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 第420話 『 笑う深海魚 』



 ――僕はずっと暗い部屋の中にいた。



 ……生まれつき根暗だった僕にはおよそ友達と呼べる人間がいなかった。


 中学・高校と不良グループに目を付けられた僕にとっての学校は地獄でしかなかった。


 暴力。


 恐喝。


 器物破損。


 パシリ。


 根性焼き。


 ゴキブリやミミズを食わされたこともあった。


 助けてくれる人なんている筈がなかった。危険をさらしてまで不良グループから庇ってくれるような友人も正義感溢れる熱血教師なんて何処にもいなかった。


 ……いつしか学校には行かなくなっていた。


 自分の部屋の中は平穏だった。

 暴力も恐喝もない、僕が望んでいた世界がここにはあった。


 ……だけど、幸せじゃなかった。


 この部屋には僕しか居なくて、ただただ孤独であった。

 平穏であり、同時に退屈であった。

 生き甲斐なんて無かった。未来に希望なんて欠片も無かった。

 ここに在るのはただの〝惰性の命〟であった。



 ……僕はただ死んでいなかった。



 僕は生きてなんていなかった。ただ死んでいないだけであった。


 ……それからしばらくして両親が僕に学校に行くように説得した。

 けっして裕福と言える家庭ではない魚住家に、引きこもりを何年も置いていく余裕はないと言われた。

 それは僕もわかっていたし、当然の判断だと理解していた。

 僕は両親に来週から学校に通うと言った。両親は安堵の笑顔を浮かべた。



 ……その夜、僕は首を吊って死んだ。



 僕に生きる理由なんて何処にも無かったから。

 ただ、死ぬのが恐くて生きていただけだったから。


 ――だから、死んだ。


 学校に行くのが恐かった。

 両親が言うことも正しかった。

 だけど、僕には辛いことを耐える余裕がなかった。


 希望があれば、絶望に耐えられると僕は思う。


 だけど、僕には希望がなかった。


 だから、絶望に耐える意味がなかった。


 今日、世界が終わってもいいと思える人間の明日に何の価値があるというのだろうか?



 ……僕は深海魚だ。



 暗く、深いやみの底でしか生きられない。


 それが僕であった……。







  大   海   震   掌




 ――僕は知っていた。


 「 ♪ 」


 僕では〝白絵〟に敵わないことを……。


 僕は〝白絵〟に殺されることを……。



 「 〝トール鉄槌ハンマー〟 」



 ――殴ッッッッッッッッッッッッ……! 〝白絵〟の光を纏った鉄拳が僕の土手っ腹に叩き込まれた。



 「――かはっ……!」


 「 〝解放バースト〟 」



  ソル   き   ライト   ニング



 「ガッッッッッッッッッッ……!」


 ――閃ッッッッッッッッッッッッッッッッッッ……! 零距離で白い光線を放たれ、光線ごと地面に叩きつけられた。


 「――っあ!」


 全身に激痛が走る。

 意識が一瞬だけ飛ぶ。


 「……………………ここまでか」


 体力はまだ残っている。

 魔力もまだ残っている。


 ――だけど、ここまでであった。


 〝白絵〟自身には不死の魔術が、

 〝white‐canvas〟には対〝特異能力スキル〟破壊用のプロテクターが各々に掛けられていた。


 (……これはレベルでも上回らないとどうしようも無いね)


 解っていたことだが、〝白絵〟との力の差は歴然であった。


 (……〝white‐canvas〟を消せない以上、打つ手は残されていない)


 ――敗北


 ……それが今、決定した。


 「終わりかい?」


 〝白絵〟が僕の前で足を止め、見下ろす。


 「そうだね、僕の敗けだ」


 「そうか」


 〝白絵〟は無表情のまま僕に手をかざす。



 「 〝ディスティニーれざる・オブ・運命ザ・デッド〟 」



 僕の頭上に巨大なアナログ時計が召喚された。


 「お前は一分後――必ず死ぬ」


 ……どうやら、この時計の短針が一周したら絶命する仕組みのようである。


 「十分だよ、一分あればね」


 僕は起き上がり、〝白絵〟と反対の方向へ視線を傾ける。


 「じゃあね――〝むかで〟」


 ……そこには〝むかで〟が立っていた。


 「……」


 〝むかで〟は喋らない。当然だ――彼は〝むかで〟ではないのだから。


 「〝明鏡止水遊々海魚〟――解除」



 ――〝むかで〟が水となり崩れ落ちた。



 「……水人形?」


 流石の〝白絵〟も驚愕した。


 「〝明鏡止水遊々海魚〟は本人のDNAさえあればその人物と同等の強さの水人形を自在に操る力だ」


 これこそが僕の〝特異能力スキル〟の〝ステージ形態・ツー〟である。

 姿や魔力だけでなく、〝特異能力〟やレベルまでも再現された水人形の精度は凄まじく、〝魔眼〟を持つ〝白絵〟ですら気づけない程の完成度であった。


 「ならば本物は?」

 「とっくの昔に僕の水分身と共に街まで離脱しているよ」

 「――」


 ……さて、種明かしの時間もここまでだ。


 ――時計の針は既に〝6〟を過ぎていた。


 (……思い返せば悪くない人生だったね)


 現世で自殺して、インチキ臭い神様に連れてこられた異世界。

 〝むかで〟と出会って、〝KOSMOS〟を結成して、皆で悪いことを沢山した。


 (〝むかで〟、君にとっては僕なんて、野望を果たす為のただの駒程度にしか思っていなかったのかもしれない)



 ――お前の力が要る、俺の仲間にならないか?



 (……僕の人生で初めて誰かに必要とされた、一緒に居てくれって言ってくれたんだ)


 ――9


 (理由はどうであれ、僕は君のお陰で孤独じゃなくなったんだ)


 ――10


 「……ありがとう、〝むかで〟」


 ――11



 「……僕は君に借りを返せたよね」



 ――12




 ……そして、僕は笑い、灰になった。








 「 見事だ、魚住虎 」


 ……〝しゃち〟であった誇り高き灰に僕は敬意を称した。


 「僕を欺き、友を護り通した」


 瞬間移動を使えば〝むかで〟に追い付き殺すことができた。



 「 お前の勝ちだ 」



 ……しかし、僕はそれをしなかった。


 「その強き信念に免じて今日の所は見逃してやるよ」


 するべきではないと思った。

 僕にはこの誇り高き灰を踏みにじることができなかった。


 「……」


 僕は魔王城に帰還すべく歩を進める。


 (……これで僕の野望を妨げる最大の壁は排除した)


 ――〝むかで〟


 ……奴は今まで戦ってきた誰よりも強かった。

 正直、敗北すらも覚悟した。


 (準備は整ったよ、兄さん)


 僕は世界でたった一人の兄に心中で語りかける。



 「 宿命の時は来た、いつでも僕を殺しに来い 」



 ……そう遠くない日に訪れるその瞬間を、僕は心より待ち焦がれた。


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