第412話 『 百鬼夜行 』
――神速のムカデが僕の心臓を貫いた。
(初手は魔力の膜を切り裂く。二手目でその隙間を貫いたか)
僕の心臓の八割は欠損し、既にその機能を果たしていなかった。
並の人間であれば、死に至る秒読みであろう。
「 くはっ♪ 」
……しかし、僕は並の人間ではない。
魔王
最強の魔導師
〝七つの大罪〟――〝傲慢〟
――僕は心臓を貫いたムカデを引き千切った。
「この僕をここまで追い詰められる人間などそうは居ないだろう」
一歩後退り、面を上げる。
「〝むかで〟、お前は強い」
……既に僕の心臓は完治していた。
「 だけど、ここから先は通行止めだ 」
僕は人差し指を〝むかで〟に向けた。
「お前が幾ら手を伸ばそうとも、地面を這いつくばっても届かない頂がある」
「……」
――〝特異能力〟、解放
「さあ、抗うことももがくことも叶わずに殺されようか」
w h i t e ‐ c a n v a s
――発動。
「――」
「――」
……僕は必中で必殺の弾丸を〝むかで〟に放った。
それは文字通り必中であり、必殺の弾丸である。
避けることも、足掻くことも許さない殺戮。
それを今、僕は執行した。
「 」
――〝むかで〟がその場で倒れる。
地面に身体を預け、横たわる様は死体そのものであった。
「お前は強い。だけど、それだけじゃ僕には勝てない」
僕は地面に横たわる〝むかで〟に背を向け、歩き出す。
「お前の相手が〝白絵〟である限りね♪」
想像していたよりも呆気ない幕引きに、僕は内心〝むかで〟に失望した。
〝むかで〟は〝異界人〟で、〝七つの大罪〟の一人で、〝KOSMOS〟の首領だ。
悪足掻きの一つぐらい見せてくれるであろうと期待していたのだ。
しかし、結果はどうだ。
僕がほんの少し本気を出しただけでこの様である。
(……だが、これで僕の目的を果たす為の最大の障害を排除した)
……残るはタツタとの決戦に備えるだけであった。
(とはいえ、少しばかり退屈になるね)
タツタとの決戦までそう遠くないとはいえ、明日や明後日に始まる訳でもなかった。
それまでの間、僕にはやることがなかった。
(何か暇潰しを探さないとね)
僕は呑気に思案に耽る。
「 終わったと思ったか? 」
……決着はまだついていないとも知らずに。
「……………………へえ、まだ生きていたんだ」
確かに、僕は必中にして必殺の弾丸を〝むかで〟に放った。しかし、〝むかで〟は一度倒れたのにも拘わらず、再び僕の前に立ちはだかっていた。
「どんな小細工を使ったかなんて興味はないけど、狸寝入りなんて意外に姑息だね」
確かな手応えはあった。
確信もあった。
「狸寝入り? 言い掛かりだな」
僕の言葉に〝むかで〟は鼻で嗤う。
「俺は確かにお前の〝white‐canvas〟で死んだ。それは事実だ」
「……」
「しかし、その後すぐに蘇った……ただ、それだけなのだよ」
「……」
……成る程ね♪
「大体理解した。それが〝蟲龍〟の〝第3形態〟という訳だね」
死して蘇る力。ジェノス=クライシスと似たような力のようである。
「どんな条件があるのか、どれだけの制限があるのかなんて興味はないけど、要はただの死者蘇生だ」
……そう、ただの死者蘇生である。
「して、〝強欲〟よ。その程度の力で僕を殺せるとでも思ったのかい?」
だとするならばそれは自惚れであろう。
「僕の〝white‐canvas〟は完全無欠。一片の死角も在りはしない」
死者蘇生は面倒な能力だ。しかし、させなければどうということはない。
「これからお前の不死を〝否定〟する。それだけでお前の余裕は打ち砕かれるだろう」
「……」
僕は静かに〝むかで〟に手をかざす。
「 〝蟲龍〟 」
……〝むかで〟が静かに呟いた。
「計七つの型で構成される〝特異能力〟だ」
〝むかで〟の独白は続く。
「〝一方通行〟――〝蟲龍〟もしくは俺自身に〝直進〟の命令を与える〝特異能力〟」
その表情、その口調はただただ静寂で、起伏の無い言葉が羅列される。
「〝百鬼夜行〟――自身を百足の脚の一つとし、一〇〇回まで死を赦される〝特異能力〟」
それだけ言って〝むかで〟は沈黙する。
「最期の種明かしは終わったかい?」
辞世の句……にしては随分と味気のないものであった。
「いや、まだだ」
「……」
〝むかで〟は更なる言葉を紡ぐ。
「現状、これらの〝特異能力〟では貴様の〝white‐canvas〟は打ち破れない。そう、どれだけ技術や能力を引き上げようがな」
〝むかで〟の言う通り、僕の〝white‐canvas〟に如何なる火力も耐久力も意味を為さない。
「だから、俺は貴様の殺し方を模索した。そして、俺はそれを見つけ出した」
「……」
――ゾクッ……。
……ハッタリではない。それだけの気迫が今の〝むかで〟にはあった。
「さあ、考えるがいい〝傲慢〟よ。俺にはお前を殺す策がある」
「……」
「そして、今こうしてお前の前に立っているのだ。つまり――……」
空気が震える。
汗が僕の頬に一筋の線を画く。
「 今夜、お前を殺せるということなのだよ 」
……そう宣言する〝むかで〟の手には――夜空のように真っ黒な宝石が装飾された指輪が填められていた。




