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 第421話 『 忘却の鴉 』



 ……夜凪が眠ってから三日間が経過していた。


 〝白絵〟にドロシーを殺された日から三日が経過しており、俺の身体の傷や疲労は完全に回復していた。

 それでも心の傷は深く、今一つ笑えない日々が続いていた。

 俺の他にもギルドやギガルド・夜凪も見た目は完治しており、夜凪以外はいつでも戦うことができる状態にある。


 ……しかし、夜凪だけは怪我は治っているものの未だに眠ったままであった。


 「……ユウくん、起きませんね」


 ユウの看病をしていたギルドが静かに呟く。


 「交代の時間だぞ、ギルド」

 「もう、そんな時間でしたか」


 目を覚ます気配の無い夜凪を皆で代わる代わる看病をしていた。


 「……やっぱり、まだ起きないのか?」

 「はい、でも顔色は大分良くなってきています」

 「そりゃ良かった」


 俺は安堵の息を溢した。


 「まあ、看病は俺に任せて皆の飯を作ってくれないか」

 「はい、すぐに作りますね」


 そう言ってギルドは微笑み、部屋を出ていく……ドロシーが居ない今、料理はギルドが担当していた。


 「……」


 夜凪と二人になった俺は沈黙する。当然だ、ここには俺と夜凪しか居なくて、夜凪は深い眠りに就いているのだから。


 ……夜凪は記憶を失ったらしい。


 フレイから聞いたが、〝白絵〟との戦闘で脳に多大なダメージを負った夜凪は記憶を失ったらしかった。

 らしかった、というのはまだ夜凪が一度も目を覚ましていなかったので、確実に記憶喪失になったと言い切れないからであった。


 「……悪かったな、無理させちまって」


 俺は穏やかに寝息をたてる夜凪の頭を撫でてやった。

 夜凪は死に物狂いで戦って〝白絵〟を足止めしたのだ。それこそ記憶を失ってしまう程に……。

 一方で、俺はドロシーを護り切れなかった。〝白絵〟にドロシーを殺されてしまった。


 ……本当に情けなかった。


 口で護るだの何だの言っていながら、俺は何一つ護り切れていなかった。


 不甲斐ない。

 格好悪い。


 「だけど、俺は止まらねェから」


 それでも進むべき道はわかっていた。

 誰もが望んでいて、誰もが待ち焦がれていた、そんな奇跡的な未来への道が見えていた。

 確かにその道は険しくて困難な道である。


 「絶対に諦めねェから」


 それでも俺は何一つ手放したくような甘ったれで欲張りだから、進み続けると決めたのだ。


 「だから、お前もさっさと目を覚ませよ」


 俺が目指すハッピーエンドに、夜凪が居ないのは淋しかった。

 だから、俺は待った。

 夜凪が目を覚ますその瞬間を……。



 「……………………んっ……ん」



 ……夜凪が小さく唸った。


 「……夜凪?」


 俺は、眉根を寄せて唸る夜凪の肩を軽く揺する。


 「夜凪っ、大丈夫かっ?」


 俺の声で夜凪が瞼をゆっくりと開いた。


 「……………………ここは?」


 夜凪がぼんやりとした口調で俺に訊ねる。


 「ここはイクサスの町にある宿だ」

 「……イクサス?」


 聞き慣れない単語なのか夜凪は首を傾げる。


 「てか、お兄さん、誰?」


 「……」


 ……やはり夜凪は記憶を失っていた。


 (……わかっていても堪えるものがあるな)


