第410話 『 王座で待つ者 』
――静寂。
……辺りに沈黙が訪れる。
(……あれ?)
いつまで経っても、〝白絵〟の右手から光線が放たれることはなかった。
「……まったく、どいつもこいつも邪魔をしてくれる。納得のいく説明があるんだろうね――」
〝白絵〟は静かに腕を下ろし、視線を横に向ける。
「 アーク 」
……そこにはギルドの妹――アークウィザード=ペトロギヌスがいた。
「申し訳ございません、〝白絵〟様」
恐らく、アークの能力によって〝白絵〟を魔術を妨害したようであった。
「〝白絵〟様はあたしの命の恩人です。しかし、その〝白絵〟様と言えど、姉を傷つけることを見過ごすことはできません」
「……」
〝白絵〟が一瞬、不機嫌そうに眉根を寄せる。しかし、すぐにいつもの飄々とした態度に戻った。
「わかったよ、お前には随分と暇を潰させてもらったからね、今回ばかりは見逃してやるよ」
だが、〝白絵〟は付け加える。
「僕に歯向かったんだ、ケジメの一つは付ける覚悟はあるんだろう?」
「はい」
〝白絵〟の問い掛けにアークは即答する。
「私、アークウィザード=ペトロギヌスは本日を以て、魔王軍を離脱、〝白絵〟様の下を離れさせていただきます」
アークは地面に膝を付き、〝白絵〟に深く頭を垂れた。
「……」
〝白絵〟はそんなアークを一瞥し、
「オーケー、二度と僕の前に姿を見せるなよ」
すぐに背を向け、俺の方を見下ろした。
「タツタ、今日の所はアークの顔に免じて帰るけど、次に会うときは決着をつけるよ」
「ああ」
俺の返事を聞いた〝白絵〟は最後に空を見上げる。
「……そのとき、どんな結末になっているんだろうね」
「……」
〝白絵〟は呟き、俺はそんな〝白絵〟を無言で見つめる。
その瞳には深い憂いの色が微かに窺えた。
「何にしてもあまり悠長に待ってもいられない。僕の命を狙う輩もけして少なくはないんだからね」
「わかっている、一月も二月も待たせたりはしないさ」
「……」
俺の返事に満足したのか、〝白絵〟は最後に少しだけ優しい笑みを浮かべ、
「 期待しているよ 」
……そして、音もなくその場から姿を消した。
「……」
〝白絵〟がいなくなった後も、しばらく俺はその場で沈黙していた。
それはギルドとアークも一緒で、三人とも思案に耽ていた。
(……〝白絵〟、待ってろよ)
俺は拳を強く握り締めた。
(必ず、俺もお前も納得のいくような結末をお前に見せてやる)
多くの者と出逢った。
多くの出来事と遭遇した。
多くの者と別れた。
多くの絶望と戦った。
そんな俺の旅にも最後のときが迫っていた。
(だから、それまでお前も絶対に死ぬんじゃねェぞ)
……そして、最後の一ヶ月が静かに始まりを告げたのであった。
「……これは」
……魔王城の門を前にした僕は思わず足を止めた。
「随分と派手に暴れてくれたようだね」
門を飾る二本の巨大な柱。
二本の柱の根元には真っ赤な血溜まり。
その上には?
――太陽
――月
……柱に縛り付けられ、既に息絶えたMr.サニーとMs.ムーンがいた。
「……」
僕はそんな二人の横を素通りして、魔王城の中へと踏み入れる。
「……シ……ロエ……様」
魔王城に入った僕を最初に出迎えてくれたのは――既に事切れる寸前の〝黒土〟が、玄関で横たわっていた。
「……申し訳……ございません……留守を……守れません、でした」
「……」
〝黒土〟が分断された上半身が、生気の無い言葉を紡ぐ。
「今までご苦労だった。先に休むがいい」
僕は〝黒土〟を一瞥し、すぐに前へと進む。
「僕もそう遠からず、お前と同じ場所に行くよ」
「……はぃ……〝幻影〟の〝黒土〟……暫し先に休ませて……いただきます……………………」
そして、〝黒土〟は静かに息を引き取った。
「……」
僕は静かに魔王城最上階である、王室へと歩を進める。
僕が王室に近づくにつれ、そのプレッシャーは徐々に大きくなってくる。
(……なるほど……相当殺ってきたみたいだね)
そのプレッシャーは、生半可な人生では到底手の届かないレベルであった。
「僕の部屋だ、ノックは要らないだろう?」
僕は静かに王室への扉を開く。
そして、真っ先に玉座の方に目をやる。
「……遅かったな、〝白絵〟」
……扉の先には一人の男が玉座に座っていた。
「部下との別れでも惜しんでいたのか?」
「まさか、そこまで感傷的な人間に見えるのかい?」
僕はやれやれと溜め息を吐く。
「 ただお前を殺す算段を立てていただけだよ――〝むかで〟 」
「……」
……そう、玉座に座る男は〝七つの大罪〟、〝強欲〟――〝むかで〟であった。
「何をしに来たかなんて野暮なことは訊かない。僕は魔王でお前は〝異界人〟、ならば答えは一つだろ?」
「……」
――僕は無数の光の剣を展開し、その切っ先の全てを〝むかで〟に向けた。
「 存分に殺し合おうじゃないか 」
「いいだろう」
――斬ッッッッッッ……! 一瞬にして全ての光の剣が切り裂かれた。
「貴様の望み通りに殺し尽くしてやる」
「――♪」
魔王城。
〝傲慢〟と〝強欲〟。
……その戦いの火蓋が切って落とされるのであった。




