第36話 『 さようなら 』
灼 煌
黒 朧
――ゴッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ……!
……赤と黒、二つの圧倒的な破壊が〝おにぐも〟を呑み込んだ。
……届けよ。
……俺の背中には守るべき奴らがいるんだよ。
……絶対に傷つけちゃならねェ奴らがいるんだよ。
……だから、届けよ。
……腕が壊れたって構わねェ。
……脚が千切れたって構わねェ。
……でもな、
……あいつらに何かあってみろ。
――俺は俺自身を絶対に許さねェ……!
「……届け」
……届け!
「 届け 」
……届けッッッ!
「 届けェェェェェェェェェェェェッッッ……! 」
――ズァッッッッッッッッッッッッッッッッッ……!
「……魔力が更に跳ね上がるだと……!?」
〝おにぐも〟が驚きの声を溢した。
「 喰らえ 」
……魔力、上がれ!
「 これが俺とカノンの 」
……上がれ!
「 臨界突破極限境地 」
――上がれ……!
黒 焔 双 覇
――まるで、人間砲弾。〝おにぐも〟が吹っ飛ばされる。
……その勢いは凄まじく。巨大な水溜まりを越え、雑木林を越え、森の中の木々を薙ぎ倒した。
「……はあ……はあ」
……出し切った。
既に〝紅蓮装填・紅蓮斬華〟は解除されており、魔力も底をついていた。
「……やった、かな」
まさに、死力を尽くした攻撃であった。
「……おっ?」
……俺の身体が水溜まりに落ちる。
「タツタく――あれ?」
カノンも続いて、水溜まりに倒れ込んだ。
……駄目だ、力入らねェ。
それにとてつもなく眠い。
「……」
ちくしょう、早く立ち上がれ。〝おにぐも〟がいつ来るかわからねェんだぞ。
……早く、
……早く、
……身体、動けよ。
〝おにぐも〟が生きていたらどうすんだよ。
「 もう、終わりか 」
「――」
……はははっ、ふざけんなよ。
「……ちくしょう」
……何で生きてんだよ、コイツは。
「……ちくしょう……ちくしょう」
……何で、
「ちくしょう……!」
……何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で!
「ああァァァァァァァァァァァ……!」
……身体、動かないんだよ。
「……いい一撃だった」
……賛美の言葉なんていらねェ。
「ならば俺もお前たちに失礼の無い一撃で葬らなければならないな」
……ちくしょう。
「安心しろ、痛みは無い」
……来るな。
「感じる暇も無い」
……馬鹿野郎。
「ただ死ぬだけだ」
……何で、来ちまったんだ。
「 タツタさんに手を出さないでください……! 」
……フレイの大馬鹿野郎。
「……お前は」
「わたしの名前は〝八精霊〟の一人、火の精霊――フレイチェル!」
「……〝八精霊〟」
フレイが俺たちを庇うように〝おにぐも〟の前に立ちはだかっていた。
「わたしをどうしたって構いません! オークションで売るならば売ればいいです! 殺したければ殺せばいいです! だけど!」
……馬鹿野郎。
「 タツタさんを傷つけることだけはわたしが許しません……! 」
……大馬鹿野郎。
「……フレイ……やめろ」
……やっと喋れた。
「……逃げろ」
「嫌です」
……フレイは即答した。
「……お前……俺のこと嫌いじゃなかったのかよ」
「……」
「……何で……俺のこと……庇うような真似すんだよ」
「……」
「俺はお前の居場所を奪ったんだぞ」
「……」
「お前の平穏を奪ったんだぞ」
「……」
「だから、逃げろよ。俺なんて見捨てちまえよ。大丈夫だ、恨みはしないから」
「 嫌だって言ってんだろ……! 」
――フレイが吼えた。初めて、こんなに乱暴な言葉を使うフレイを見た。
「何で勝手に決めつけるの!」
フレイが叫んだ。
「何で勝手に自分自身を犠牲にするの!」
叫んだ。
「勝手に嫌いだと決めつけるな!」
……ちくしょう。
「大切な人を庇って何が悪い!」
……何でだよ。
「居場所を奪ったから何だ!」
……涙、止まんねェよ。
「平穏を奪ったから何だ!」
……本当に馬鹿だったのは俺じゃないか。
「そんなの今ある幸せを否定する理由にならないじゃないか……!」
……俺は大馬鹿野郎だ。
「だから」
フレイは泣いていた。それに震えていた。
「……だから」
――当然だ。
……売られるのが嫌じゃない筈がないだろう。
……死ぬのが恐くない筈がないだろう。
それでも、フレイはここにいた。
俺とカノンを守るために〝おにぐも〟の前に立ち続けていた。
「 死んでもいいなんて言わないでください 」
――フレ……イ……。
「 わかった。ならばお前の首に免じて、コイツらを見逃してやる 」
〝おにぐも〟がフレイの勇気を認めた。
「何か言い残すことはあるか?」
「いいえ、何もありません」
〝おにぐも〟がゆっくりと戦斧を振り上げる。
「フレイ……!」
俺は叫んだ……身体は動かない。
……駄目だ。
……そんなの嫌だよ。
……フレイが死ぬなんて嫌に決まってんだろ。
「やめろっ」
――気安く触らないでください、あと、フレイとか馴れ馴れしいです
……最初は本当に仲が悪かった。
――でーすーかーらー! 何で魚を焦がすんですかー!
……魚の焼き方一つで喧嘩だってした。
――あの、わたし一人じゃ二匹も食べられないので一匹、貰っていただけますか
……でも、フレイは優しい女の子だった。
――火の精霊だけに
……下らないジョークを言って、恥ずかしがるような可愛らしい一面もあった。
――喜んで
……一緒に窮地を乗り越えたときもあった。
――死んでもいいなんて言わないでください
……今ではこんなにも強く繋がりあっていた。
「やめろっ」
……見苦しくたって構わない。
「やめろよ!」
……どんな形だっていい、俺はまだフレイと一緒にいたいんだ。
「 タツタさん……! 」
――フレイが叫んだ。
「……フレ……イ?」
フレイの方を見た俺は目を疑った。
……フレイは笑っていた。
そして、フレイが口を開いた。
さ よ う な ら
……ああ、終わる。
……命が終わる。
……終わってしまう。
……またか。
……また、俺は救えなかったのか。
「 時間だ 」
――〝おにぐも〟が戦斧をフレイ目掛けて振り下ろした。
「 フレェーーーイッッッ……! 」
俺は手を伸ばす。
身体は依然として動かない。
俺の伸ばした手はフレイには届かない。
……ちくしょう。
ド ン
ッ
ク
……心臓が鼓動した。