 俺は微かな胸の痛みを感じた。


 「……何も覚えてないのか?」


 「うん」


 「……何か覚えていることは無いのか? 自分自身のことも覚えていないのか?」


 「……」


 俺の二つ目の質問に夜凪は少し考える。

 少し考え、記憶がまとまったのか、夜凪はゆっくりと口を開いた。


 「……俺はたぶん夜凪夕って名前だと思う。そして、お父さんとお母さんがいて、家から出ちゃいけなくて明日はお母さんが俺に算数を教えてくれるんだ」


 「――」


 ……それは、嘗て貨物船の上で夜凪から聞いた、夜凪がこの世界に来る前の話であった。


 「……それ以外は何も覚えていないのか?」

 「……」


 俺の質問に夜凪は年相応な困った顔をした。


 「盗賊だったことも覚えていないのか?」


 「……」


 「フレイを護る為に〝むかで〟と戦ったことも覚えていないのか?」


 「……」


 「皆で海で遊んだことは?」


 「……」


 「グレゴリウスや〝水由〟と戦ったことは?」


 「……」


 「雷帝武闘大会に参加したことは?」


 「……」


 「船で昔話をしてくれたことは?」


 「……」


 「……風の谷での戦いは?」


 「……」


 「…………海で恋バナしたことは?」


 「……」


 「…………ドロシーを護る為に……戦ったことは?」


 「……」


 「……本当に……本当に何も覚えていないのか?」


 「……ごめん」


 「――っ」


 夜凪が居心地の悪そうに謝り、俺は落胆で俯いた。


 「……お兄さんが言ったことは何も覚えていないんだ」


 「……そう、か」


 ……夜凪は本当に記憶を失っていた。


 「……ごめん」

 「謝るんじゃねェよ、別に悪いこと何かしていないんだから」


 ……情けねェ。


 ……俺は十四のガキが謝りたくなる程に情けない顔をしていたんだ。


 (……だけど、全部忘れちまったのかよ)


 共に笑った時間。


 共に乗り越えた苦難。


 それら全て忘れてしまったのだ。


 (……クソッたれが)


 俺は俺自身の不甲斐なさと現実の無情さに毒づいた。


 「……大丈夫? お兄さん」


 俯く俺に夜凪が心配そうな眼差しを向ける。



 「 俺は空上龍太だ 」



 ……そんな夜凪に俺は顔を上げて、名乗りを上げた。


 「思い出せないことは仕方がない。だが、お前は俺の大事な仲間だったんだ」


 俺は右手を夜凪に差し出す。


 「だから、俺達はお前を助けてやる。お前も俺達を信じて欲しい」


 「……」


 ――思い出せないことは仕方がありません。でも、ここで出逢ったのも何かの縁です、もしかしたらあなたがわたしの助けになったり、わたしがあなたの助けになるかもしれません


 ……昔、記憶を失っていた俺にギルドが言ってくれた言葉。


 この言葉に俺は助けられた。

 この言葉から俺の冒険は始まった。

 だから、今度は夜凪に言ってやる番だと思った。


 「夜凪、もう一度仲間になってくれ……!」


 「……」


 俺は夜凪を真っ直ぐ見つめ、夜凪も俺の目を見つめて少しだけ考える。


 「……正直、お兄さんの言ってることはよくわかんないけど」


 夜凪が照れ臭そうに頭を掻く。


 「お兄さんが真剣なことはよく伝わったから」



 ――夜凪が俺の手を握った。



 「よろしくね、お兄さん」


 「タツタでいいよ、夜凪」


 俺も夜凪の手を握り返した。


 「俺には仲間がいるんだ、今から呼んでくるよ」

 「うん」


 俺は夜凪の手を離して、部屋を出る。


 「……」


 ……夜凪は目を覚ました。


 (……後は記憶が戻れば完璧だが)


 俺には夜凪の記憶を取り戻す宛があった。


 一つは〝white‐canvas〟による記憶再生。


 もう一つはショック療法。


 「……………………難しいな」


 自分で考えて、自分でひよってしまう。

 一つ目の〝white‐canvas〟による記憶再生……普通に考えて、〝白絵〟が夜凪の記憶を戻してくれる理由が無かった。

 二つ目のショック療法……先程の会話の雰囲気からして、簡単には戻りそうになかった。


 「……あいつの記憶にショックを与えられそうな奴か」


 一番仲の良かったフレイか……いや、先程の手応えから見て微妙か。


 (フレイや俺達よりも付き合いの長い奴……心当たりはあるんだが)


 そう、俺達よりも遥かに長い時間、夜凪と共に行動していた男がいた。


 その男は夜凪と長い時間を共に過ごしていた。


 その男は強く、揺るがない力と精神力、そしてカリスマ性を兼ね備えていた。


 「……〝むかで〟、今頃どうしてるのかね」



 ……俺は因縁の宿敵でもある男の顔を思いだし、皆を呼びにいった。


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