかで〟」


 その男は嘗て、格下でありながら俺に苦汁を舐めさせたことがあった。

 その男は嘗て、俺に大事な人を奪われたことがあった。



 「 空上龍太っ……! 」



 ……そう、空上龍太が俺の前に現れたのであった。


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