第37話 『 守りたい大切なもの 』
……目の前の光景に俺は息を呑んだ。
(……何だ、この魔力はっ)
この俺すらも上回る膨大な魔力の解放に、空気が軋んだ。
(……いや、それよりも)
――巨龍
……そう、カラアゲタツタの背後に巨大な龍の幻覚が見えた。
(……幻か?)
そう、龍なんてどこにもいない。
だけど、確かに龍がいる。
……俺の目の前に立ち塞がっている。
(一体、何なんだ、この威圧感は……!)
「……………………面白い」
俺は笑っていた。
ある確信があったのだ。
「叩き潰してやろう……!」
――この戦いは、絶対に面白い。
……それは、戦士の直感であった。
――わたし達、友達ですよね。
……声が聴こえた。
――呼んだら助けてくれるんですよね? あの嵐の日のように。
……それは、フレイとそっくりな声だった。
――当たり前だろ。
……その声は俺とそっくりな声だった。
――ゴッッッッッッッッッッッッッッッッッッ……! 〝SOC〟と巨大な戦斧が衝突した。
「……受け止めた、だと」
〝おにぐも〟が予想外の事態に戸惑いの声を溢した。
……俺は〝SOC〟に力を込め、巨大な戦斧を押し返した。
「 俺の友達を傷付けるな 」
――斬ッッッッッッ……! 俺は巨大な戦斧を押しきり、そのまま〝おにぐも〟を斜め一閃切り裂いた。
「 ぶっ殺すぞ……! 」
――二撃目。一撃目の斬撃と交差するよう、〝おにぐも〟を切り裂いた。
「……ぐっ……おっ」
これには〝おにぐも〟が堪らず膝を着く。
――トンッ、俺は軽く跳躍し、空中で身体をしならせた。
「……貴様」
――俺は回し蹴りを繰り出す。
「……何者だ」
――ガッッッッッッ……! しかし、〝おにぐも〟はその蹴りを受け止める。
「 止められるとでも思ったのか? 」
――ミシッ……! 〝おにぐも〟の腕が軋んだ。
「 甘いんだよ 」
――〝おにぐも〟の腕が弾かれ、俺の回し蹴りが〝おにぐも〟の頬骨に炸裂した。
「――ッッッッッッ……!」
〝おにぐも〟は勢いよく吹っ飛ばされ、水面を何度もバウンドした。
しかし、すぐに体勢を立て直し、水飛沫を撒き散らしながら静止した。
「……この重さ、先程までと比べるべくもない」
〝おにぐも〟は慎重に間合いを測る。
「……」
……何だかよくわかんねェけど、力がみなぎってきやがる。
不思議な感覚だった。さっきまでスッカラカンだった魔力が、寧ろ万全な時よりも膨れ上がっていた。
「……でも、これなら戦える」
……今はそれだけで充分だった。
「……少しはやるようだな」
「見た目通りかなり頑丈なようだな」
〝おにぐも〟は二度斬られた上に、全力の回し蹴りを顔に叩き込まれたのにも拘わらず、何事も無いように立ち上がっていた。
「では教えてもらおうか、貴様の正体を」
「正体? 訳わからんこと言ってんじゃねェぞ」
――ズァッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ……! 魔力が更に膨れ上がった。
「 俺は空上龍太だ。それ以上でもそれ以下でもねェよ……! 」
――俺は一瞬で〝おにぐも〟との間合いを制圧した。
「ぬるいっ」
――〝おにぐも〟がカウンターで戦斧を振り下ろす。
「遅え……!」
――俺は身を翻して〝おにぐも〟の斬撃を回避する。
同 時 。
――パシャンッ! 俺は回避する直前に手で掬っていた水を〝おにぐも〟の顔に掛けた。
「……っ!」
……コンマ数秒の暗転。
……一瞬の隙。
「 ぶっ飛べ 」
――ゴッッッッッッッッッッッ……! 俺は〝おにぐも〟が何かするよりも速く、土手っ腹に拳を叩き込んだ。
〝おにぐも〟は凄まじい勢いで吹っ飛んだ。
その勢いは凄まじく、水面を何度もバウンドし、木々を薙ぎ倒し、何本もの木々と共に宙へ投げ出される。
「……ぐがっ」
〝おにぐも〟が吐血する。
し か し 。
……俺は容赦なんてしてやらない。
――トンッ……。〝おにぐも〟の巨体の上に着地していた。
「――貴様」
「喰らえ――……」
――打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打ッッッッッッッッッ……!
……殴って
……殴って
……殴りまくった。
ま だ だ 。
……まだ、俺の連撃は終わりではない。
「 こ 」
「 れ 」
「 で 」
――俺は右腕にありったけの魔力を練り込んだ。
「 終 」
――俺の拳が、水面に仰向けで浮かぶ〝おにぐも〟に振り下ろされる。
「 わりだァァァァァァァァァッッッ……! 」
――殴ッッッッッッッッッッッッッッッッッッ……! 俺の全力の拳が〝おにぐも〟に叩き込まれた。
……〝おにぐも〟を中心に暴風が吹き荒れ、周囲に水飛沫を撒き散らしす。
(……やったか?)
手応えは完璧だった。間違いなく直撃であった。
――バシャンッ……。
「……っ!?」
……おかしな話であった。
〝おにぐも〟は〝灼煌〟を三回、〝黒朧〟を一回、上体を十字に斬られ、何度も必殺の拳を受けていた。
「……その程度か?」
……〝おにぐも〟は悠然と立っていた。
「……何だ、それ?」
あれだけの攻撃を受けてなお平然と立っていた……しかし、異常はそれだけではなかった。
「……初めて見るか」
そう、〝おにぐも〟の身体を黒い魔力が渦巻いていた。
「〝闇の魔力〟。あらゆる、スペックを数段引き上げる魔力だ」
――ぶわっ、〝おにぐも〟が一瞬で間合いを制圧する。その拳は既に振りかぶられていた。
(――まずいっ!)
俺は咄嗟にガードした。
「 受け止められはしない 」
――俺のガードと〝おにぐも〟の拳が衝突する。
「 今の俺は今までの五倍強い 」
ゴ ン
ッ
キ
――気づけば、俺の身体は宙を浮き、大砲の弾のような速度で吹っ飛んでいた。
「――ッッッッッッ……!」
俺は為す術もなく吹っ飛ばされ、木々を薙ぎ倒し、岩壁に叩きつけられやっと停止した。
「がっ……!」
……背中に衝撃が走った。
……岩壁に巨大な亀裂が走った。
「……嘘だろ」
……たったの一撃、たったの一撃受けただけで全身の体力が一気に抜け落ちた。
「化け物が――……」
俺はそこで言葉を切った。
――〝おにぐも〟の戦斧が高速回転しながら迫っていたからだ。
「――チッ!」
俺は〝SOC〟で迫り来る〝戦斧〟を弾いた。
……風が吹く。
……木の葉が舞う。
「 〝おにぐも〟! 」
……目の前に〝おにぐも〟がいた。
「速ェッ!」
――俺は咄嗟に〝SOC〟を薙ぐ。
「当然だ。五倍になったのは力だけではない……速さも五倍になったのだ」
――パシッ、〝おにぐも〟が俺の腕を掴んだ。
「……もう逃がさない」
「――」
――〝おにぐも〟の拳が、俺の土手っ腹に叩き込まれた。
「ぐぼァッッッ……!」
俺は堪らず鮮血を吐き出した。
「ァァァァァァァァァッッッ……!」
骨が折れ、内臓が潰れた。
ヤ バ い !
俺の身体は宙へ打ち上げられ、やがて地に落ちた。
「……ァ……あぁ」
ただひたすらに痛かった。頭が真っ白になるくらい苦しかった。
「……死ぬ……のか」
俺は水の中に沈みながらのたうち回る。
「……死にたく……ねェ」
ま だ だ !
……頭の中から声が聴こえた。
――まだ戦える!
……異変はすぐに起きた。
「……立ち上がる、だと」
……〝おにぐも〟が俺の姿を見て戦慄する。
「……まだ戦える」
俺は満身創痍になりながらも立ち上がっていた。
「……戦え」
――俺の姿が〝おにぐも〟の視界から消えた。
「 る 」
――俺は〝おにぐも〟の目の前にいた。
「更に速く――がっ!」
「うおおォォォォォォォォォッッッ……!」
――俺は何度も何度も何度も、〝おにぐも〟を殴りまくった。
「フレイを守るんだ……!」
――殴る。
「他の奴等はどうだっていい……!」
殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。
「俺は友達を守るんだーーーッ!」
――渾身の一撃が〝おにぐも〟に炸裂し、〝おにぐも〟は堪らず、吹っ飛び、巨大な岩壁に叩きつけられた。
「……ハア……ハアッ」
……俺は何を言っているんだ?
訳がわからなかった。
確かにフレイを守りたい気持ちはある。しかし、他の皆を見捨ててもいいだなんて思ってはいない。
「……誰だ、お前」
……俺の中に何かがいた。
俺は今、そいつに乗っ取られそうになっていた。
「……この湧き出てくる力もお前のものなのか?」
何にしてもわからないことが多すぎた。
「……少しはやるようだな」
……おっと、考え事をしている暇はないようだ。
「お前こそまだ立ち上がってくるのかよ」
「普通の人間に比べて丈夫な方でな」
〝おにぐも〟は少しふらつきながらも立ち上がっていた。
「たく、最悪だよ」
俺は笑った。
「――俺はもう限界だってのによ」
――俺は地面に膝を着いた。
……限界など既に超えていた。今まで、頭の中から囁く謎の声と身体の内から湧き出てくる膨大な魔力のお陰で動けていたに過ぎなかったのだ。
それも今では限界であった。もう、一歩も歩けなかった。
「……」
〝おにぐも〟は静かにこちらへ歩み寄る。
「……ごめん、皆」
俺はここにはいない仲間に謝った。
「……俺……たぶん死ぬかも」
……もう身体は動かない。
……もう戦えない。
――0パーセント
「お前との殺し合い、存外楽しかったぞ」
〝おにぐも〟が静かに笑った。
「そして、去らばだ」
「……クソ、が」
――ゴッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ……! 〝おにぐも〟の全力の鉄拳が土手っ腹に叩き込まれた。
メキッメキッ
ベキッ ベキッ
バ ギ ッ
……骨が折れた。
……内臓が潰れた。
俺の身体はふわりと宙へ放られ、そして水溜まりに落ちた。
「……」
……声が出なかった。
……身体も指一つ動かなかった。
……血は水溜まりにどんどん流れていった。
……痛みは無く、意識は既に朦朧としていた。
「……中々、いい殺し合いだった」
……どこか遠くから〝おにぐも〟の声が聞こえた。
「お前の仲間もすぐにお前の下へ送ってやる」
〝おにぐも〟が戦斧を拾い、俺に背を向けて歩き出した。
駄 目 だ !
――俺は〝おにぐも〟を止めようと手を伸ばした。
……しかし、〝おにぐも〟はどんどん遠くへ行ってしまう。
(……………………そうか)
俺は気がついた。
(……俺……死ぬのか)
身体は指一つ動かなかった。
徐々に意識と血液が俺の身体からこぼれ落ちた。
「……」
限 界
……その二文字が脳裏を過った。
(……そうか、死ぬんだな。俺)
まだまだ、やりたいことが沢山あった。食べたいもの、見たいもの沢山あった。
(……どうやら、叶えられそうにないな)
……何故なら死ぬからだ。
そう、空上龍太は死ぬのだ。
(…………もう……限界……だ)
俺は静かに瞼を閉じた。
お や す み な さ い
……俺は静かにそう呟いた。
……世界暦1642年。
……暗黒大陸東部。
……俺、空上龍太は死
――あと一人くらい欲しいなあ、とか思ってたりしない?
……カノンの声が脳裏を過った。
(……カノン。お前とはもっと仲良くなれると思ったんだけどな)
まさか、あれから一週間かそこら死ぬことになるとは思いもしなかったな。
(……悔いが残るな)
――さようなら
……続いて、フレイの泣き顔が脳裏を過った。
(……フレイ。悪い、結局守れそうにないな)
せっかく仲良くなれたのに、こんな結末認められねェよ。
だけど、駄目なんだ。
身体が動かないんだ。もう限界なんだ。
(……ごめん、フレイ。本当にごめ
――……いいですよ。
――格好いいですよ。タツタさん
――ザパンッ、水が跳ねる音が響いた。
(……もう二度と大切なものを失いたくないんだ)
……それは遠い遠い、失われた記憶。
(……だから、立ち上がるんだよ)
……守りたい、守らなくちゃならない奴等がいる。
( 俺は )
――カノン……!
――フレイ……!
――ギルド……!
「 お前等を死なせたくないんだ……! 」
……俺を中心に風が吹いた。
「……貴様」
……〝おにぐも〟が振り返り、目を見開く。
「悪いな、〝おにぐも〟」
俺は〝SOC〟を拾い上げた。
「どうやら俺、誰も死なせたくねェみたいだ」
「ならば、どうするというのだ?」
……簡単すぎる質問だった。
「……」
そう、答えは一つしかなかった。
「 あんたを倒す 」
……それが俺の宣戦布告であった。
「それしか俺の、いや俺達の未来は有り得ねェ」
「……面白い」
〝おにぐも〟が笑った、気がした。
「ならば、その腕で証明してみせよ……!」
〝おにぐも〟が戦斧を片手に飛び出した。
「……」
……ありがとう
――俺は心の中で皆に叫んだ。
……お前等がいなかったら俺はここまで来れなかった。感謝してもしきれねェよ。
――一瞬で間合いを制圧した〝おにぐも〟が戦斧を振り下ろす。
「 だから、どうか生きてくれ 」
――斬ッッッッッッ……! 戦斧が俺の肩を切り裂いた。
「 !? 」
……しかし、それだけであった。戦斧は俺の肩を抉り、そのまま硬直していた。
「 安心しろ、〝おにぐも〟 」
――俺が〝おにぐも〟の腕を掴んで止めていたからだ。
「 地獄には俺が一緒に行ってやる 」
――斬ッッッッッッッッッッッッ……! 斜め一閃、〝SOC〟による一撃が〝おにぐも〟に炸裂した。
「……見事」
……〝おにぐも〟が真っ正面から倒れる。
――ガクンッ、強烈な脱力感に立っていられなくなった。
「……クソ、が」
俺も〝おにぐも〟の横で倒れる。
「……」
……限界だった。
……全てを出し切った。
睡 魔
……強烈な眠気が俺を誘った。
(……悪い、皆)
俺は心の中で皆に謝った。
(……どうやら……ここまでのようだ)
俺は瞼を閉じて、深い眠りに着いた。
……声が聴こえた。